今日はさくらちゃんの通う私立友枝小学校の学芸会当日。
お仕事で来られないさくらちゃんのお父さんにかわって、桃矢君は写真撮影の為に気合いが入っているみたいだった。
もちろんそんな風にはみせないように、いつも通りクールをよそおってはいるけれど、月城君とわたしにはそれがお見通しだった。
「次だな、さくらのクラス」
まだ劇がはじまる前でざわつく会場で、わたしたちは既に席についている。
「眠れる森の美女、だと」
「さくらちゃん何の役だろ?」
「それはみてのお楽しみよ、月城君」
まなみが結局最後まで教えてくれなかった!と駄々をこねるようにする月城君はこれからはじまる劇を前にすごく楽しそうだ。
「ごめんね、ちょっと」
そしてわたしは、まだ時間に余裕があったからお手洗いに行こうと一度席をたった。
さっきプログラムをみたら休憩までが少し長かったから念の為に。
案内に書かれたお手洗いに行けば、やはりというか、少しだけ列が出来ていた。
もう少し早めに来ておけばよかったな、なんて後悔しつつわたしはため息をついた。
「こっちは空いてるわよ」
「!」
突然後ろから話しかけられてびくりとした。
「お、驚かさないでよ!歌帆」
「職員用だけどここから近いわ」
列に並んでいる人には申し訳がないなと思ったけれど、にこにことしている歌帆を前にこれは断れそうもない。
じゃあお言葉に甘えて、とわたしは歌帆についていくことにした。
「もうすぐ劇がはじまるのに先生がこんなところにいていいの?」
「わたしは担任じゃないから。それに準備はバッチリよ」
ぐっと親指を立ててそう言う歌帆に、彼女も劇を楽しみにしているのがわかって、はやくさくらちゃんの王子さま姿がみたいなあと思った。
「ありがと、歌帆」
「どういたしまして」
お手洗いを出たすぐのところで待っていてくれた歌帆。
はやく戻らなきゃ、ともと来た廊下を進もうとすればすっと行くてを阻むように差し出されたのは歌帆の手だ。
「劇はちゃんとビデオ撮影してるわ」
「?」
「だからついてきてくれないかしら?」
「あいつは何処ほっつき歩いてんだ」
「……あ、始まるね」
ブーという音とカーテンの動きにパチパチと会場が拍手につつまれていた。
席をたってから中々戻らないまなみに、何かあったのではないかと心配になった。
数分前に、ちょっとさがしてくる、と席を離れようとしたおれをとめたのはゆきだ。
「小さい子じゃないんだから大丈夫だよ」
「……ああ、」
「おじさんの為に写真とらなきゃ、ね?」
まなみは小せえガキでもあるまいし、それに危ない気配もしなかった。
またすぐ戻ってくるだろう、そう考えたおれは劇に集中することにした。
「歌帆、あの、」
どうも断れず言われたままに歌帆についていったわたしは、体育館の調整室の前にきていた。
ちなみに劇はというと、もうさくらちゃん扮する王子さまが格好良く登場していたところだった。
にこりとこちらをみて微笑んだ歌帆は何も言わずに、その調整室のドアをあけた。
そこには放送機材の前に座り、台本を手にした知世ちゃんがいた。
「大道寺さん、本当に上手ね」
「ありがとうございます」
でもこの部屋には知世ちゃんだけじゃない、何かがいる。
「出てきて、お話があるの」
「観月先生、ここにはわたししかいませんわ」
「女の子はね」
途端に知世ちゃんは少しだけ顔を歪めた。
「……台本の後ろにすっごく強い力を持った子がいるよね」
「ケロちゃん!」
「隠れても無駄や、このねーちゃんとっくにわいに気づいとる」
知世ちゃんの台本の後ろから現れたのは、いつかさくらちゃんがクロウカードを捕まえていた時一緒にいた、オレンジ色のぬいぐるみみたいな子だった。
「そこの嬢ちゃんもやな、」
「まなみさん……」
一体歌帆はこれから何をしようというのか、口をひらこうとした瞬間、今までに感じたことのないような強い力を感じた。
それはこのぬいぐるみさんも歌帆も同じだった。
「やばい!こりゃ…!」
気がつけばまわりは真っ暗。
そこにいたはずの知世ちゃんがいなくて、わたしと歌帆とぬいぐるみさんがいるだけ、まわりは闇にのまれたように何もみえなかった。
「『これ』に飲み込まれへんかったっちゅうことはかなりの魔力の持ち主……『月』の力を使うてるもんやな」
「……ええ」
そして、嬢ちゃんもかなりの力の持ち主やな、と少し近よって話すそのぬいぐるみさん。
「さくらのにーちゃんの友達やな」
「はい、えっと……」
「ケルベロスや」
クロウカードの守護者、と説明されてなんとなく納得がいった。
そしてケルベロスさんはわたしから歌帆に向きなおると話を続けた。
「なんでこの友枝町にきてん?」
「ここでちょっと大変そうなことが起こるから」
「……全部知っとるんか」
「全部じゃないわ。『最後』はどうなるかわからないから」
クロウカードに関係することだということはわかっても、『最後』って一体何の『最後』なんだろう。
わたしには何を話しているのか理解できなかった。
「さくらになんかいうたか」
「いいえ、木之本さんならきっと気づくから」
「わいは……さくらやったらなんとかできるて信じとる」
「わたしもよ」
歌帆はそう言って微笑む。
この表情に、いままで何処か警戒していたようなケルベロスさんも、ふっと肩の力をぬいたみたいだった。