29 真っ赤な林檎〈2〉
クロウカードの気配がしたってことは、きっとさくらちゃんが近いうちにここに来るだろうから気をつけていようと、わたしは元いた場所に戻ってきた。
さくらちゃんの家からは割と近いところだし、きょうはお祭りだから、意外とさくらちゃんは今この月峰神社にいるかもしれないな、と思ったときだった。
「あれ?まなみ?」
聞き覚えのある声がしたかと思えばそれは月城君の声で、なんとわたしの目の前に立っている。
驚きのあまり無言で立ち尽くしていたら、もちろんそれは月城君も同じみたいで、同じく目を真ん丸にさせて驚いていた。
「あ、…えーっと、お守り一つください」
「は、はいっ」
話したいのはお互い一緒だったけれど、月城君の後ろにはまだ沢山人が並んでいたから、とりあえず月城君は先に目的だけすませてしまおうとしたらしい。
わたしもそんな月城君や後ろの人を待たせてはいけないと少し急いで用意をした。
月城君はお守りを受け取ると、この後時間があるかどうかと小声でわたしにだけ聞こえるように話しかけてくれた。
あと少しなんだと伝えると、じゃあ待ってると言うので、少しの間だけ待っていてもらうことにした。
「その格好、バイトなの?」
「ただのお手伝いだよ」
「ああ、そうか!観月先生の」
「そう、当たり」
わたしは仕事が終わるとそのままの格好で月城君の待ってくれているところまでやってきた。
クリーニングに出してから返そうと一度家に持って帰るつもりでいたし、滅多に着ることが出来ない格好だからもう少し楽しもうと思って。
動くのにはあまり楽な格好ではないけれど、ちょっとした仮装大会みたいで案外楽しめていた。
「きょうは誰かと来たの?」
「さくらちゃんと、お友達の知世ちゃんでしょ、それにとーやと」
月城君はここに来る前に、さくらちゃんがわたしに電話してくれていたことを教えてくれた。
さくらちゃんが電話してくれた時間には、わたしはもう月峰神社でお手伝いをはじめていたから出れなかったのだと言えば、そうだったんだと納得してくれたみたいで。
「お手伝いはもう終わったんでしょ?」
「うん。これから歌帆といっしょにお祭りをまわる予定なの」
「あ、観月先生ならさっきここに来る前に会ったよ」
「本当に?」
お守りを買いにきただけだから、今からまた戻るよと、月城君はわたしを歌帆のいるところまで案内してくれるらしい。
「行こうか、まなみ」
お祭りだからか少しテンションの高めな月城君とわたしは、今から何を食べようか、なんて話で盛り上がりながらゆっくりと歩きはじめた。
「……まなみはとーやと観月先生の話、いつ知ったの?」
「えっと…ちょうどお母さんと旅行に行く前かな……どうしたの?急に」
「気になったりしない?」
2人が恋人同士だった事、と続ける月城君は決して暗い顔ではなかったけれど、明るいいつもの笑顔ではないことは確かだった。
「いくら昔の話だからって、嫌になったりしない?」
嫌なんてことないよ、むしろわたしの大切な人同士がお友達なんて嬉しいの。
そう、ためらわずに言えたらよかったのに、わたしの口は自然に動いてはくれなかった。
「やっぱり少し複雑かな?」とつぶやく月城君の質問の仕方に、月城君の優しさを感じながらわたしは考えていた。
嫌なんかじゃないし、むしろ嬉しいと思ったのは本当の本当。ただ、なんだろうか。
「むかしの桃矢君の事、わたしは知らないから」
「うん」
「それを知ってる歌帆が少しだけ、ほんの少しだけなんだけどね、……うらやましいなって思う」
わたし達より少し年上の歌帆の、大人の余裕っていうのかな。
その余裕が、ただ単純にわたしには眩しいくらいに素敵に感じられるから。
「自分とくらべちゃってるのかもしれない」
素敵な桃矢君に美人の歌帆はさぞかしお似合いだったんだろうなって。
それに比べて、わたしは歌帆みたいに美人じゃないもの。
だから桃矢君の隣にいるの自分の姿を想像すると、すごく不思議な感じがする。なんだか信じられないというか、まるで嘘みたい。
「まなみは美人だと思うけどな、ぼくは」
「………ありがとう」
そして急に変な話してごめんね、と謝る月城君はいつもの笑顔にもどっていた。
別に特別この事について日頃思い悩んでいたわけではないけれど、なんだか話終えた後にすっきりとしている自分がいて、ふっと息をはいた。
「わたしね、2人のことが本当に大好きなの。だから2人が仲よしで、すっごく嬉しい」
月城君のおかげで今度はためらわずにそう言うことが出来たみたいだ。
わたしにとって2人は、心の底から好きだって言える本当に大切な人。
嘘偽りない、それがわたしの本音。
そういえば、とわたしは気になっていたことを月城君に聞いてみた。
「何か願い事?月城君」
「ん?」
「だってほら、お守り」
「ああこれ……さくらちゃんにあげるつもりでね」
よく効くって有名なんだって、ここのお守り、とついさっきわたしが月城君に渡したばかりのお守りを見せてくれた。
さくらちゃんが欲しがっていたみたいで、それならと月城君はわざわざ買いにきたらしい。
さくらちゃんのお願い事はきっと恋のお願い事だよとは言えないな、そう思いながらわたしは月城君についていった。
月城君についてさくらちゃんにお守りを渡した後、わたしはさくらちゃんと知世ちゃんに呼びとめられて少し話をしていた。
その話も終わって、「先に行ってるね」と行ってしまった月城君を追うようにわたしはさくらちゃん達に連れられて歌帆のいるところまで案内してもらった。
案内といってももうすぐ近くだったみたいで、ほとんど歩くこともなかったけれど。
「あ、お疲れ様。まなみ」
「お疲れ様。お仕事終わったよ、一緒にまわろ!」
「それなんだけど、」
「?」
歌帆はチラリと視線をはずした。
その視線をはずした先にはちょっと驚いたような顔をした桃矢君が腕を組んで立っていた。
「桃矢君?」
「…………おう」
「とーや、言いたい事はちゃんと言った方がいいわよ?」
すごく笑顔の歌帆にポン、と強めに肩を叩かれている桃矢君がなんだか可笑しくって思わずくすりと笑ってしまう。
「ねえまなみ、せっかくだからとーやと行ってきて?」
「歌帆は?一緒に行かないの?」
「邪魔しちゃ悪いわ、ね、とーやも2人きりがいいわよね」
「は、」
「ね?」
ほぼ強制的に2人きりにされると、歌帆は「わたし達はわたし達で楽しみましょ!」と月城君とさくらちゃん達を連れてどこかへ行ってしまった。
「あやー……みんな行っちゃったね」
「歌帆のヤツ、はなからこうするつもりだったな」
歌帆が用意してくれたあまりにベタな展開にわたしと桃矢君は少し苦笑いした。
学校では桃矢君とわたしのことを知っている人が月城君をいれても数人しかいないから、からかわれることもないし、噂になったりもしない。
というよりは、お互いの気持ちを伝えあったあの日から学校でも外でも、2人きりになったことがほとんどないから。
お互い嫌な訳じゃないけど、やっぱりまわりの人に改めて何かされると恥ずかしい。
「用事って、それのことだったんだな」
「お手伝いの事?」
「学校で言ってたろ」
そういえばそんな話を学校でしていたな、とわたしはその時のことを思い出していた。
特に隠そうと思っていた訳ではなくて、わたしの予定をわざわざ話すこともないかなと、ただ単純にそう思っただけだった。
「聞いてねぇよ」
「ごめんね、隠すつもりじゃなかったんだけど」
「その格好」
そう言いながら桃矢君はわたしの服を指差して、いつもの不機嫌そうな顔をさっきの発言に少し驚いているわたしに向けた。
「……やっぱり歌帆みたいには似合わないかな?」
「ちげぇよ」
すると少し耳を赤くさせた桃矢君が視線をはずして照れていた。
「ちゃんと似合ってる」
恥ずかしそうにそう言ってくれた桃矢君に、わたしも恥ずかしくなってきて、思わずそれを隠すようにうつ向いた。
2人して赤くなっていることが、それはそれでまた恥ずかしくて更に赤くなってしまう。
「ありがと」
「………おら、いくぞ、せっかくだ」
照れ隠しなのか少し強引にわたしの手を握った桃矢君は、わたしの手を軽くひっぱるように歩きはじめた。
そんな桃矢君の後姿を見ながら、やっぱりかっこいいなと素直に思った。
「ねぇ桃矢君」
「ん、」
「まずは焼きそば食べない?」
本当は歌帆と一緒にまわるはずだったお祭りも、最後の最後まで桃矢君と一緒になってしまった。
服は帰る前に神社で着替えさせてもらって、最後にお土産に買った林檎飴を食べながらアパートまで送ってもらった。
アパートに着いた時に、そういえばはじめてのデートになるのかな、とふと思ったりして。
「送ってくれてありがとう」
「おやすみ、よく休めよ」
桃矢君と一緒にまわったお祭りはすごく楽しくて、後で歌帆にお礼を言わないといけないなと思いながらわたしは食べかけの林檎飴をかじった。
真っ赤な林檎
(わ、舌が真っ赤!)
(そういえばクロウカードのこと忘れてた……)