30 未来のことなんて〈2〉




 ゆきが佐伯に呼ばれてゆきに言われた通り先に帰ったその次の日、ゆきは少し気まずそうにしていた。
 いつも告白されても何もなかったかのように見せるゆきが、こんな風にあからさまにみせる表情に、もしかして昨日のは告白じゃなかったのかとおれは一瞬戸惑った。
 それはまなみも同じみたいで、少し困ったようにゆきを見つめていた。

「ちょっといいかな」

 おれとまなみがどうしたのかと聞くのを迷っていると、ゆきのほうからおれ達に話しはじめた。
 もちろんそれは昨日の佐伯とのことだった。

『ごめんなさい、聞いてくれてありがとう』
『そんな、』
『月城君と木之本君に告白した娘はみんな玉砕してるって有名だし、わたしも最初からそのつもりだったから』

 ゆきはやはり佐伯から告白されたようだった。
 付き合って欲しい、なんて言葉はなく、ただ好きだと言われたという。
 佐伯はきちんと言葉にしてゆきに気持ちを伝えて、ゆきに直接断ってもらわないとすっきり出来ないと、そう思ったみたいで。わたしのわがままに付き合わせてしまってごめんなさい、と佐伯は申し訳なさそうに言ったという。

『森下さんと付き合ってるんでしょう?』
『…………え?』
『月城君を好きな子達の常識。それに森下さん、素敵な人だからみんな応援してるの』

 わたしも応援してるからね、ととびきりの笑顔で佐伯は言うと独りで走るように帰ってしまったらしい。

「嘘」
「なんかそういうことになってるみたい」

 ぼくは何言われてもいいけど、とゆきは佐伯から聞いたことをおれ達に話したかったらしい。

「佐伯さんとの会話を勝手にとーや達に言うのは佐伯さんに申し訳ないと思うけど…とーや達には伝えておいた方がいいと思って」

 驚きを隠せないおれとまなみがしばらく無言でいると、噂をすればなんとやらで何かこそこそと話している誰かの声が耳に入った。

「すごくお似合いよね」
「これで星條の七不思議の一つもなくなるかも……」
「木之本君がいるでしょ?七不思議はまだなくならないわ」

 星條の七不思議の一つとはおれとゆきに彼女がいないこと、だったんだが、そりゃあゆきに彼女がいるとなれば。

「うーん……普通にしてたらいい?」
「それがいい、何も言わなきゃそのうち、んな噂なくなるだろ」
「そうだよね、そうする。話してくれてありがと、月城君」
「ううん。じゃあぼくも普通にしてるね?」

 いったいいつからそんな噂が流れているのか、その日の放課後サッカー部の先輩にまで「お前の連れの月城、可愛い彼女がいるらしいじゃねぇか!」と言われた。
 正直こんなに噂が広まっているとは思っていなくて、ゆきとまなみが忙しくて大変だろうと思っていたらおれの方が被害をうけている気がする。

 ただでさえ自分の彼女が噂になっているのが気に食わないが、それがゆきとできてるなんて噂、聞きたくなかった。
 もちろん、その相手がゆきで良かった、とも思ったが。


 やっぱり正直におれとまなみが付き合っていることを言おう、とそう思ったときにはもう遅かった。
 付き合っているのかと2人が聞かれていて、違うよ本当は桃矢君と付き合ってるの、と言うとそれはどうも照れ隠しのようにみえるらしい。
 ゆきもゆきで本当だよと言っても、あのほんわかした雰囲気で言うと冗談に聞こえるらしい。


 実際、まなみが転校してきてから一番仲がいいのはゆきだと思う。
 それはおれを含めてクラスの全員が知っていることだ。
 いつも会話をしているのは2人で、おれはいつもそれを聞いている。

 お互いの関係を否定しつつ本人達は本当にいたって普通で、ほやほやと仲よさげに会話している姿はずっとかわらない。

 それがまたラブラブだ、熟年夫婦だと噂に火をつけ、この噂はなくなるどころかいつの間にか学校内での常識になりつつあった。








 ふと、我にかえると目の前にはいつの間にか白いチョークで書かれた文字でいっぱいになっている黒板と、何も書かれていない真っ白なままの自分のノートがあった。
 時計をみればあと数分で選択授業が終わる時間だ。

「木之本?」
「?」
「だいじょうぶか、何か授業中ずっとぼーっとしてたからよ」
「……ああ、何ともねぇよ」
「そうか?ならいいけど、あ、ノートなら後でみせてやるからさ」

 なんでもあまりに変な様子だったらしいおれが心配になって声をかけてくれたのは、違うクラスだが選択授業が同じでおれの隣の席の奴。
 真っ白なままのおれのノートに気がついて、授業のチャイムが鳴るとすぐ自身のノートをおれに手渡した。
 明日でいいからよ、とそいつは自分のクラスに戻っていった。
 そしてそんな奴と交替するように教室に戻ってきたゆきの姿がみえた。

「とーや?」

 ただいま、とおれに声をかけるゆきの隣には、そんなゆきの隣にいる姿がすっかり馴染んだまなみだった。
 桃矢君寝てたの?とおれのノートをみて言うまなみは、選択授業で教室を出ていったときのまなみより元気が無いようにみえて、違う、元気が無いのはおれだ。
 覇気のないおれに気がついたゆきの顔から、すっと笑顔が消えた。

「とーや、最近おかしいよ」
「………昨日遅くまでバイトだったから寝不足なんだ」
「昨日はバイト無いって、自分で言ったの忘れた?」

 こんな空気ははじめてだった。
 この前ちょうどゆきが昼飯を買いに行っていていなかった時、クラスで喧嘩がはじまりそうになった。
 まさに取っ組み合いにでもなろうという瞬間教室に戻ってきてその光景をみたゆきは「どうしたの?」とひとこと皆に話しかけるように言った。

 それだけでその場がおさまるくらい柔らかい雰囲気をもっているゆきが、いま、目の前で何か訴えるようにおれを見つめていた。

「そうだ、きょうまなみは女子で昼ご飯食べるって」
「……そうか」

 まなみは何も言わずおれ達のやりとりを見ていた。
 いつもとは違う雰囲気に、少しこわばったような顔をして自分の席についていた。

「とーや、まなみとちゃんと会話してる?まなみはちゃんとしてる、って言ってたけど」
「してるよ」
「じゃあ、だいじょうぶだよね」

 そう言うとゆきのいつも通りの柔らかい雰囲気が戻ってきた。
 もちろん微笑みも戻ってきたのに、何か足りないように感じるのはおれの心のモヤモヤのせいか。
 それとも本当にいつものゆきと何か違うところがあるのか、その時のおれにはわからなかった。




未来のことなんて
(どんなに力があったって人の心までは読めない)
(いつも見えるはずの先のこと)
(今のおれには見えなかった)