36 気にするタイプ〈2〉




 さくらちゃんからの質問に少し複雑な気持ちになったものの、その後は楽しい世間話で盛り上がった。
 あっという間に友枝小学校に着くと、わたしはさくらちゃんと別れて星條の昇降口に向かった。

「おはよ!まなみちゃん」
「あ、奈々ちゃん」

 ちょうど下駄箱のところで声をかけられ、おはよう、と返せばとびきりの笑顔をみせてくれた奈々ちゃん。
 景子はめずらしく寝坊なの、とあきれた様に言う奈々ちゃんは、教室まで一緒に行こうと靴を履きかえるわたしを待ってくれていた。

「そういえば、またすごい噂になってるみたいよ」
「ん、何の噂?」
「噂といえばまなみちゃんと月城君しかいないでしょう?」

 また、と思えばさっきさくらちゃんにその事を聞かれたばかりなのに、何か変な噂だったらどうしようと少し不安になった。

「学園祭の写真がね、それはもう大胆だって」
「それってどういう事?」
「キスしてる、って」
「き、キス?」

 驚きと、それから少しの焦りと、わたしはいつもよりも混乱していた。
 全く意味がわからずにいるとその噂の原因となった写真を見に行こう、と奈々ちゃんがわたしの腕を引っ張り歩きはじめた。

 思っていたよりもこの噂は生徒中に広まっているらしい。
 奈々ちゃんに引きずられながら歩いている最中、いままでに感じたことのないような視線が突き刺ささっているような気がした。

「ほら、これ」

 沢山の写真が展示されている廊下にたどり着くと、その中のある一枚の写真を奈々ちゃんが指さす。
 その写真はわたしと同じクラスの子達が数人、カメラ目線でピースをしているものだった。

 問題はその少し後ろにいたわたしと月城君が違和感なくうつりこんでいること。

「月城君がってみんな言ってるけど」
「そう見えてるだけで本当にしてないわ!」
「わたしだって噂を聞いたときは嘘だと思ったけど、……確かにこの写真は本当にしてる様に見える」

 それはクラスメイトの子達の奥にいるわたしが月城君の方を向いていて、月城君の顔が屈み込む様にわたしの頭に隠れていたから、そう見えるのである。
 くだらない、といってしまえばそれで終わってしまうけれど、ただ単にわたしはその写真にショックを隠せなかった。

 今までの月城君と付き合っているという噂とは違う。
 これを桃矢君がみたらどう思うだろうか、「うまく撮れてるな」なんてただ笑ってくれるだろうか。
 嘘でも、わたしなら嫌だ。
 もし桃矢君が誰かとキスしているようにみえる写真なんて、わたしは見たくない。

 ただ、月城君とわたしが恋人だということは、事実ではないけれどみんなが知っているはずなのに。
 高校生でも恋人同士ならそのくらい、と思うのは間違いなんだろうか。
 ただのカップルがキスをしていただけでこんなに噂になるなんて、いや、本当に何もなかったのに。
 嫌な気持ちを隠しきれないわたしに、仕方がないわと励ましてくれた奈々ちゃんは、今度は教室までわたしを引っ張ってくれていた。

「キスくらいでこんなに大きな噂になるなんて」
「なるわよ、皆そういうの好きでしょう?」

 海外にいた時なら普通かもしれないけど、ここは日本だからと説明してくれる途中も、すれ違う生徒達が皆よそよそしく感じた。

「もう桃矢君も知ってる、よね、これじゃあ」
「当たり前だよ」
「はあ、」
「流石に今回は、何時でも優しい木之本君も何も思わない事は無いんじゃないかな」

 楽しそうに、でもいつもより真面目な表情をする奈々ちゃん。
 そしてわたしは自分の教室に入るのに、こんなに緊張をしたのは今回がはじめてだった。



「で、結局キスしたのか?」
「桃矢君、っ」

 教室では朝練を終えて爽やかそうな桃矢君が自分の席でくつろいでいた。
 隣にはもちろん月城君もいる。

「朝から随分騒がしかったみたいだね、」
「お前のことだぞ、ゆき」
「ぼく何かしたかな?」
「ゆきとまなみがやらかしたんだろ」

 桃矢君は間違いなくこの話を知っているみたいで、嫌味な笑みを浮かべていた。
 月城君はわたしと同じくよくわかっていなかったみたいだったから、それを桃矢君が説明してくれた。
 奈々ちゃんも上手にフォローしてくれている。

「なんだかすごく見られてる様な気がしてたんだ」
「わたしと月城君がキスしてたみたい」
「ぼくと?」
「うーん、そう、らしいわ」

 クラスメイトがヒューと口笛をふく隣で、そう言っていつも通りわたし達は顔を見合わせて微笑むだけだった。




 ざわざわと騒がしかった一日を終えて、今日はクラブの無い桃矢君と二人きりの下校。
 思えば本当に二人きりになったのは久しぶりの様な気がした。
 桃矢君はあからさまに噂を気にしているのか喋ってはくれず、お互い自転車を降りてゆっくりと歩いて、顔を合わせずにいた。

「大変だったな、今回は」
「う、うん」

 はじめに長い沈黙をやぶったのは桃矢君だった。
 今までの噂のとは少し違った内容の噂に、対応が大変だったのは確かだった。

「あれだけでこんなでっかい噂になるなんて、意外だった」
「本当に、」

 わたしもそう思う、と言おうとした途中、桃矢君は足を止めた。
 つられてとまったわたしは咄嗟にどうしたんだろうと桃矢君の顔を見上げる。

「桃矢君?」

 下校中の道の先を見つめたままため息をついた桃矢君は、ゆっくりとわたしの方に顔を向けた。

「おれもまだしてねぇのに」

 ゆきに先越されたな、とふざけたように肩をすくめて笑った桃矢君は、ポンとわたしの頭の上に手を置いた。それもとっても優しく。

「んな顔するなよ」
「……わたし変な顔してた?」
「人に謝る前みたいな顔、別に何も悪いことなんてしてねぇだろ」

 謝るような顔をしていてはいけなかったのだろうか、この噂で一番嫌な思いをしたはずの桃矢君は柔らかい表情をしていた。

「迷惑かけちゃってごめんなさい。それに、嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい……あと、」
「ごめんは聞き飽きた」

 そう言いながら話を続ける桃矢君は、何処か変な感じがした。
 ちょっと寄っていかねぇか、と公園を指さした桃矢君についていけば、お互い自転車をとめて近くの木に体重をかけた。
 そして何故かくっと表情を変えてわたしの方を見た。

「ウィリアムとか言ったな」
「、ウィルがどうかした?」
「数年付きあってたんだろ」

 そうすれば桃矢君はおれは二人にも先越されたのか、と笑った。

 はじめは言っている意味がわからずに黙ってしまったけれど、その意味がわかった瞬間はっとした。

「ずっと一緒にいたの。それなりに恋人らしいことはしてたと思うわ」
「それだけか?」

 ちり、と靴の底と地面がすれる音がして、辺りがシーンと静まり返ってしまったようだった。
 静かに抱きしめられながら、今度は優しく語りかけられる。

「挨拶のキスなら何度もするし、イギリスなら」
「日本じゃそういう挨拶はしねぇだろ」
「なら桃矢君は、どうしてまだ何もしようとしないの?」

 手をつないで、それから先には進もうとしない桃矢君。
 今みたいに甘い雰囲気のなか抱きしめられても、決してそうなったことはなかった。
 いつだったかわたしの家にお泊まりにきた時、歌帆からの電話で打ち切られたそれはまだ成功していない。

 我ながら思い切った事を言ってしまったと後から後悔をする。
 何て恥ずかしい事を言ってしまったんだろう、顔がものすごく熱かった。
 桃矢君もわたしの発言に驚いたように少しだけ目を見開いた。

「笑うなよ」
「?」
「おれはこうやってお前に触れるのでさえ、まだ戸惑ってるんだ」

 そう言って桃矢君は一度離れてからまたわたしを抱きしめた。

「まなみは、海外が長かったから慣れてるかもしんねぇけど」
「確かに慣れてるとは思うけれど、わたしだって、こういうの得意じゃないわ?」
「今だって、こんなに緊張してる……」

 ふっと息をはくのがわかって、少しだけそれがおかしくってクスッと笑えば「笑うなっつったろ」と諦めたように言う。

「ありがとう、桃矢君」

 素直にそうやって気持ちを伝えてくれることが嬉しくて、わたしは桃矢君にそうこたえた。
 何が、という顔をしている桃矢君は何故わたしがありがとうと言ったのか意味がわからずに不思議そうだった。

「今度、」
「?」
「家に泊まりに来いよ、……さくらが呼んでくれってうるさくてな」
「さくらちゃんが?」

 是非行きたいと即答すれば、いつにすると聞くので今日でもいいよ、と言えば笑いながらじゃあ今日にするか、と言う桃矢君。
 今日の学校での出来事なんてまるで無かったみたいに、わたし達はお互い笑顔になった。
 そしてちょうどアパートの前でわたしの支度待ちをしてくれている桃矢君を覗き見ながら、これから行く木之本家での夕食は楽しいんだろうな、と心弾ませていた。




気にするタイプ
(そうだ!さくらちゃんの学芸会楽しみね、お兄ちゃん)
(絶対おれの事馬鹿にしてるだろ)