39 もしかして〈1〉




「ケロちゃんから聞きました……あの、学芸会のときのこと」

 数日前、さくらちゃんからいっしょにお出かけしませんかと誘われて、一体どうしたものかと思っていたら、やっぱりその事だったんだと納得した。

 電車でいつもより遠いところ、都心まで遊びに来ていたわたしとさくらちゃん、そして知世ちゃん。
 ちょうど洋服屋さんでお互い服を選んでみているときだった。

「知ってたんですね、クロウカードのこと」
「……うん、内緒にしててごめんなさい」

 でも詳しいことは知らないと説明すれば、わかりましたと笑顔をみせてくれたさくらちゃん。

「本当は何か手助け出来たらいいんだけど……」
「いいえ!そんな、」

 さくらちゃんはケルベロスさんから歌帆とわたしがクロウカードのことを知っていると聞いたらしい。

「でも、直接手伝えないかわりに、全部のクロウカードが集められるよう応援してるわ」
「あ、ありがとうございます!」

 そしてその後もクロウカードのことについて話していたら「お、お兄ちゃんには内緒にしててください!」と言われて、ああ、今日の一番の目的はそれだったんだと思った。

「大丈夫なの?大会もうすぐなんでしょう」
「ええ、でも息抜きも大切だと母が」
「園美さんね」
「はい」

 それから街を散策しながら話を聞いていたら、もう数週間後に音楽コンクールを控えているという知世ちゃん。

 それなのにお買い物につき合っていても大丈夫なのかと心配にはなったものの、練習ばかりでまいってしまってはいないかと園美さんは気にしていたんだろう。
 気分転換にとさくらちゃんとわたしとのお買い物を了承してくれたのだ。

「知世ちゃんの歌声、きいてみたいな」
「是非いらしてください。母もまなみさんに会いたいと言ってましたし」

 今まで噂には聞いていた知世ちゃんの素晴らしい歌声を聞きたかったから、それはとっても嬉しいお誘いだった。
 特に予定のなかったわたしはその日時を手帳に書き込むと、また詳しくスケジュールを教えてねと知世ちゃんに話した。

「音楽、お好きなんですか?」
「もちろん!小さい頃はピアノ習ってたのよ」

 するとピアノという単語に反応したさくらちゃん。

 何かと思えば「お兄ちゃんピアノ弾けるんです、意外ですよね!」と笑顔で話しはじめた。
 なんでも出来る桃矢君はまだそんなにすごい特技を隠していたのかと内心とても驚いていると、さくらちゃんも知ったときは驚いたと教えてくれた。

「むかしお母さんにオルガンを教えてもらった、て言ってました」

 桃矢君の意外な一面を知ってしまったと思いながら、わたしはまた学校で詳しく聞いてみようと考えていた、そんな時だった。

「ピアノといえば、このコンクール、あの吉瀬ウィリアムさんも出場なさるんですよ」

 最近よく雑誌にとりあげられたり有名な方ですのよ、と優しい笑顔でさくらちゃんに説明する知世ちゃん。

「吉瀬ウィリアム?」
「はい、母が吉瀬さんのファンですの」

 ウィリアムからそんな大会が日本であるなんて聞いてない、と思っていたら知世ちゃんと目があった。

「まなみさんは吉瀬さんのこと、ご存知だったんですね」
「ま、まあ、最近話題だから……」

 いくら仲が良いとはいえ小学生の女の子に、元恋人です、と言うのはやめておこうと曖昧に返事をした。
 その事を園美さんに知られたら詳しく追求されそうでとても怖いから。

 それから話題は最近みたテレビ番組のことに変わっていったので内心ホッとしつつ、何故か嫌な事が少し胸にひっかかっているような気がした。

 なんだろう、虫の知らせ?








 アパートに帰ってすぐ郵便物を確認すれば、思った通りウィリアムからの手紙が届いていた。
 内容は日本で音楽コンクールに出場すること、そして、


「おれにも来いって?」
「う、うん…」

 『是非きみの恋人も一緒に』、と一言そえられた手紙を桃矢君にみせれば思った通りむすっとしてしまった。

「あの……やっぱり、断っておくね?」
「いや」

 行く、という返事が少し食い気味に返ってきたかと思えば、隣にいた月城君は相変わらずの笑顔。

「ピアノ、嫌いじゃねぇし」
「あ、そういえば桃矢君ピアノ弾けるの?」

 さくらちゃんがそう言っていたと伝えれば、「さくらの奴余計な事教えてやがって…」とまた更に不機嫌そうな顔をしてつぶやいた。

「習ってたの?」
「……むかし母さんにオルガンを教わったんだ」
「へえ、きいてみたいなあ。ね、まなみ」
「うん!きいてみたい」

 そんな話をしていたら、近くにいたクラスメイト数人がわたし達の話を聞いていたらしく「木之本ピアノまで出来んのかよ!」と桃矢君に絡みはじめた。
 そしてその男子の話し声が大きかったが為に、クラス中の皆が桃矢君がピアノを弾けるという情報を知ったはずだ。
 途端にへえ、わあ、すごいね、と教室がザワザワしだしたのを感じた桃矢君は大きなため息をついた。

「奴のせいでとんだ災難だ」
「お兄ちゃんったら、妹のせいにしちゃ駄目だよ」
「さくらじゃねぇ…ウィリアムの奴だ」
「あ、そっか」

 元はと言えばそうだった、と棒読みをした月城君はわざとらしく反応してからわたしの顔をじっとみつめた。
 ああこれはもしやと逃げたくなったけれど、いままで簡単に説明しただけで詳しく話したことのなかったウィリアムのことについて、説明するのにいい機会だとも思った。

「友枝にくる前につき合ってた、って聞いたけど、どんな人なの?とーやは会ったことあるんでしょ」
「会ったっつっても…むこうが一方的に自己紹介して去ってっただけで何も話したりしてねぇよ」

 確かにそうだ、放課後、桃矢君に告白の返事をした日。
 わたしに用のあったウィリアムが星條高校の前で待っていてくれて、一緒に帰ろうとしていたわたしと桃矢君をみて、去っていったことがあった。
 長居せずにすぐ去っていったのは勿論わたしと桃矢君に気をつかってくれたからであって、何もからかいに来たとか、そういうものではなかった。

「同じピアノ教室だったんだっけ?」
「そう。学校も別々だけどすごく近くにあって、登下校も一緒の車で送ってもらってたんだよ」
「……あれ?でもまなみはずっとイギリスにいたわけじゃなかったよね」

 それなのによく関係が続いてるね、と月城君の言う通りだ。
 色んな国を転々としていたから、何年も会えなかった頃もあった。

「離れちゃってからも、ずっと文通してたの」

 友達が少ない訳じゃない、けれど何でも話せるような家族みたいな人はそう多くはない。
 わたしにとってウィリアムは本当に大切な親友だったから、その文通をやめようと思ったことは無かった。
 今でこそお互い成長したし忙しくもなったから文通する回数は減ったけれど、数年前までは本当に何度も何度も手紙を書いていたなあ、と懐かしくなったわたしは思わずくすりと笑った。

「へぇ……」
「ふーん」
「つ、つき合ってたのはほんの数年だけだよ…?」

 相変わらず楽しそうな笑顔をみせる月城君と、案の定少し機嫌の悪くなってしまった桃矢君に気まずくなってしまったわたしは、この話題を早々切り上げようとした。
 けれどムスっとした桃矢君をよそにどんどんと質問をしてくる月城君。

 素直に話すしかない、と腹をくくったわたしはこの日一日中休み時間になる度にウィリアムの話をするはめになってしまった。




もしかして
(ねえ、もしかしてまなみのファーストキスの相手だったりする?)
(つ、月城君!)

(ふふ、怒られちゃった)
(……ゆき)