33 ナイショ?〈2〉
教室で床に座って黙々と小道具や衣装づくりをしていると、右隣にすっと桃矢君が座り込んだ。
ちなみに左隣では月城君が自分でつかう魔法使いの杖みたいなものをつくっていたところだった。
そして桃矢君の手には裁縫セットとつぎはぎの布が握られている。
「魔法がかかる前の服?」
「お前は舞踏会のやつか」
「そうだよ、これ結構難しいの」
桃矢君はわたしが縫っている布を見た後、その隣の月城君の作業を少しの間見つめておかしそうに笑った。
「何でサバの缶詰めなんだ」
「面白いからじゃない?ね、月城君」
特に何も答えてくれなかったけれど、月城君は楽しそうに杖をつくって笑っている。
「あ、そういえばなんだけどね」
「ん?」
そして桃矢君が来る前、ちょうどわたし達が作業をはじめた時にみんなで話していたことがあったのだ。
座って縫い物をはじめた時、わたしと月城君をさっきまで探していたらしい子達が急いで駆け寄ってきた。
『あ、いたいた!月城君と森下さん』
『これ、後で着てくれない?』
彼女らの手に握りしめられていたのは、舞踏会で桃矢君達が着る予定のシンデレラのドレスと王子様のタキシード。
それは他の衣装とは違ってもう完成しているようにみえた。
『クラスのみんなで話してたの、月城君と森下さんに是非着て欲しいなーって!』
『絶対に2人に似合うわ』
『写真、撮らせてくれないかしら?』
なんとなく、どうしてそういう話が出たのかは想像がついた。
そして自分がタキシードを着るのは嫌だけど、月城君のドレス姿は大いに見たかった。
だって綺麗な月城君にドレスってすごく似合いそうだから。
「で、いいよって言ったのか」
「うん……思わず……」
今更後悔をしても遅いのだけれど、やっぱりやめておけばよかったと思う。
月城君は少し難しい顔をして、でも少し考えてから「いいよ」と彼女達に笑顔で返事をしていた。
返事をするまでの少しの間は、きっと桃矢君がどう思うのか考えていたのだと今ならわかる。
「いいかな……」
「別に、いいんじゃねーの」
「本当?」
「おれもゆきのドレス姿、みたいし」
からかって写真撮ってやるぞ、と桃矢君はこちらが心配していたことなんて全く気にしていないようで。
よかったと内心ほっとしつつ、月城君のドレス姿がはやく見たいなと考えていた。
「月城くん、森下さん」
「?」
「ちょっと、時間ある?」
放課後、桃矢君はクラブで遅くなるので今日はふたりで帰ろうと月城君といっしょに昇降口に向かっている途中だった。
そして急にわたし達に声をかけたのは、文化祭で王子様を演じる中川容子ちゃんだった。
「話があるの……いい?」
「……?、大丈夫だよ」
「ありがとう。あ、場所変えよっか」
容子ちゃんはいつもの素敵な笑顔で、わたし達を誰もいない空いた教室へと案内してくれた。
「あの、どうしたの?」
わたしは正直とても緊張していた。
いままで何度も話したことがあるけれど、今日は違う。それも全て昼間の会話の内容を聞いてしまっていたからだ。
隣の月城君も昼間の事を思い出しているのか少し表情をひきつらせていた。
「実はね、ふたりに聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
「あのね、………木之本君のこと…なんだ……」
いつもいっしょにいるじゃない?と続ける容子ちゃんに月城君は戸惑いを隠せず、ちょっと困ったように笑う。
「あのね、木之本君って」
「とーやがどうしたの?」
「………………付き合ってる人、いるのかな」
頬を真っ赤にさせてそう聞く容子ちゃんは、恋をしている女の子そのものだった。
可愛いけれどさっぱりしている普段の彼女は、女子からみて「格好いい」という言葉がよく似合う。
けれどいま目の前にいるのは可愛くて可憐な女性なのだとそう思った。
「七不思議だとか、あんまり信じられなくて……2人はいつもいっしょじゃない?だからもしかしたらって」
わたしと月城君はお互いに顔を見合わせた。
いま話をしているのが容子ちゃんじゃなければ、わたしは説明するだろう。本当は木之本君と付き合ってるの、と。
月城君とわたしのことは全部嘘で、噂がひとり歩きしていただけ、と。
臆病なわたしは、容子ちゃんに真実を伝えることが出来ないと思った。
いまここで言ってしまったら、何よりビックリさせてしまうだろうし。
それに容子ちゃんがわたし達にそれを聞きにきたのは、きっと近々桃矢君に告白をするつもりなのだろう。
それならわたしの口から事実を聞いて終わってしまうより、桃矢君の口から直接話を聞いたほうがいいと思った。
「それなら」
「あのっ、ごめんなさい!やっぱりいいわ!」
悪いんだけど、とでも続けて言うつもりだったであろう月城君の言葉は容子ちゃんの声にのみこまれてしまった。
いったい何事かと2人して驚いていると、容子ちゃんは今度はすごく申し訳なさそうに謝りはじめた。
「ごめんなさい、あたしったら!やっぱりそれは木之本君に直接聞かないと駄目よねっ」
「え、えっと………」
「本当にごめんね!月城君、森下さん」
さっきまでの申し訳なさそうだった顔を無理矢理に隠して笑って、容子ちゃんは早口にそう言った。
そして鞄の紐をぐっと握りしめて、それじゃあ、とこの場から立ち去ろうとした時、最後にもう一度こちらをふり返る。
「月城君と森下さん、とってもお似合いよ。……凄く、羨ましいな」
パタン、と扉の閉まる音が教室内にやけに響くと、わたし達2人はしばらく無言になってしまった。
少し時間がたってから思い切って月城君に声をかければ、帰ろうか、とただ一言、ゆっくりと歩きだした。
そしてわたしも月城君に続いて教室を出て廊下を歩けばいつものように、あ、あの2人だよ、と下級生の子に興味深い視線を向けられる。
いつもなら笑顔でそれに対応する月城君が笑顔も無く、そしてむしろ機嫌が悪そうなのかなと思ってしまうような表情で先を見つめていた。
おかしい、と思うのは今日がはじめてじゃなかった。
最近ふとした時に月城君がみせるこの表情は一体何なんだろうか。
「…………月城君?」
恐る恐る声をかければ、立ち止まってふり返る月城君。
今はもう笑顔になっているけれど、その笑顔は何処かかなしそうで。
「何か、あった?」
そう聞いた次の瞬間、月城君はわたしの手をとって優しく身体を引き寄せた。
「つ、月城君……?」
驚く間もなく悲鳴にも似た歓声があがった。
こんな廊下のど真ん中で噂の2人が抱きしめあっていたらどんな事になるか、大体想像はつくけれど、皆の反応はそれ以上だった。
きゃあやわあと周りの皆が騒ついてやまないのに、月城君は割と強めにわたしを拘束している。
突然の事に何かのドッキリかと思ったけれど、どうやらこの後何かが起こりそうな雰囲気ではない。
「ゆき、まなみが困ってんぞ」
そして抱きしめられながら、聴こえたのは月城君を呼ぶ桃矢君の声。
「見て、とーやの顔」
「ん、何?」
「すっごく不機嫌!」
やっと解放されたかと思って桃矢君を見たら確かにすっごく不機嫌そうな表情をして、しかもクラブのユニフォームのままそこに立っていた。
「あんまりおれで遊ぶんじゃねぇぞ……ゆき」
「はは、ごめんなさい」
こうしたらとーやが来ると思って、と言う月城君はどうやら変なツボにはまったらしくずっと笑っている。
「ごめんねまなみ、ちょっととーやで遊びたくなっちゃってさ」
「……急にどうして?」
「シンデレラの衣装で写真撮ってやるって、言ってたでしょ?」
ナイショ?
(ただ撮られるだけなんて面白くないもんね)
(おれは本番でアレを着るんだぞ、アレを……!)
(ねえ月城君、本当は違う理由があるんでしょ?)
(……うーん、あるけど、それはナイショ)