23 賽は投げられた〈2〉
「桃矢君が歌帆のこと好きになったの、よくわかるの。わたしも歌帆のこと、すごく好きだから、わかる」
歌帆のことをそう話すまなみはどこか嬉しそうで、その笑顔からは歌帆のことが大好きなんだとよくわかる。
だから避けられていた気がしたのはそれのせいだったのかもしれないと思った。
大切な親友がとられてしまったような、そんな感覚だったのかもしれない。
「歌帆って本当に不思議な人なのよね……わたしも、歌帆から言われたことが全部当たっちゃうからその度にびっくりするんだ」
それからなぜか突然少し悲しそうな表情になったまなみは続けた。
「『だって今度会うときにはとーやには好きな人ができてるもの。それにわたしにも』」
「?」
「桃矢君、好きな人いるんだね」
普通の人だったらこれが悲しそうな表情だなんてわからないだろう、明るい声でそう聞くまなみはいつもと変わらないように見える。
けれど今のその笑顔はまるで無理矢理につくっているように見えた。
「桃矢君に好きな人がいるって知れたら、学校中大騒ぎになっちゃう」
そして「桃矢君人気者だから」とまなみは言って、おれをからかうようにくすりと笑った。
一瞬、本当の笑顔かと思ったが、またすぐに違和感のある笑顔にもどってしまった。
こうやってまなみの様子がたまにおかしくなるのは、たぶん歌帆と会ったあとからだった。
おれを避けてる、いや違う、何か隠してるのか。
まなみはおれと歌帆が恋人なのかと聞いたときも、そうやって不安そうにしていた。
自意識過剰か、それとも期待していいのか。
もしもまなみがおれのことを少しでも意識していたのだとしたら、いままでのまなみの行動に納得がいく。
逃げていくように月峰神社から帰ったのも、おれと歌帆が恋人なのかと聞いたのも、おれに好きな人がいると聞いて少し悲しそうな表情をしたのも全部。
自分の都合がいいように解釈してるといったらそうだ。
だったらいまここではっきりさせる為に思い切って賭けてみるのもいいと思った。
「その好きな人のこと、聞かないんだな」
「え、?」
「だったらおれが聞いてもいいか」
さっきまではわざとそらしていた視線を、まっすぐにまなみに向けて、見つめた。
「好きなやつ、いないのか」
「わ、わたしの……?」
「ああ」
突然の質問に当たり前だが動揺しているみたいで、はじめはあたふたとしていたが、急に何か考え事をしているみたいに大人しくなった。
そして次の瞬間何か決意したみたいに息を吐くと、ちょっと前までの動揺が嘘だったかのような落ち着いた様子で答えた。
「いるよ、好きな人」
「どんなやつなんだ?」
「……優しくって、でもちょっと意地悪で……照れ屋さんなの」
恥ずかしいのか、いつもより小さな声で話すまなみは頬がほんのりと赤くなっていて、そんなまなみが可愛くて本当は抱きしめたいなと思ったのは秘密だ。
それにその好きなやつのことが、自惚れではなくおれ自身のことを言っているんじゃないかと本気でそう思った。
「……謙虚で優しくてしっかり者。けど、おれの前でだけ泣き虫になるやつ」
「え?それって」
「おれの好きなやつのこと」
まなみはいまおれが言ったことの意味がわからないような鈍感なやつじゃない。
ちゃんとわかるように言ったつもりだ。
その証拠に、まなみの表情が一瞬にして変わった。
「とーや……君……?」
瞬きをするのも忘れてしまっているように固まってしまったまなみをそのままに、おれはソファーから立ち上がった。
「長居して悪かったな、もう帰るわ」
実際に時間も遅くなっていたから急いで帰ろう玄関の前までくると、後ろからパタパタとついて来るまなみの足音が聞こえた。
「ここまででいいから、戸締まりちゃんとしとけよ」
「でも」
「いいから」
頬をまだほんのりと赤くしたままのまなみはじゃあ、気をつけて帰ってね、と言ったあと、無意識なんだろうか、とびきりおれの好きな笑顔をみせてくれた。
だから最後にもうひとつまなみに言っておきたくなって、一度はもう帰ろうと背を向けたまなみのほうを振り返った。
「おれはそいつの、笑ってる顔が好きだ」
そのあと「おやすみ」と言って背を向けたから、いままなみがどんな顔をしているのかはわからないが、きっと真っ赤になってるはずだ。
おれの顔も真っ赤なのが自分でわかったから、急いでヘルメットを被った。
こんな顔誰にも見られたくなんかない。
「……まなみ……、」
そしてまなみのいる部屋を眺めながら意味もなく名前を呟くと、心臓がどくりと音をたてた。
ただ名前を呼ぶだけで胸が痛いと感じるのは、おれも結構重症なんだと、こんなにもあいつのことが好きだったんだと、このときはじめて思った。
さて、あしたからどんな顔をしてまなみに会おうか。
賽は投げられた
(無視、なんてしないでくれよ)