35 2回目の告白〈2〉




 教室で偶然に会話することはあっても、ただそれだけの関係。
 それにいつも木之本君といっしょにいた月城君と森下さんが付き合っているんじゃないかと一部で噂になっている今、木之本君を好きな子達は浮き足立っていた。
 この高校の七不思議のひとつが崩れかけたのだから。

 相変わらず木之本君に告白をした子は皆玉砕しているらしいけれど、何となく、ファンの子達からすると前より可能性があるような気がする、らしい。

「木之本先輩、ちょっとだけお時間、いただけますか?」

 ほら、また。
 長い髪の可愛い子はひとつ年下らしい。
 木之本君の隣に月城君と森下さんがいるのに、恥ずかしそうではあるけれど堂々と話しかけていた。
 月城君と森下さんは慣れたように、木之本君を行ってらっしゃいと見送る。
 そして木之本君の近くを控えめに歩くひとつ年下の女子は、何か決心をしたような表情をしている。
 その決心をした勇気と彼女の横顔は、すごく格好良かった。

 木之本君に告白した人は皆玉砕する、という噂はおそらく学年中のみんなが知っている。
 けれど告白する人が後を絶たないのは、「彼女」という存在が確認されていないから。

「まなみ、だいじょうぶ?」
「うん、だいじょうぶよ、ありがとう」

 そしてクラスにのこった噂の二人に少しの視線があつまっていた。
 親密そうな二人をみて皆は、噂は本当なんだろうと信じているのだろうか。
 会話の内容までは皆聞こえていないと思うけれど、わたしにはそう言っているように思えた。

 だって、木之本君はいつも優しい眼差しで彼女をみつめていたから。
 月城君も森下さんのことをみるときは、いつも優しい瞳をしているけれど、それとはまた違う。
 そして彼女をみつめる木之本君は、時々すごく切ないような表情をする。

 それはいま木之本君のことをみつめていたわたしの表情と、同じだった。



 片想いのままで終わらせようと思っていた。
 けれど日々つのる心のモヤモヤに、わたしも決心をしてしまった。
 木之本君があの本屋さんのバイトを辞める日、玉砕覚悟の告白をしよう、と。

「ごめん、おれ、好きな奴がいるんだ」

 結果はまあ、わかりきっていた事だけれど、言ってよかったと思う。
 木之本君に断られた時にすごく気持ちが晴れたから。
 そして思いきって森下さんのことも聞いてみた。今までに好きな奴がいるんだ、と言われて失恋した子達は、それが大切な恋人のことだと気がついていたのだろうか。

「時間とらせちゃってごめんね」
「いや、別に」
「それじゃあまた明日、……今まで通り、普通のクラスメイトでいてもいい?」

 すると木之本君は優しく微笑んでくれた。
 そしてこのとき、わたしの初恋は綺麗な気持ちのまま終わりを迎えたのだ。


 そして数日後、月城君と森下さんの話題で学校中が盛り上がっている最中の事だった。
 木之本君の元気がない。
 皆気がつかないのかな、絶対に木之本君の様子がおかしいと思った。
 元々木之本君も騒ぐタイプではないけれど、あきらかに沈んでいるというか、ぼーっとしているというか。

 そんな今日も元気のない木之本君は選択授業の間もずっとうわの空だった。
 あれじゃあノートもとっていないだろうと思っていたら、授業の終わり際、木之本君の隣の席の野中君がノートを貸してあげていた。
 木之本君の変な様子に気づいている人もちゃんといるんだと思っていたら、授業終了のチャイムが鳴る。
 ぞろぞろと他の教室に行っていたクラスメイトが戻ってくるなか、お似合いだと有名な噂の二人も教室に入ってきた。
 迷わず木之本君の席に近寄ると、何か話している。
 いつもの楽しそうで柔らかい空気はどこへやら、厳しい表情をした今にも言い合いになりそうな男ふたりに、気まずそうな森下さん。
 少しの会話でそれぞれの席についた3人は、それぞれにいつもとは違う表情をしていた。
 ちょっと前まで一丁前に片想いしていたわたしは、何も考えずにまず木之本君をみてしまうのだけれど。

 はじめてみた木之本君の表情に、一瞬ぞくりとする。
 鋭い視線に、でもかなしそうな表情は虚ろに、けれど一点を見つめていた。
 木之本君の視線の先には、さっき言い合いになりそうだった月城君ではなく、森下さん。

 森下さんと上手くいってないんだろうか、と一瞬頭によぎった考えをわたしはなかった事にした。

『ごめん、おれ、好きな奴がいるんだ』

 あれから教室で森下さんを見るたびに、あの言葉が何度も頭のなかでこだましていた。

 確かに彼女が転校してきてからずっと仲はいいけれど、より仲が良さそうだったのは木之本君じゃなく月城君だった。
 いつも隣同士で笑顔で会話して、それを木之本君が見守っているような。
 二人のほんわかした雰囲気は誰が見ても当時からずっとお似合いだった。
 クラスメイトの皆もその光景を見ていたから、二人が付き合ってるって聞いても「やっぱりね」「今更だよ」と口をそろえて言っていた。

 けれど実際恋人同士なのは木之本君と森下さんなのに。
 それなのに、この前の木之本君の視線の意味を、わたしは深読みしてしまっている。








「いつもありがとう」
「また来ます、」

 木之本君がいなくなってしまった近所の本屋さんへはあれからも通い続けている。
 一応小学生の頃から本が好きだったわたしの、行きつけのお店だから。

 本屋さんを出て、家まではゆっくりと歩くのが好きだ。
 まだお昼には少し早い時間、いつも通りのコース、角を曲がれば小さな、割と新しめなアパートが道沿いに出てくる。

「………っ……」

 けれど突然視界に入った人物に、思わず身を隠すように、もう一度角まで引き返してしまった。
 ぶわっと背中が汗ばんで、息がとまる。
 けれどほんの少しの興味が、わたしの視線をもう一度さっきの場所へと向けさせた。


 その新しめのアパートから出て来たのは楽な格好をした木之本君と、控えめに着飾った森下さんだった。
 木之本君がひとり暮らししてるなんて聞いた事がないし、きっとそこは森下さんの部屋だと思った。

「…………………」

 驚きで言葉がみつからない。
 距離的には絶対にばれていないけれど、いけないものを見てしまったと思ったわたしは自然と息を殺していた。
 知り合いじゃないと本人だとはわからないような距離の為に、何を話しているのかまではわからない、けれど。
 見つめあって、楽しそうに笑っている二人には、近寄れない何かがあった。
 そして少し視線を下にずらせば、ゆるく繋がれた手。

「遠まわりして帰ろう、」

 柄にもなく小さな独り言をつぶやいて、わたしは来た道を引き返すことにした。


 木之本君は月城君に嫉妬しているのだと思った。
 本当の恋人は自分なのに、森下さんの相手は月城君だと皆に勘違いされて、木之本君は嫌だったんだ。
 それが原因で月城君と喧嘩しそうな雰囲気になっていたり、気まずそうな表情をした森下さんとは上手くいっていないようにみえたのだ。

 けれどさっきみた二人の表情はどちらも穏やかで、きっとその事について何か解決したのだろう。
 幸せそうに歩きだす二人をみて、何故かすごく嬉しくなった。
 木之本君が幸せならそれでいい。皆は知らなくても、わたしはかげながら二人のことを応援していこうと、そう心に決めた瞬間だった。



 後は流れるように時間が過ぎていった。
 図書クラブの後輩達に、わたしの失恋話を聞かれてしまったと同時に、月城君と森下さんが付き合っているという噂を広めてしまったのは自分達だと謝られたのだ。
 そして本当の話を知っている舞にだけ、この前あった事を今度は誰にも聞かれる事の無いようなところで話した。
 そうしたら舞はなるほどと納得すると同時に、何故か少しかなしそうな顔をする。

「ねえ樹里、それ、どうして木之本が森下さんを見てるってわかったのか、わかる?」
「どういう意味?」
「あんたが本当に木之本のことが好きで、あいつのことをちゃーんと見てたから、わかったのよ」

 言った意味わかる?とちょっと意地悪そうに笑うと、「噂広めちゃった事、謝ったほうがいいわよね」と言ったわたしにうん、と今度は優しく微笑んでくれた。

「好きな人の好きな人がわかっちゃうくらい、あなたはその人のことが好きだったって事」
「………うん、そうなの、かも」
「もう……まだあいつのことが大好きなんでしょ?我慢しちゃ駄目、馬鹿」

 泣けばいいのよ、と肩を強めに叩かれたら、ぽろっと自然に涙が溢れた。

「樹里ったら告白して帰ってきたとき、「フラれた」って笑顔で言うんだもん、逆に心配しちゃうじゃない」
「だって、でも、本当に言ってすっきりしたから」
「全然かなしくなかったっていうの?」
「それは、」

 全然かなしくないなんて嘘だと、泣きたければ素直に泣きなさいと、舞はわたしの背中をさすってくれた。
 わたしは緊張の糸が切れたかのように声をあげて泣いてしまった。
 こんなに泣いたのはきっと小学生以来だと思う。
 わたしは思っていたよりもずっと、すごく、木之本君のことが好きだったらしい。

「木之本よりいい男見つけようじゃないの、ね?」
「、すごく難しいと思う」
「あんたを励まそうと必死なのにそんな言い方しない!」
「だって、」
「だって、もない!」

 後でこの優しい親友の為に何か奢ってあげようとわたしは思った。

 そして今に至る、訳だけれど。

「月城君、こっち見てるよ」
「?」

 第2の告白を終えてその場から立ち去ろうと木之本君に背を向ければ、ちょうど校舎の窓からこちらを見ている月城君と目が合った。
 月城君とはほとんど、いや、全く話した事がないけれど、彼はわたしに向かって突然ウインクをした。
 その腕のなかには森下さんがいて、何となく月城君のしたいことがわかって、わたしはそれに協力しようと思った。

「……しかも森下さんのこと抱きしめてる、行かなくていいの?彼氏サン?」

 こうして、わたしの初恋の物語は、本当の終わりを迎えた。




2回目の告白
(月城君のウインク見たかったー)
(すごく素敵だったよ)
(あんたズルい!)