35 2回目の告白〈1〉




「、悪いな」

 そう言って校舎の方に走っていく木之本君は、やっぱり格好良かった。
 いつでもそう、彼女を追いかける木之本君は、クラスメイトの誰かといる時とは全然違う雰囲気を纏う。
 こっちが恥ずかしくなるくらい、優しくて、甘い、何か。

「じゅーりー!」
「ごめん、待たせて」
「ほんとよ馬鹿」

 馬鹿、と泣きそうな顔で言われても、本当にかなしくなるだけなのに、彼女はわたしをそう励ます。
 馬鹿、は彼女の口癖である。
 わたしが今木之本君に何を話しに行ったのかを知る唯一の人物で、わたしの親友。
 そしてわたしの恋のはじまりと終わりを全部知ってるのも、彼女だけ。

「木之本、何か言ってた?」
「特に何も……木之本君、優しいもの」

 別に告白したことを後悔してないし、何か思い残しているわけでもない。すべて終わった事。
 ただ、わたしの初恋として、心の底に甘酸っぱく深く刻み込まれた記憶は、消えることは無いと思う。

「あんたモテるんだから、新しい恋みつけなさい」
「今は女の友情を深めたい気分だなー」
「じゃあ駅前のファミレス?」
「今日はわたしが奢るわ」
「ほんとう?」

 嬉しそうに笑ってくれる、わたしより頭ひとつ分小さい親友の笑顔はわたしを元気にさせてくれる。

 あまりノリよく騒ぐ方じゃなく、感情を表に出すタイプじゃないわたしは友達が少ない。
 友達が少なくて不自由したことはほとんど無いけれど。
 平均よりも高めの身長のせいか、いつも「大人っぽい」「お姉さんみたい」というイメージがついていて、クラスでは少し浮いている気がする。
 仲が悪い訳じゃないし、はぶけにされている訳でも決してないけれど、あまり親しくないからという理由で、何か壁を感じる話かけられ方をすると流石のわたしでもショックを感じないこともなかった。
 それにグループで何かする時とか、ちょっとそのなかに居づらいのは確か。

 そんなわたしとは違って交友関係の広い親友の舞とは小学校からの仲よしで、お互いの長所短所もよくわかっていた。
 交友関係の広い舞の紹介のおかげで、高校生になってからの友達は、ああ、本当に仲がいいのは2人、くらいかも。
 それにわたしは人と話すのがあまり得意じゃないと思う。

 そんなわたしと普通に、ごく普通に話してくれたのが木之本君だった。



「あ、」
「………あ……」

 近所にある馴染みの本屋さんで、最近気になっていた少年漫画のコミックと、好きな作家さんの小説をいつものようにレジのカウンターに置いた。
 なんとなく感じた違和感にふと、店員さんの顔を見れば同じクラスの木之本君だった。
 入学式から約一ヶ月、話したことはなくとも名前と顔は知っている。だって人気者だから。

「林……だっけ?」
「う、ん、……林樹里」

 わたしのことわかるんだ、それに名前までと驚いているなか、木之本君は慣れた手つきで本を袋にしまっていた。
 いつもなら感じるクラスメイトとの壁を全く感じさせずに、木之本君は会計をする。
 あ、ちょっと待ってブックカバーしてたっけ?

「カバー、深緑のやつだろ、前に教室で見たことある」
「……記憶力いいんだね、木之本君」
「まあな」

 ほらよ、とぶっきらぼうに手渡された袋を受け取ると、何故だか胸が高鳴った。
 木之本君は特に何も気にすることなく当たり前のようにわたしの名前を言って、カバーの色をたまたま覚えていたんだろうけど。

 わたしにはそれがすごく嬉しかった。
 彼は見た目なんて気にせずに、同い年のただのクラスメイトの一員としてわたしに話しかけてくれている。

「林でもそういう漫画読むんだな、お堅い推理小説ばっか読んでる印象あったから」
「わたしお兄ちゃんがいるの、だから少年漫画よく読むのよ」
「なるほどな、イメージかわったよ」

 思えばわたしはこのときから木之本君に恋をしていたんだ。


 そんな交流から約1年が経とうとしていた。
 ただ近所の本屋さんに行く事がこんなに楽しみになるなんて、高校に入学したばかりの自分は思ってもみなかったはずだ。
 いつものように放課後制服のまま立ち寄れば、ちょうどバックヤードから出て来た木之本君に出くわす。

「木之本君、この前教えてくれた小説すごく面白かったわ」
「そうか、なら良かった」
「お仕事中にごめんね、でもそれだけ伝えたくて、ありがとう」

 じゃあさよなら、と言うのはいつもわたし。
 クラスメイトとしての会話をしてくれる木之本君とのこの一言二言のやりとりがわたしの精一杯だった。

「ああ、そうだ林」
「?」
「実は次でここのバイト辞めるんだ」

 その一言を聞くまでは。