37 目覚〈2〉
そして桃矢君はクラブ、月城君はいつもの助っ人でいなくて、ひとりきりでの下校。
きっと歌帆はその事もわかった上でわたしを呼んだんだろう。
やっぱり歌帆はもの凄い力の持ち主なんだと思いながら、わたしは目的地である月峰神社をめざしてゆっくりと歩いていた。
この神社はあの御神木や、よく効くと有名な御守りの効果もあって、平日のいまでもちらほらと人の姿があった。
「まなみ」
そんなに知り合いの多くないわたしが名前を呼ばれるなんて、聞き覚えのあるこの声の主は歌帆である。
「びっくりしたわ、あんなのはじめて!」
「ちょっと驚かせようと思って」
歌帆は「面白かったでしょう?」と微笑みながら、わたしを連れて歩きはじめた。
「あれってどうするの」
「心の中でね、呼ぶのよ」
「よくそうして誰かに話しかける?」
「滅多にしないわ」
「じゃあ、きょうはどうして」
「いつもよりほんのすこしだけ大事なお話なの、聞いてもらえる?」
まるではじめて歌帆に会ったときみたいだと思った。
当時イギリスに住んでいたわたしの家に突然現れた夢の中だけでしか会ったことの無かった人物、観月歌帆。
『あなたが直接関わるわけじゃないの。ただ……なにかあったら助けてあげて』
『助けるって誰を?』
そうわたしが聞くと、さっきまで風になびいた髪で見えなかった彼女の表情が見えた。
そう、あのときと同んなじ真剣な表情。
『女の子よ。見守ってあげてほしいの』
いつかみたいに神社の奥へ奥へとすすんでいく歌帆についていけば、まさに由緒正しきというような落ち着いた部屋へとおされた。
そして以前教えてくれた月の鈴を歌帆は持っていて、わたしと向かい合わせにその場に座りこんだ。
「覚えてる?わたしの言ったこと」
「勿論。いずれこれが必要になるって言ってた鈴ね」
するとそう、とこたえた歌帆は持っていた鈴をわたしにさし出した。
持てといわれているのだろうかと、わたしはその鈴を両手でゆっくりと受けとった。
「月の鈴……これは月の力をやどした鈴よ。わたしは月の力を強く持っているからこの鈴を扱うことが出来るの」
「……………」
歌帆が言っていることがいまいちわからないわたしは、何も考えずに、無意識にその鈴を歌帆がしていたように鳴らそうとした。
「!」
「やっぱり」
驚いた。
前に歌帆が鳴らした鈴の音色とはまるで違う、けれど確かに綺麗な音がした。
「どうして、」
「あなたが持っている力が『月』の力じゃないから、よ」
その一言でわたしは歌帆が何を言いたかったのかがようやくわかった。
月の力を強く持っている歌帆だからこそこの鈴をうまく扱えるということ。
そして「月の力とよく似たものを持っているから、きちんと綺麗な音がしたのよ」と歌帆は続けた。
「でも、この鈴を実際につかうのは歌帆なんでしょう?」
「そうね」
そう言うと歌帆はさっき月の鈴がしまってあったところから何かを取り出した。
「きょうの本題はこっちなの」
勿体ぶるように両手をつかって包み込むように持っていたそれを、歌帆はわたしにさし出した。
「これは……?」
「この鈴といっしょに納められていたものよ、けれどわたしには扱えない」
「どうつかうの?」
「それが何なのかも、わたしにはわからないの」
受けとったそれは月の鈴よりひとまわり小さくて円盤のような形をした何かだった。
そして手に持った瞬間に伝わるこの熱のようなものは、この得体の知れない何かが持っている強い力のせいだろう。
月の鈴といっしょに納められていた、ということはきっとこれも、前に教えてもらったクロウ・リードという魔術師がつくったものなんだと思った。
こんなに小さいのに、手の平からじんわりと伝わってくるこのあたたかさは驚くくらいわたしの中に入ってくる。
なんだろう、すごく安心する。
そしてよく観察していたらこの円盤は二枚の板が重なっているような形をしていた。
「きっと動くんでしょうけど、わたしには開けることが出来なかったわ」
「……これが、月とは違う力を持っているから」
「そうよ、まなみ」
わたしは蓋をあけるようにそこの重なりに指をかけてみたけれど、びくともしなかった。
「………わたしがやっても無理みたい」
「そう、」
歌帆はすこしだけ残念そうに眉をさげてつぶやいた。
もしかしたらこれが何なのかわかるかもしれないと期待していたのだろう。
「役に立てなくてごめんなさい、歌帆」
謝らなくていいのに、と優しく微笑んでくれる歌帆に申し訳がなくなってくる。
「これは貴女がもっていて?」
そして歌帆は突然、その円盤を持ったままのわたしの手を包みこんでそう言った。
「だ、駄目よ!貴重なものでしょう?」
「まなみはうっかり壊したりなんかしないわ」
「そうじゃなくて…!」
歌帆は更に強くわたしの手を握った。
「これは貴女に必要なものよ」
これが何なのかわからない、と歌帆は言っていたのに。
本当は知っているんじゃないのと思って彼女を見つめたままでいたら、「もうすぐ、わかるのよ」とわたしの心の中を見透かしていたようなこたえが返ってきた。
普段はふわふわしているのに、歌帆はすごく頑固だ。自分の決めた事は決して譲らない。
歌帆にはきっとこれに関わる未来の事がみえているのだと思った。
だからこれをわたしに、なんて言ったのだ。
「………ありがとう、大切にする」
こちらが折れれば、歌帆はとびきりの笑顔をみせてくれた。
正直こんなものもらってしまってどうしようだとか、こんな貴重そうなものをだとか色々考えていた事を全て忘れさせてくれるような、そんな笑顔だった。
あの円盤みたいなものを預かって家に持ち帰ったわたしは、とりあえずそれを机の上に置いた。
制服を脱いで部屋着に着替えて、ソファーに腰をおろせば少しほっとしてリラックス出来る。
最近は部屋に帰ってきたらすぐに電源を入れるテレビもきょうはいいかな、と思った。
「……どうしよう、これ」
わたしに必要なもの、と歌帆は言ったけれどわたしにはこれがどう必要なのかわからない。
勿論クロウ・リードという魔術師が創ったものということは、クロウカード含めさくらちゃんに関係するんだろうということくらいはわかっているつもり。
けれどこれがなんなのかも全くわからないのに、どうつかえばいいのやら。
わたしは何か考えが浮かぶかも、とその円盤をずっと見つめ続けていた。
小一時間はぼーっとしていただろうか、いけない、とわたしはその円盤をテレビの横にある大きめの小物入れに置いておくことにした。
その小物入れには一昨日届いたばかりのウィリアムからの手紙や、お母さんから貰ったアクセサリーが置いてある。
そしてその中であの円盤はまわりの物から浮くこともなく、よく馴染んでいるようにみえた。
突然なったのは玄関のチャイムの音。
このアパートのことを知っているのは両親や歌帆、それに桃矢君月城君と限られた人しかいないから、おおよその検討はつくけれど、一体どうしてこんな時間に。それにドアの向こうに感じたこの気配は
「……よ、」
「ど、どうしたの?こんな時間に」
「呼ばれたんだよ」
歌帆に、と続ける桃矢君にわたしはとりあえずなかに入るように促すと、桃矢君は「突然悪いな」と謝った。
「呼ばれたってもしかして……あの方法?」
「あの?……ああ、」
わたしの言いたい事をすぐ理解してくれた桃矢君は、すごく不機嫌そうな表情をした。
それは桃矢君の歌帆に対してのいつもの反応である。
歌帆の言った通りになったり、歌帆の思うように動いているのが嫌なんだそう。
「クラブ終わって歌帆に会いにいったら、今頃まなみが悩んでるだろうからって……一体どういうことなんだ」
不機嫌そうな表情はそのままだけれど、わたしが悩んでる、ということを気にしてくれているのかその声色はすごく真剣だった。
「悩んでるっていうか、……これなの」
わたしは歌帆にもらったあの円盤を桃矢君に見せた。
桃矢君はそれを受け取るとまじまじとそれを見つめた。
「歌帆からもらったの。わたしに必要なものだって」
もらう事になった経緯を簡単に説明すれば、桃矢君は相変わらずの歌帆の行動に苦笑いを浮かべた。
「この部屋に入ったとき、すぐに気づいた」
「?」
「すげえ力だ」
確かにこの円盤からは力を感じる。
「悪いもんじゃない、けど」
桃矢君は何か言おうとして途中でやめてしまった。
「けど?」
「いや、何でもない」
言えない、いや言いたくないことなのだろうか、桃矢君は何も話そうとはしなかった。
もしかしたら桃矢君にはこれに関わる未来の事がみえているのかもしれない。
前に桃矢君は未来の出来事がわかると言っていた。
わたしも少しなら未来の出来事がわかったりするけれど、それとは違う、もっと色々な事がわかるらしい。
「とりあえず、肌身離さず持っとけ」
桃矢君はそう言うと、わたしの手の平にその円盤をのせて持たせてくれた。
「……わかった、そうするね」
これ以上は何も聞かないでおこう、そう決めた。
桃矢君も、そして歌帆も、いずれはわたし自身がわかることだから何も言わないんだろう。
そして桃矢君は「ん」とだけ返事をすると、わたしの頭をあやすように少しだけ撫でて帰る準備をはじめた。
しゃがんで靴をはいている桃矢君に近づけば、こっち、というように手招きされたから、その通りにしゃがんだ。
「色々考え過ぎて夜眠れませんでした、って事ねぇように」
「うん、あんまり気にしすぎないようにするね」
「そうしろ」
するとその体制のままぐっと引き寄せられて、わたしは桃矢君の胸にすっぽり収まった。
けれどぽんぽん、と背中を優しく叩かれてすぐ離れてしまう。
少しだけさみしさを感じつつ見つめれば、少し困った様な表情をしてゆっくりと近づいた桃矢君の顔。
そしてやっぱりというか、あと少しのところでピタリと止まったかと思えば、横にずれて頬におとされた唇。
そこでもう一度目があった桃矢君は、照れくさそうにじゃあおやすみと一言、部屋を出て行ってしまった。
わたしは慌ててついて行って、自転車で去っていく桃矢君の後ろ姿を見送った。
本当なら抱きしめられて嬉しかった、なんて頭がいっぱいになるはずなのに、頭の片隅には歌帆からもらった円盤のことがちらついていた。
桃矢君を見送って部屋に戻った後、わたしはあらためてそれを手に取った。
そして撫でるようにして触れば、何かさっきまでとはあきらかに違う感覚がしたのだ。
まるで誰かに語りかけられているような、そんな気がした。
「、これ………!」
歌帆といた時に見つけた重なりを触れば、すっと蓋がひらくようになった。
まるで何かコンパクトのように開いた蓋を開ききれば蓋は後ろまでついて、元と同じ円盤のようになった。
けれど見た目はさっきとはまるで違う。
「鏡……」
そこにうつる自分の顔に、それが鏡なのだとわかった。
そしてどきどきする気持ちを抑えて、わたしはそれを裏返した。
こっちの面には鏡と向かい合わせになっていた面がきているはずだから。
「この模様って、」
目覚
(もうすぐ、わかる気がするの)