「木之本君、」
「?」
ちょうどクラブの練習の前、着替えを済ませてアップしようとグラウンドへ向かっていた時、クラスメイトの林に呼びとめられた。
別に普通に話しかければいいものを、小さな声で控えめにこっち、と手を振ると「時間大丈夫?」と聞く。
正直、近いうちに大会や試合がある訳でもないし、文化祭が近い事もあってクラブを欠席している奴も多い。
「何かあったのか?」
「この前わたしが言った事で、ちょっと」
この前林がおれに言った事とは、深読みなんかしなくても多分、あの事で間違いない。
『………今まで通り、普通のクラスメイトでいてもいい?』
ただ記憶に新しい感じがするのは、会話の最後のあの一言がとても気持ちよかったからだろうか。
「ごめんなさい、わたしのせいなの」
「だから何が」
「月城君と森下さんが付き合ってるっていう話」
おそらくこの会話は林の声の大きさ的に周りには聞こえてはいないが、グラウンドにいる運動部や下校中の生徒におれ達の姿を見られていない訳ではない。
だからか、少しばかり好奇の視線を感じた。
「どういう事だ?」
「あの時木之本君に、森下さんと付き合ってるのって聞いて、そうだ、って言ってくれたの覚えてる?」
林に呼び出されたのはそこまで前の事じゃなかったから、おれも結構ちゃんと覚えてるつもりだ。
『……木之本君、いつも月城君と森下さんといるじゃない?やっぱり……森下さんと付き合ってるの?』
『ん?………ああ』
確かにおれはこいつにそう言った。
「覚えてるよ、けど」
「それなの、木之本君」
何かおかしい事でも言ったかと聞こうとすれば遮られた。
そして林は申し訳なさそうに軽く頭を下げると、ごめんなさい、とつぶやいた。
「わたしね、あの後親友の舞って子にだけ、このこと話したの」
「あー、お前と同んなじ図書クラブのやつか」
「そう。ごめんなさい……わたし達の不注意のせいなの」
軽く頭をさげて視線を落とした林は、よく理解出来ていないおれに詳しく話しはじめた。
話をした場所が悪かった、というのだ。
空いている教室で親友に話していた時、ちょうどそこの廊下を通りかかったクラブの後輩達にこっそりと盗み聞きをされてしまい、瞬く間に噂が広まってしまったのだ。
彼女自身、後輩達に会話を聞かれていたことを最近、その後輩達からの「こんなに話が広まるとは思わなかったんです…」の謝罪で知ったらしく、まずはおれに謝ろうと思ったそうだ。
「ん、なら、どうしてゆきとまなみって話に?」
「それは、いつも月城君と森下さんがいっしょにいるからじゃないかな」
その林の一言は、まるで自分が叱られているような感覚になるほど、しゃんとしていた。
「森下さんの名前が聞こえて、付き合ってるって単語が聞こえたなら、それは誰だって月城君の事だと思うわ」
「後輩達の聞き間違いで話が広まったってことか?」
「わたしだって森下さんが転校してきてすぐの頃は、月城君といい雰囲気なんだな、って思ってたもの」
「なら、いつ」
それはふと浮かんだ疑問、勘違いしているままでいたならば、いつ本当のことに気がついたのだろうか。
林の言うとおりあの二人はいつでもいっしょにいる。
だから、まさかおれがまなみと校内でそういう空気になっていたこともなければ、会話したのもほんの少し。
最近ではゆきとまなみも二人でいた方が何かと動きやすいし、気が楽だからと言っていたし、本当にゆきに任せっきりだ。
絵になる二人の関係には前から誰も不自然さを感じていないはず、だったのに。
「木之本君は、嫉妬深いんだね」
突然嫉妬深いね、と言われても素直にそうだとはかえせるはずがない。
「木之本君の瞳は、どんな時も森下さんを見てたわ。いつもと雰囲気、全然違うもの」
「……そんなに違うか?」
「みんなその違いがわからないから、森下さんは月城君のものになっちゃうんだよ?」
それだけ、ともう一度後輩達に話を聞かれてしまった事にごめんなさいと言うと、林はその場を去ろうとした。
けれどおれはそれを引きとめた。
突然おれに肩をつかまれてびっくりしている林は、普段はすごく落ち着いていて、クラスの中でも大人っぽく、いい意味で浮いている存在だ。
そんな林の間抜けな顔は少し面白かった。
「言ってくれてありがとな」
「……こちらこそ、前と変わらず普通に会話してくれて、ありがと」
今度こそ本当に去ろうとした林が後ろを向いた瞬間、もう一度こちらを向く。
何かと思えばアレ、と校舎の方を指差していた。
「月城君、こっち見てるよ」
「?」
「……しかも森下さんのこと抱きしめてる、行かなくていいの?彼氏サン?」
「、悪いな」
気をつけて、と最後に林の声が聞こえたが、それにはもう返事をしなかった。
最近のゆきは少し目を離すとコレだから困る。
要注意人物
(おれで遊びやがって)
(わたしは二人のこと応援してるわ)