33 ナイショ?〈1〉




……プルルルルル……


 突然聞こえたのは、ほとんど鳴ることがない我が家の電話がめずらしく鳴っている音。
 唇が触れるまであと数センチというところで桃矢君はピタリ、と動くのをやめた。
 そしてわたしを抱き寄せようと背中にまわしていた右腕ががくんとおろされたと思うと、桃矢君の口からはあ、と深いため息がもれた。

「………ふふっ」
「……………お前なあ……」

 あまりのタイミングの良さにさっきまでのムードも何もなくなって、残念どころかなんだか面白くなってしまった。

「誰だこんな時間に」
「えっと……あ、歌帆からだ!はいもしもし、」
「歌帆………」

 歌帆からの電話は、突然だけれど、前に遊んだ時に話していた最近人気の創作料理のお店の予約が取れたから、一緒に行かないかなんて内容だった。
 もちろん予定はあいていたから大丈夫だと伝えると、近くの商店街でお昼前に待ち合わせることになった。
 おやすみなさいと一言、電話を切ると、邪魔をされた電話の相手が歌帆であったが為に更に不機嫌そうな桃矢君が背後に仁王立ちをしていた。

「あ、歌帆と話したかった?」
「んな事あるかよ」
「ふふ、冗談、ごめんなさい」

 馬鹿にしてるのか、と眉間に皺をよせながら言う桃矢君が面白くて笑いをこらえられないでいると、笑うなと頭を軽く叩かれた。

「台無しだよ、ったく……」

 困った顔をしながらも、桃矢君は目の前にいるわたしを背後からすっと自然に抱きしめた。
 まるでさっきの続きをしようというように、優しくふわりと腕が身体にまきついた。
 その行動に、桃矢君はすごくロマンチストなんだな、なんて思った。

「ムード気にするタイプなんだね」
「うるせぇ」

 そして桃矢君は照れ隠しをしているのかわたしからさっと離れると、もう寝るぞと出しておいた来客用の敷布団をセットしていた。

 わたしのベッドの隣にひかれたその敷布団との距離が、前よりも近くなったであろうわたしと桃矢君との距離と同じようで。

「じゃあ、おやすみなさい」

 わたしも寝支度をすませてベッドに横になると、明日の歌帆との約束は何時からだ、とまだ布団の上に座ったままの桃矢君が尋ねた。

「11時に商店街で待ち合わせなの」

 するとちょっと驚いたような表情をして、言葉を慎重に選んでいるみたいに言う。

「明日のバイト、商店街のレストランなんだ。だから途中までいっしょに行く」
「え、」
「一回家に戻らねぇといけねぇけど、それでもいいか?」

 嬉しい偶然に思わず声をあげると、桃矢君は少し照れたように微笑んでくれた。

「おら、もう消すぞ」
「はーい」

 言った通りに電気を消すとわたしに続いて布団にもぐりこんだ。
 そして明日もお昼までいっしょだね、なんてゆったりとした会話を弾ませながら、桃矢君とわたしは初めて2人きりで夜を過ごした。








「容子、やっぱ木之本君好きなんだね」
「うん」

 それは偶然だった。

「でも木之本君に告白した子って、全員玉砕してるって噂よ。木之本君に彼女いないのってうちの七不思議のひとつだよね」
「月城君も森下さんが来る前まではその七不思議のひとつだったけど……」

 文化祭の準備の合間、校舎の屋上付近を月城君と休憩がてら歩いていた時、同じクラスの子達がしゃべっていた話を聞いてしまった。

 気になったのは月城君とわたしの話ではなくて、容子ちゃんの話の方だった。

「まなみ、」
「?」
「気になるって顔してる」

 聞こえちゃったものは仕方ないよとわたしに話しかける月城君は、横目に階段を荷物を持ちながら上がっている桃矢君とクラスメイトをチラリと盗み見ていた。

「桃矢君が好きって子、沢山いるから」
「………まあ、ね」
「わたしがひとり占めしてるみたいで狡いなって、ちょっと思っちゃった」

 最近は本当に毎日が充実していて、幸せだった。
 学校はもちろん、桃矢君との関係も、月城君や友人との関係も、歌帆との関係だってすごく満足していて。

 数日前に桃矢君が家に泊まりに来た時、月城君とわたしの噂についてもゆっくり話せて、お互いこの噂を聞いても何も思わないくらいに落ち着いていた。
 それは桃矢君との関係をうまく築けていたからで。

 桃矢君を好きな子が沢山いることはもちろん知っている。
 時々桃矢君が何も言わず放課後いなくなる理由が、女の子からの告白だと知っている。
 それを嫌だと思ったことは一度もないし、特別気にしたこともなかった。
 だけれど何故か今回は気になって、話が聞こえてきた時思わず脚をとめてしまった。

「それは中川さんだから、気になるのかな」
「………………わからない」

 でも多分、そう。
 月城君はわたし自身でもわからないことを言い当ててくれるから、今回もきっとそれが理由だ。

「さ、行こうか!まなみ」

 わたしがこれ以上悩まないようにか、さっきまで話していたことを忘れたように続ける月城君。

「そうだね!行こう」

 わたしはそんな月城君の気遣いに感謝しながら、まだ階段にいる桃矢君達をチラリと盗み見た。
 それから月城君といっしょに教室まで戻ってくると、クラスの子にラブラブだね、なんて言われながら文化祭の準備をはじめた。