30 未来のことなんて〈1〉




「そこ、すぐ近くだよ」
「近くって?」
「伯父さんの別荘。今度の連休に遊びに行く予定なの」

 父さんが勤めてる大学で数学を教えてる教授が、いつも長い休みがあるとすごす別荘を、今度の連休は海外に行くからとかしてくれたらしい。
 おれ達家族3人では多い部屋数に、せっかくだからお友達もと父さんが言ったもんだから、おれはゆきとまなみを誘った。
 そしてゆきはすぐに大丈夫だと言ってくれたがまなみには断られてしまった。
 どうしてかと聞けば、伯父さんの別荘に遊びに来ないかと誘われてもう返事をしてしまったから、とまなみはこたえた。



 裕福な家庭で育った、ということをつい最近まなみ本人の口から聞いた。
 転校してきてすぐのとき、両親は仕事が忙しくて海外での生活が長かったとは聞いていたが、それ以上のことはほぼ何も知らなかった。
 なんでも母親はでっかい菓子会社の社長で、お祖父さんはその会長で、父親もその会社の偉いさんで、だから家族で一緒にいられる時間が短いんだと前に話してくれた。
 まなみが大道寺園美さんと知り合いだったのは親かお祖父さんのつながりだったんだろうと、家族の話を聞いた時にひどく納得したことを思い出した。

「いっしょには行けないけど、向こうで特に何するって決まってるわけじゃないし、遊びに行ってもいい?」
「もちろん!ねえ、とーや」
「ああ」
「あ、そうだ」

 ゆきは地図を取り出してまなみの別荘はどの辺りにあるのかと聞いていた。
 だいたいこの辺りにあるよ、と言うまなみはすごく嬉しそうだ。

「ねえまなみ、伯父さんのこと聞いてもいい?」
「えっと…お母さんのお兄さんでね、よく会うわけじゃないんだけど、何かと行事とかに誘ってくれる優しい人なの」
「へえ、それで今回別荘に行くのに誘われたんだ」
「うん。最近娘さんも10歳になったの、いとこのわたしと遊びたいって言ってたらしくて」

 伯父さんやらいとこやらとはじめて聞く彼女の親族に少し興味をひかれつつ、もっと色々聞いてみようと思ったときにはもう授業がはじまる直前だった。
 教科書を用意しつつ、別荘の住所と電話番号書いておくね、とノートをやぶって書いたそれをおれに渡すとまなみはゆきといっしょに隣の教室に行ってしまった。
 そうか次は選択授業だったと思いながらおれは手渡されたその紙切れを鞄にしまった。
 そして教室から出て行くゆきとまなみの後姿を見送りながら、おれは数週間前学校で起こった出来事を思い返していた。








 クラブもバイトもない日、いつも通りの3人で放課後の廊下を下駄箱に向かって歩いていたときだった。
 月城君、と聞きなれない声に呼ばれて振り返ると、名前は確か佐伯だったか、隣のクラスにいる陸上部のエースだったと思う女子が立っていた。
 そういえば同じクラスにいる陸上部のやつがきょうはクラブは無しだと言っていた気がする。スポーツバッグを肩からさげている目の前の佐伯は少し申し訳なさそうにゆきに話しかけた。
 おれはその女子とはほぼ面識がなかったが、どうやらゆきは知り合いらしい。一言二言会話をすると、「ごめんね、先帰ってて?」と佐伯といっしょにどこかへ行ってしまった。

「あいつのこと知ってるか」
「佐伯さんのこと?もちろん。選択授業で、月城君の隣の席なの」

 ちなみにわたしはその佐伯さんの後ろの後ろ、とまなみは言う。

「結構仲よしみたい」
「へぇ…」

 確かにさっきの少しのやりとりでふたりが親しいのは誰がみてもわかることだった。
 でもいままで全くそのことを知らなかったおれはちょっとびっくりしたのだ。

「佐伯さん、優しくてよく気の利く人だからすごく人気だって友達から聞いたことあるわ」

 それはおれも聞いたことがある。
 まったく興味が無いわけでもないけれど、そういう噂はいやでも耳にはいってくるのが学校だ。
 数日前に3年の先輩から告白された、そしてそれを断ったらしい、とサッカー部の先輩に聞いた。いや、聞かされた。

 そして何となくまなみも感じとっているみたいだが、ゆきに対するあの佐伯の態度はあきらかにそれだった。
 告白する前の女子のあの独特な表情はよく知っている。
 好意を寄せているような目じゃなくて、何か決心したようなすっきりとした瞳で話しかけられると、ああきたか、と心の中で思う。

「月城君やっぱり人気だね……この前もいっしょにいた時に1年生の娘に話しかけられてた」
「しょっちゅうだよ、おれが隣に居ても普通に告白するやつもいるからな」

 そして桃矢君もじゅうぶん人気があるけど、と付け足すまなみは少し意地悪そうな顔をしておれの方をちらりと見つめた。


 おれたちは、付き合っていることをごく数人にしか知らせていない。
 別に誰が誰と付き合おうが勝手だろうと思うが、それが知られてしまってまわりからいじられたり変に気をつかわれたりするのはあんまり好きじゃないから。
 特別隠すつもりはないが、今まで通りの関係と何もかわらないようにみえるおれたちは、ただの仲よしに見えていることだろう。

 実はつい最近も同じクラスの女子に呼び出されて告白された。
 いつもと同じように断ったが、その女子は何かほかにも言いたいことがあるみたいで、どもっていた。

『……木之本君、いつも月城君と森下さんといるじゃない?やっぱり……森下さんと付き合ってるの?』
『ん?………ああ』

 言っちまった、その程度だった。
 このことは内緒にしておいてくれと言えばいいものを、なんだか言う気になれなくて、女子は「そっか、やっぱりそうだったんだね」とつぶやいていた。

『時間とらせちゃってごめんね』
『いや、別に』
『それじゃあまた明日、……今まで通り、普通のクラスメイトでいてもいい?』

 頷いたらその女子は爽やかにその場から去っていった。