24 ひそひそ話を〈2〉

 


 コンサート会場に着くとちょうど開場の時間みたいで、ガラス張りで外から見えるようになっているロビーにはたくさんの人がごった返していた。
 そしてエントランスで降ろされると思いきや、そこを通りすぎて関係者出入口の前で降ろされた。
 わたしが不思議そうにその出入口を行き来していくおそらくここのスタッフであろう人達を見ていると、お母さんが口を開いた。

「実はね……このコンサート、招待されたの」
「うそ、誰に?」
「驚かないでね?あのウィリアムに招待されたの!」

 そう言って今度はきちんとチケットを見せてくれると、嬉しそうに続けた。

「ぜひご家族で、ってお手紙もらったんだけどお父さんはどうしても外せない用事があって……だからまなみと2人で行くわってお返事したの」

 そのチケットには日本で有名な指揮者と、オーケストラの名前と、そして『ピアノ・吉瀬ウィリアム』と印刷されていた。

「噂の高校生ピアニスト、って最近名前も売れてきてるみたいよ」
「そ、そうなんだ……」
「でね、楽屋にも来て欲しいって言われてるの。だから行きましょ?」

 そうしてすたすたと関係者出入口に向かうと、警備員の人に「森下です」と言ったら話が伝わるらしく、スタッフ専用の名札をもらった。
 噂の彼の楽屋は一番奥にある部屋で、そこに行くまでに何人ものスタッフや楽器を持った出演者の方々に会った。
 そして彼の楽屋の前まで来てお母さんが少し遠慮気味にドアをノックすると、内側からどうぞ、と短い一言が返ってきた。

「ちゃんと来たわよ!」
「わ!……っお母様びっくりさせないでくださいよ!誰かと思った、」

 お母さんが勢いよくドアを開けたものだから、彼は相当驚いたみたいだったけれど、大きな深呼吸をした後に「来てくださってありがとうございます」と丁寧にお礼を言っていた。

「それにまなみも、来てくれてありがとう。嬉しいよ」
「こちらこそ招待してくれてありがとう!でも、こんなコンサートをするなんて一言も聞いてないけど?」
「ごめんね……でも驚かせたくって、サプライズ」

 両手を合わせて謝るようなポーズをして、片目をぱちりとウインクするのがよく似合うウィリアムは、わたしの大切な昔からの親友。
 昔からよくお手紙をくれる人で、友枝に引っ越して一人暮らしをはじめてからも、よく文通をしている。
 名前から想像がつくように父親が日本人のハーフで、はじめて会ったのは5歳のとき、その当時住んでいたイギリスで同じピアノ教室に通っていたのがきっかけだった。
 わたしは数年でそのピアノ教室をやめてしまったけれど、お互いの両親が仲よくなっていままで交流が続いている。

「あ、ちょっとごめんなさい……会社から電話だわ」

 突然、お母さんはそう言って楽屋から出ていってしまって、部屋にわたしとウィリアムのふたりきりになる。

「ねえ、きょうからお母さんとご旅行なんだよね」
「うん、そうよ」
「この演奏会が終わったら、久しぶりにおしゃべりしたいなって……ダメかな?」

 久しぶりの再会にお母さんも喜ぶだろうと思ったわたしは勝手にOKと返事をした。
 きっと世話好きなお母さんのことだから、最初から食事に誘う予定だったと思うし。

 何よりわたし自身がウィリアムと話したいと思っていた。

「実はね、わたしも久しぶりにウィルとおしゃべりしたいって思ってたの」
「何、お悩み相談ならいつでも受け付けてるから言ってよ?」
「……うん、ありがとっ」

 そして「素敵な演奏、期待してるね!」と一言、わたしは彼の楽屋を後にした。
 ちょうど電話も終わったらしいお母さんとロビーに向かう途中、さっきのことを話すと「そのつもりでレストランも予約してるのっ」と思った通りの答えが返ってきた。

「演奏、楽しみね」

 昔からの知り合いであるウィリアムとの再会に、わたしの胸は弾んでいた。
 いつも手紙の最後や直接会ったときに「悩み事があったら言ってね」と口癖のように聞いてくれるウィリアムに、本当に悩み相談をしようと思う日がくるなんて夢にも思わなかった。
 一人暮らしをしているわたしを心配してそう言ってくれるのだけれど、いままで悩み相談をしたことは実際なかった。
 心配をかけたくなかったし、本当に何も相談することがなかったから。

 でも今回はなぜかウィリアムに「あのこと」を相談したくなったというか、しなきゃいけない気がして。
 こんな風な気持ちをどうしたらいいのか、どう話そうか、その時わたしはぼんやりと考えていた。






 演奏会は大成功だった。
 期待通り最高の演奏をしてくれたウィリアムはいつもより格好よく見えたし、演奏中の表情はまるで別人かと思うくらいにすごく大人びてみえた。

 そしてアンコールも終わって会場から人が立ち去っていくなか、わたしとお母さんはまた関係者出入口の前まで来ていた。

「お待たせしました」
「きゃ!……後ろからなんて心臓に悪いわっ」
「先に驚かせたのはお母様ですよ?お返しです」

 くすくすと笑いながら話すウィリアムはさっきまでの舞台上での雰囲気とは打って変わって、普通の高校生らしい私服に着替えていた。
 普通の高校生といってもイギリス人の母親の血を半分ひいているからか、日本人よりも彫りの深い顔は、同い年のわたしとくらべると少し老けてみえるけど。

「じゃあ行きましょうか」

 それからわたしは知らなかったけれどこのコンサートは3日間連続の公演で、きょうがその初日だったらしく、まだ明日あさってと予定があるのにウィリアムはわたし達につき合ってくれるらしい。

「あ、立花さん!お久しぶりです」
「ウィリアム君じゃないか!なんだい、大きくなって」

 わたしがピアノ教室に通っていたときに送り迎えをしてくれていた立花さんは、まだ小さかったときのウィリアムを知っている。
 だけど会うのは数年ぶりみたいで、立花さんは嬉しそうに何度も本当に大きくなったね、と言っていた。

 そして車に乗り込むとわたしとウィリアムは隣同士で前の座席にお母さんが座った。

「そういえば、さっきインタビューされてたね」
「ああいうの苦手なんだ、かわりに話してくれない?」


 そうは言うもののウィリアムは話すのが上手だとわたしは思う。

 聞けば自分のことを色々と話すのはあんまり好きじゃないらしく、趣味や好きなもののことなんかは聞かれたくないみたいで、そのことはわたしも昔から知っていた。

「でもよく家でゴロゴロするのが好きって、言ってなかった?」
「まなみだから話したんだよ」

 前にいるお母さんと立花さんには聞こえないような小さな声で言う。

「相変わらず、よく恥ずかしがらずに言えるね」
「だから言ってるだろ?まなみは特別なんだ」

 小さい子がふざけて言い合ってるみたいに、お互いくすくすと笑いながら話すのにはもちろん訳があって。
 お母さんと立花さんに聞こえないように話しているのも、その訳が原因だった。

「……わたしも、ウィリアムは特別」
「そう言って貰えるとすごく嬉しいよ」




ひそひそ話を
(悩み事、あるんだろ?)
(………うん)