お母さんとの温泉旅行はあっという間に終わってしまった。
帰りも立花さんの運転で一人暮らしをしているアパートまで送ってもらって、それからすぐお母さんは仕事のために少しも休憩せずに行ってしまった。
せめて部屋でお茶くらいはしたかったなと思いながらわたしは部屋のドアを開けた。
そしてふと電話をみると留守電があるみたいで、いったい誰からだろうと受話器をとってみるとそれは月城君からの電話だった。
電話があったのはついさっきみたいだったから直接電話にしようか迷ったけれど、とりあえず留守電のメッセージを聞いてからにしようとボタンを押した。
『―今晩は、まなみ。お母さんとの旅行は楽しかった?また学校でお話聞かせてね。…それで本題なんだけど、明日の数学が急に中テストになったからそれだけ伝えておこうと思って……範囲は教科書の52ページまでだから、またわからなかったら言って?それじゃあまた明日!』
そのメッセージを聞いて、せっかく遊んで帰ってきたのに早速あしたの学校で中テストなんてちょっとついてないなと思いながら、わたしは勉強をすることにした。
そして明日の学校の準備をしつつ、いつ桃矢君に想いを伝えようかと考えていた。
「おはよう、月城君」
「おはよう!昨日の留守電、気がついてくれた?」
「うん、電話してくれてありがとう!ちゃんと勉強出来たよ」
なら良かった、と月城君は早速旅行のことについての質問責めをしてきた。
「どこに行ったの?」
「うーんと……コンサートと温泉に」
「うわあ、いいな温泉!」
「お土産もあるの、また学校で渡すね」
そうやっておしゃべりをしてると、いつもよりちょっと遅れて桃矢君が待ち合わせ場所に自転車に乗ってやってきた。
「お、おはよう」
「……はよ、」
あれ以来桃矢君と会うのははじめてで、お互いに少し気まずいのがわかる。
その証拠に、緊張しているのかお互いに視線が数秒合ったと思うと2人同時にその視線を恥ずかしさからかそらしてしまった。
「あれ、さくらちゃんは?」
「あいつは寝坊だ」
実はさっき月城君と話していたとき、月城君達とは別にさくらちゃんには違うお土産を用意していたことを言っていたから、それを月城君は気にしてくれたみたいで。
「さくらに用でもあったのか?」
「まなみがね、ぼくらに旅行のお土産持ってきてくれたんだけど、さくらちゃんには別のお土産があるんだって」
「いいよ、また休み時間にでも渡しに行くね?」
それから学校に着くまで桃矢君とはしゃべることもなく、月城君に話しかけるようにして旅行のことを話していた。
なるべく月城君には気づかれないようにして。
教室に着くと、クラスの皆が旅行の話を知っているみたいで、どうだった、とか楽しかったか、としばらく引っ張りだこになってしまった。
せっかく桃矢君に想いを伝える決心がついたのに、そのせいで2人だけで話せる時間をつくることが出来ないままお昼になってしまった。
「あの…お土産、さくらちゃんに渡してくるね?」
桃矢君はお弁当を持っていて、月城君は購買へ行くついでにわたしにつき合ってくれるみたいでグラウンドまでいっしょに来てくれた。
わざわざつき合ってもらって月城君には悪いなと思ったけれど、月城君がいたほうがさくらちゃんも喜ぶはずだ。
「あっ、まなみさん!雪兎さんも!」
「急に呼び出してごめんね、さくらちゃん」
さくらちゃんは知世ちゃんといっしょで、小学校と高校のグラウンドを隔てるフェンスに寄り掛かって待っていてくれたみたいだった。
そして思っていた通りわたしの隣にいる月城君を発見してものすごく嬉しそうにしていた。
「実は渡したいものがあってね、はい」
「わあ、かわいいキーホルダー!」
「知世ちゃんといっしょにつかって?お揃いなの」
わたしがさくらちゃんの為に買ってきたお土産は可愛らしいウサギさんがついたキーホルダーで、知世ちゃんもお揃いでつかってくれないかな、とふたつ買ってきたもの。
「まあっ、ありがとうございます。可愛らしいウサギさんですね」
さくらちゃんの反応はもちろん、知世ちゃんもどうやら気に入ってくれたみたいで良かった。
「可愛いね、さくらちゃん達にぴったりだ」
隣の月城君はさくらちゃん達の笑顔をみてそう言ってくれた。
そしてまだお昼ご飯もまだだからとわたし達は急いでその場をあとにした。
「きょうは多めだね、何かあったの?」
「すごくお腹すいちゃって!あ、まなみもこれ食べる?」
「………遠慮しておく」
いつものようにたくさんの食べ物を2人で抱えて廊下を歩いていると、月城君に見つめられている気がしてわたしは頭にハテナマークを浮かべた。
「何かついてる?」
そう聞くとあっさり違うと言われた。
「……とーやね、平然を装ってるけど本当はすごく緊張してる」
「、月城君それって……」
「ごめんね、とーやから全部聞いたんだ。観月先生のことも、あの日まなみに言ったことも」
普段廊下を歩くスピードよりもずっとゆっくりと歩く月城君にわたしは合わせた。
「突然とーやが『まなみに言ったよ』って……最初はなんのことかと思ったけど、すぐにわかった」
「すぐに?」
「うん。……これでも一応、とーやの気持ちもまなみの気持ちも、わかってるつもりでいるから」
「わたしの気持ちも?」
「少なくともとーやのこと嫌いじゃないって……むしろその嫌いの反対かな」
そうやって優しい口調で話しかけてくれる月城君は、鋭い。
いつもふわりとした雰囲気でどちらかと言えば天然、いや結構天然の月城君は、こちらがふと考えていることをなぜだか確実に感じとっている。
はじめて会ったときすぐに月城君は人間ではないのだと気づいたのに、そのことを一瞬忘れてしまっていて、知り合ってまだ間もない頃は不思議な霊感みたいなものがあるのかと思ったりもしていた。
「2人が幸せになればいいなって、ぼくは思ってるよ」
「月城く、んっ……ちょっと!」
にこりと笑ってそう一言、女の子なら一瞬どきっとしてしまうような笑顔で月城君は言った。
そしてわたしには何も言わせないといわんばかりに急に速く歩きだした。
「追いつけないってば!」
そう大きな声を出せば今度はぴたりととまって、追いつこうと速歩きしていたわたしがさっきとは逆に前に出た。
転びそうになったじゃない、と少しの怒りをこめて言おうと後ろを振り返れば、相変わらずの笑顔の月城君がいて。
「とーやにまなみの気持ち、伝えてあげて?応援してる」
「、ありがとう……」
そっと優しく、月城君は元気づけるかのようにわたしの片手を握りしめた。
わたしも反射的に握り返せば、月城君がわたしに何を言いたいのかが自然と伝わる。
「ぼくに気なんかつかわなくてもいいから、ちゃんと好きって言ってあげてね。ぼくは2人の味方だから……協力させて?」
まるで恋人同士みたいに手を繋いでいるわたし達に周りの人は気づかない。
そしてわたし達のクラスはもうすぐそこだ。
「とーや」
「お前ら遅ぇよ」
月城君と手を繋いでいたわたしの後ろには桃矢君が。
「怪獣に足止めでもされたか?」
「………桃矢君あのね、」
「実は放課後に用事が出来たんだ、だからきょうは2人で帰って?」
そう言ってすぐ手が離れた
(月城君のあったかい手の名残が勇気をくれるみたいだ)
(……それにしても放課後に用事なんてベタな嘘だったな)