36 気にするタイプ〈1〉




「この前の写真?」
「あ、まなみ発見」

 この前の写真、というのは先日の文化祭の物。

 写真部のものが廊下にずらりとならんでいて、劇だけじゃなく模擬店などの写真も沢山かざられていた。
 わたし達が今見ているのはまだほんの一部で、廊下の先では生徒会やボランティアの生徒が写真の貼られた紙を壁に設置している最中だった。
 きっとわたし達のクラスは、桃矢君と月城君の人気のおかげで他のクラスのものより枚数が多くなるだろう。
 すべての写真が貼り出されるのがすごく楽しみだった。

「楽しかったね、シンデレラ」
「容子が本当に素敵だったわ」

 爽やかにそう言ってくれたのは、お友達の奈々ちゃんと景子。
 皆が写っているものを指差して微笑んでいる。

「もちろん、木之本君も素敵だったわよ」
「月城君も」

 桃矢君と恋人だということ、そして月城君とは何もないということもはじめから知っているこの二人には本当に頭があがらない。
 わたしが星條高校に転校してきてすぐ、仲よくしてくれたとても大切な友達。

 そして今日は土曜日。
 授業がお昼までとはいえ、午後になってもクラブ活動の為にグラウンドはいっぱいで、校内にも文化部の生徒が沢山いる。
 わたし達は授業がお昼までだから一緒に帰ろうと約束をしていたものの、今の今まで教室でおしゃべりをしていたら随分と時間が経ってしまったのだった。

 そして廊下を歩きながら、まだまだ途中の写真の展示を二人はちらちらとチェックしていた。
 するとまたわたしのうつっている写真を見つけたみたいで、あれ、と小声でつぶやいた。
 その写真は劇が終わった後、月城君と二人でシンデレラと王子様の衣装を着たものだった。

「本当によく似合ってるね」

 王子様に立候補すればよかったのに、と奈々ちゃんがイヤミな視線を送ってくれるのを無視してわたしは歩いた。

「あ、いた」
「?」
「噂の彼、木之本クン」

 二人は、サッカー上手いねと楽しそうに窓の外を眺めていた。

「そもそも、今日みたいな日こそ一緒に帰るんじゃないの?まなみ」
「だって桃矢君クラブじゃない」

 こういう時は彼氏のクラブが終わるまで待ってるもんでしょう、と景子が熱弁しているのを奈々ちゃんが真剣に聞いていた。

「いつも待って……、ないわね。月城君と帰ってるんだった」
「うん、普段は同じ帰宅部だから」
「ほんと月城君と仲よしね、木之本君に何か言われたりしない?」
「何か、って何」
「相手が月城君とはいえ、あんまり仲がいいと嫉妬しちゃわないかってこと」

 わくわく、と聞こえてきそうなくらい瞳を輝かせて二人はわたしに詰め寄った。

「桃矢君は前から月城君と親友だし、嫉妬なんてしないと思うけど」
「甘いわ!」
「え、」
「ああいうクールなの、実は彼女を特別束縛したいタイプよ、絶対」

 わたしは二人の話に少しついていけないと思いながらも、仕方なく二人のうしろを歩いていた。








「おはようございます!」

 お馴染みの待ち合わせ場所に現れたのは、いつも可愛らしいさくらちゃん、だけだった。

「桃矢君、何かあったの?」
「急な朝練があるらしくて、早くに家を出てったんです」

 サッカー部の朝練なんて珍しい、と思いながらわたしはさくらちゃんと二人きりで歩いていた。
 さくらちゃんはさくらちゃんで、いつもなら邪魔してくる桃矢君がいない為に月城君と沢山話せると楽しみにしていたみたい。
 生憎月城君は早朝試合の助っ人で今日は待ち合わせに来られないと前日に聞いていた。
 それを説明したら、さくらちゃんは少し悲しそうな顔をして、でもまたすぐいつもの明るい笑顔をみせてくれた。

「そうだ!今度、友枝で学芸会があるんです。まなみさんも是非来てください!」

 クラスやクラブでいろんなことするんです、と楽しそうに説明してくれるさくらちゃん。
 あまりにも元気に話してくれるさくらちゃんに、話を聞いているだけのわたしもわくわくした。

「どんな出し物するの?」
「……えぇっと…劇、です」

 そして少し困った顔をするさくらちゃんに、少し前の桃矢君の顔を思い出して、兄妹似てるところもあるんだなあ、とひとり納得してしまった。
 きっと役は秘密、というか言いたくないのかも。

「お姫様役?」
「ちちち、違いますっ、全然違います!」

 このさくらちゃんの反応、きっと大きな役をすることになったんだろう。
 顔を真っ赤にさせながらお姫様役を否定した姿はすごく可愛かった。
 だからまた今度内緒で教えてね、と聞けば「はい!今度、絶対に!」と元気よくこたえてくれた。

「……あ、あの」
「?」

 次はどんなお話をしてくれるだろう、とわたしは歩きながらさくらちゃんの顔を見つめた。
 すると何か言いづらいことなのか、深呼吸するように大きく息をはいたさくらちゃんは、とても不安そうな表情をしていた。

「雪兎さんとまなみさんは、……お付き合いを、してるんですか?」

 突然何を言い出すのかと思えば、次は顔を真っ赤にさせてわたしにそう聞いた。
 興奮してはいるものの、瞳は真っ直ぐ真剣だった。

 さくらちゃんはわたしが転校してくる前から月城君のことが好きだった。
 それは登下校中いつも一緒にいればわかることだったし、まだ小学生の彼女が少し年上の、しかもすごく優しい月城君のような人に憧れるのは当たり前だと思う。
 そして月城君の近くにいる同級生の女性、わたしはさくらちゃんからみたら親しそうにみえてしまったのかもしれない。

 相手がまだ小学生だからとはぐらかして、適当なことを言うのはいけない。
 素直で優しいさくらちゃんには、きちんと事実を説明をしなければならないと思った。

「確かにとっても仲よしだけど、恋人なんかじゃないわ」
「………本当ですか?」
「嘘なんて、絶対つかない」

 あまりにも切なそうな声色だったから、わたしは励ますようになるべく明るい声で話しかけた。

「ウワサが、」
「うわさ?」
「グラウンドのフェンス越しに聞いちゃったんです。雪兎さんとまなみさんが恋人だって……」

 確かに友枝小学校と星條高校はグラウンドのフェンスをはさんで繋がっている。
 それに互いの学校の生徒達は、フェンス近くをそれぞれに憩いの場として利用していた。
 小学生にまでこの噂は広まっていたのか、とちょっとだけ驚いたものの、悲しそうなさくらちゃんの表情にこちらが申し訳なくなってしまう。

「ごめんなさい!こんな噂、信じちゃったりして!」
「謝らなくていいのよ、さくらちゃん」
「でも、……」
「本当は違うんだけど、みんなが信じちゃってて疑わないから否定もしてないの」

 意味わかるかな?と言えば、何となくと笑顔で答えてくれたさくらちゃん。
 どうやらわたしの話は通じたみたい。

「月城君もね、何回説明しててもきりがないから、って」
「そうだったんですか……」

 実は、友達の知世ちゃんに相談してみたら、それは違うと思うと言われていたみたいで、そこまでこの噂を信じていた訳ではなかったらしい。
 けれど直接本人の月城君に聞くのも、普段はただ意地悪なだけのお兄さんである桃矢君に聞くのも無理。
 そんな時にちょうどわたしと二人きりになれたので、勇気を振り絞ったのだ。

「知世ちゃんが」
「知世ちゃんが?」
「怪しいのはお兄ちゃんだ、って言ってました」
「!」

 最近の小学生は鋭いらしい。同級生でも気づかなかった事に勘づいていた。

「でもあり得ません!まなみさんみたいに綺麗で優しい人がお兄ちゃんの恋人な訳ないです!」
「そ、そう」
「はい!それにわたしならお兄ちゃんみたいに意地悪な人、ゼーッタイ嫌ですもんっ」

 元気よくそう言ってくれるさくらちゃんに、わたしは苦笑いしか出来なかった。
 もしここに桃矢君と月城君も一緒にいたとしたら面白かったかもしれない、と思ったのはわたしだけではないはずだ。