きょうはバイトがなかったから、まなみを月峰神社まで送ってから家に帰ってきた。
友枝小学校に歌帆がいたことにも驚いたが、その歌帆が実はまなみと知り合いだったことのほうがおれには衝撃だった。
本人が言ったとおり、おれが高2になったら友枝に帰ってきた歌帆。
まだ心の整理がついていないまま家に帰ると、その動揺を見事父さんに見破られてしまった。
歌帆が留学する前のことを思い出していたらふと掛け時計が目に入って、19時をまわっているのにまださくらが帰ってきていないことに気がついた。
クラブがあったら少し遅くなって19時前に帰ってくることもあったが、19時を過ぎたことなんてなかった。
父さんが学校に電話したらクラブはもうとっくに終わっているみたいで、何かあったんじゃないかと、おれは父さんを家に残してさくらを探しにバイクで家を出た。
登下校でつかう道をぐるっとまわっていたら何か感じて、それが月峰神社のある方向からだったときは、思わずぎくりとした。
そこにさくらがいるのがわかって、多分あのクロウカードとかなんとかいうやつのことで遅くなって、この月峰神社にいるんだろうとわかった。
バイクを停めて鳥居をぬけると、さくらとその友達とあの小僧と、歌帆とまなみとがいっしょにいて、和やかに会話していた。
こっちは心配して駆けつけたのにと思ったが、さくらが無事だったから一先ず安心した。
それから怒ろうと思えば歌帆に止められてしまって、何も言えなくなってしまって、そのままさくらの友達とあの小僧は帰っていった。
「妹さん、あんまり似てない?」
「さくらは母さん似だ」
歌帆とふたりきりになると、歌帆はさも何事もなかったみたいにおれに話しかける。
「で、別れるときにわたしが言ったとおりになった?」
そしておれが気にしていたことをさらっと言ってのける。
「『だって今度会うときにはとーやには好きな人ができてるもの。それにわたしにも』」
「…………」
「黙ってるってことは当たりね、とーや前からそうだもの」
この人には敵わないと中学生のときから思っていた。
霊感みたいなこの力もそうだが、言うこと言うことに何も言いかえせなくなる。
もちろんそれは、歌帆の言っていることが全部当たっているからだ。
「彼女、さっぱりしてるように見えて結構ナイーブだから気をつけてね?」
「……わかってる」
歌帆は向こうでさくらといっしょにいたまなみを横目に見ながら小声で言った。
「じゃ、これもだいじょうぶね。『今度会ったときは、わたしととーやは、すっごく大事な友だちになれる』」
「だからやだったんだ……、全部歌帆が予想したとおりになるのは」
しゃくだと、そう言ったら歌帆に笑われて、「やっぱいい子ね、とーや」と昔みたいに頭を撫でられる。
これは癖なのか、おれも思わず歌帆に合わせて屈んでしまう。
そんなときだ、まなみが自分の自転車を押して歩いているところが見えた。
「悪い、いってくる」
帰るんだと思って、それならアパートまで近いし送っていこうと歌帆に一言謝って、おれはまなみのもとまで走った。
そしておれはなぜかまなみの手首をいつもより少し強めに掴んでいた。
強めに掴んだのは、まなみの背中がおれを避けているようにみえて、柄にもなく焦っていたからだ。
「帰るんなら送る」
「そ、そんな、いいよ!すぐそこだし!」
「だったら送らせろ……『すぐそこ』なんだろ?」
謙虚で、遠慮しすぎるところはいつもといっしょだ。
でも何かがいつもと違った。
ありがとう、と笑顔を浮かべたまなみは一見おれが送っていくことを了承してくれたように感じた、それなのに。
「ごめんなさい、やっぱりひとりで帰るね?」
「は、ちょっ………まなみ!」
まなみは勢いよく自転車をこいでその場から立ち去ってしまった。
その状況に驚いていたら、隣に歌帆がきたのがわかって。
「追いかけたほうがいいんじゃない?」
「もちろんそのつもりだよ」
おれは歌帆にそう言うと、バイクに乗って、まるで逃げるように去っていったまなみを追いかけた。
おれがまなみに追いついたのは、ちょうどまなみの住んでいるアパートの前だった。
近道でもつかったのか、おれはバイクのはずなのに、いくら短い距離で先に走りだしたとはいえここまで自転車に追いつけなかった。
それからおれはまなみが停めた自転車の横にバイクを停めて、まなみを逃がさないように壁際に追い込んだ。
「途中でバイクの音が聞こえたから、桃矢君だってわかったよ」
「……そうか」
「いいって言ったのに……」と眉をさげて申し訳なさそうにまなみは言った。
「でも、ありがとう」
そうやって見せてくれた笑顔は、やっぱりいつもの笑顔とはどこか違う感じがした。
あきらかにまなみはおれを避けている。
「さっき、どうしておれから逃げたんだ」
「逃げたりなんかしてないよ」
おそらく嘘をついているだろうまなみの発言にしびれを切らしたおれは、無意識のまま壁に勢いよく手をついてまっすぐにまなみの瞳を見つめた。
まるで本当に追い込んでいるみたいに。
「本当のこと、言ってくれねぇか?」
目の前にいるまなみは、まさかおれがこんな行動をするとは思っていなかったみたいで、目を真ん丸にさせて驚いていた。
「あの、ごめんなさい、桃矢君。歌帆としゃべってたからその……邪魔しちゃ悪いと思って」
まなみは「大切な人なんだね」と今度は本物の笑顔で言った。
「違ってたらあれなんだけど……もしかして恋人、なの?」
今度はおれが驚く番だった。
女子はこういうことによく気がつくものだとは思っていたけれど、まさかずばり言い当てられてしまうとは思っていなかった。
「……いまから話す」
「?」
「歌帆とのこと」
まなみはおれが言ったことをまるで理解出来ていないようで、また驚いた顔をして固まっていた。
「時間もらってもいいか?ちゃんと話してぇんだ」
「え、あっと……うん」
正直に歌帆との昔話をするなら今しかないと思ったおれは、驚いていてまだ頭の整理がついていないまなみを連れて、ほとんど無理矢理に近い状態で部屋へと上がり込んだ。
はじめて見たまなみの部屋は、無駄な装飾がないシンプルな家具ばかり置いてあって大人っぽい印象だった。
ただ、大きめの鏡とソファーに置かれた可愛らしい動物のぬいぐるみが、年頃の女子の部屋だと教えてくれている。
「お茶どうぞ、……座って?」
お互いソファーに座ると、なぜか黙り込んでしまって、壁掛けの時計の針の音が聞こえるくらいの静さだった。
やっぱりいざ話そうとすると緊張してしまうのか、なかなか声が出ない。
それでもここまで来たからには話さなきゃならない、とおれは意を決して話しはじめた。
歌帆と教育実習生と生徒として教室で会う前に出会ったこと、見えないものが見える者同士親しくなったこと。
そして、恋人だったこと。
「さよならだって言われて、そん時にもうひとつ言われたことがある」
「……歌帆は何て?」
「『だって今度会うときにはとーやには好きな人ができてるもの。それにわたしにも』、んで『今度会ったときは、わたしととーやは、すっごく大事な友だちになれる』って勝手なこと言って勝手に留学してきやがった」
思い出しながら話すとなんだか照れてきてしまって、まなみのほうを向けなくなる。
「そんでおれが高2になったら戻ってくるっつって本当に戻ってきたんだ」
思い切って横目でちらっとまなみをみると、もうおれを避けているみたいには見えなかったが、心ここにあらずといった感じで、その視線がどこに向けられているのかはわからなかった。
「やっぱり歌帆は不思議な人だね」
まなみはそうつぶやくと、はっと我にかえったみたいに話しはじめた。
「あの、話してくれてありがとう。月城君より先に聞いちゃったから、月城君に悪いことしちゃったな……」
「また改めてゆきには話すよ」
「ごめんね、二度手間になっちゃうのに」
「おれがおまえに話したかっただけだから、気にすんな」
おれはそう言って、照れ隠しに出してもらったお茶を飲み干した。