22 気づいていないふりをして〈1〉

 


「歌帆と知り合いだったんだな」
「あ、……うん」

 月城君はまたクラブの助っ人のことか何か用事があるらしく「先に帰ってて」と一言、わたしと桃矢君は2人で帰ることになった。
 わたしもわたしで放課後に月峰神社で歌帆と会う約束をしていて、いまちょうど神社の前まで来たところだった。

「桃矢君も歌帆のこと知ってたんだね」
「ああ」

 お互いの視線は合わなくて、2人とも鳥居を見つめていて、なぜか少し気まずい。

「あの……覚えてるかな、友枝に来る前にイギリスで会った女の人のこと……」
「覚えてるよ、それが歌帆のことだったってわけか」
「うん、そうなの」

 まだ友枝に来てすぐ、さくらちゃんが魔法を使っているのを偶然見つけたとき、そこに居合わせたバイト帰りの桃矢君に歌帆のことを話した。
 歌帆の名前まではちゃんと言っていなかったから、そのときはお互いに歌帆と面識があるだなんて知らなかった。


 なぜ桃矢君は歌帆と知り合いなのか、そして歌帆と会ったときの彼の動揺はいったいなんだったのか気になって、少しだけ質問をしてみることにした。
 知り合ったのはいつかと聞いたら、はじめて会ったのは中学2年生のときらしい。
 本当はもっと色々なことを聞いてみたかったけれど、きょうのお昼に「もうちょいしたら話す」と言ってくれていたし、やめておくことにした。
 それに桃矢君がきっといまは話したくないのかもと思ったら、なんだか申し訳なくなってきてしまって。

「ごめんなさい」
「何で謝るんだよ」
「本当は話したくないことだったのかも、って思っちゃって」
「…………違う」

 ぽつりと謝罪したら途端に桃矢君の顔がムスッとしてしまって、まるで機嫌が悪いみたいに眉間にシワをよせている。

「……桃矢君?」
「本当は、」

 何か考えながら言葉にしようとしているのか、唇が少しだけ動いていて、つばを飲み込むようにゴクリと喉が動いたのがわかった。

「いや、……やっぱやめとく」

 ほんの少しの間に、本当はちょっとだけ期待してしまったけれど、この話が聞けるのはやっぱりもう少し先になるみたい。

「悪い、……今度、ちゃんと話す」
「…っ無理に聞こうとしたのはわたしなんだから謝らないで、ね?」

 やけに素直で優しい桃矢君に動揺して、さっきまでの気まずい雰囲気が自然となくなっていったせいか、思わず小さく笑ってしまった。
 珍しく意地悪じゃない桃矢君が見られるのは嬉しいけれど、意地悪してこない桃矢君もなんだか可笑しくって。

 彼が本当はすごく優しいことはもちろん知っている。
 けれど、なんだか調子が狂うというか何というか。

「送ってくれてありがとう、また明日ね」
「ああ、じゃあまた明日」

 そして帰りの挨拶をすませれば、自転車に跨がって爽やかに去っていく桃矢君の後ろ姿に目を奪われた。
 いっしょにいる時は変にドキドキすることは無いけれど、心があったかくなる。
 月城君といる時とはまた違う、あったかさ。

 ここ友枝に来て、2人に出会えて本当によかったと、いつも心の底からそう思う。
 そして今からわたしは、まだイギリスにいた頃にこの友枝に来ることになると言った人、観月歌帆に会うのだ。

 わたしが友枝に来たのは本当に偶然だった。
 一人暮らしをはじめるのに、母の知り合いの人の勧めで星條高校に転入が決まって、そしてそのあとはとんとん拍子で住む場所も決まって。

 そして歌帆の言っていたことが現実に起こった。
 わたしはこの一人暮らしのおかげで、「力」をもつ人が意外にも自分のまわりにたくさんいることを知れた。

———これを必然、って言うのかな……。

 ここ友枝に来たのは偶然ではなくて、必然なんだと考えるようになったのは、ちょうどこの頃からだった。






 いまから歌帆に会う約束とは、きょう学校でばったり会ったときにわたしが無理矢理に約束したものだ。
 数日前この月峰神社で会って話したときは、てっきりもう何ヶ月間かは会えないだろうなと思っていたから、その時なぜすぐに会えると言ってくれなかったのか聞きたかったから。

「あれ?言わなかったかしら」
「言ってないわよ!」

 歌帆に会った瞬間、わたしはどうして友枝小学校で算数の先生をすることになったと教えてくれなかったのかと問いただした。
 見た感じドジをしなさそうな人なのに実際はすごくおっちょこちょいなところのある人だから、友枝小学校で先生をすることを言ってくれていなかったことにそれほど腹はたたなかった。
 そうやってちょっと天然な歌帆が好きでもあるし。
 歌帆はごめんなさいと言うと、「伝えたつもりだったんだけどな……うーん」と独り言をつぶやきながら頭を悩ませていた。

 算数の先生になることになった経緯を聞いて、それから月峰神社のなかを歩きはじめると、急に何か不思議な力を感じた。

———これって……もしかしてクロウカード!

 何かに気づいたのは歌帆も同じで、「クロウカードね」と独り言みたいにつぶやくと、突然どこかに向かって走り出した。
 そしてそのあとすぐに鈴が鳴るような音が聞こえて、歌帆も帰ってきた。
 帰ってきた歌帆の手には前に会ったときに見せてもらった鈴が握られていて、まだその鈴を鳴らしている。

 そして次の瞬間、まわりの景色がグラリと大きく揺れるように歪んで、さっきまでいたはずの月峰神社とは思えない風景が目の前に現れた。

「大丈夫?怪我はない?」
「大丈夫だけど……これもクロウカードの力なの?」

 目の前に現れた壁を触りながら彼女に聞いた。

「迷路?」
「そうみたいね……それに巻き込まれちゃったのは、わたし達だけじゃないみたい」
「……………さくらちゃん達?」

 歌帆はいたって冷静に、というか笑顔でわたしに話しかける。
 そしてわたしも歌帆と一緒だからなのか、すごくリラックスしていた。

「とりあえず、さくらちゃん達のところまで行きましょうか」
「この迷路、すごく広そうだけどさくらちゃん達のところまで行けるの?」

 行こうにもさくらちゃん達がいる場所がわからないのにどうするんだろうと思っていると、歌帆はわたしの手を優しく握ってくれた。

「瞳を閉じてみて、……あなたならわかるわ」
「?」

 何がなんだかわからないままわたしは言われたように瞳を閉じた。
 するとなんとなくだけれど、さくらちゃん達がいる方向がわかるような気がした。

 わたしには霊感みたいな力があるけれど、それは実際に幽霊が見えたり嫌な予感を感じたりするだけだった。
 未来に起こることがわかったりするのも、いつもではないし、詳しいことはわからなかったりする。
 自分から何かを探すなんてことしたことがなかったから、わたしにはこんなことも出来るのかと内心結構驚いていた。

「こっち……こっちにいる」
「じゃ、行きましょうか」

 わたしは何か強い力を感じた方へ歌帆と一緒に歩きだした。