41 知ってる〈2〉
「あやー、結構ふってるね…」
放課後、バスケ部の練習試合に助っ人として呼ばれているゆきを残しておれとまなみは昇降口にたっていた。
午後から降るといっていた予報通りの大雨にお互い傘をひろげたものの、横殴りの雨のせいでカバンや制服の端は濡れてしまっていた。
「寒くねぇか」
「うん、だいじょうぶだよ」
靴下はもう駄目だけどねと笑っているまなみ。おれの靴のなかも既にびしょびしょだ。
それが気持ち悪くて気が散るなと思いつつ、おれは授業中に申し訳なさそうにこちらを見た真意を聞こうとまなみに話しかけた。
「………まなみ、」
「?」
「今日数学の前にゆきに何の話してんだって聞いてたろ」
「、うん」
「どういう話してたのか、わかってたんじゃねぇの」
多少は驚くか何かしらの変化があると思ったけれど、まなみの表情は案外普通だ。
なんだ何もわかってなかったのかと、さっきの話は忘れてくれと続けようとすれば突然「ごめんなさい!」と謝るまなみ。
何だ?と首をかしげてしまった。
「桃矢君、その、ああいう話聞かれたくないだろうなって……相手が月城君でも」
「…………」
「見た目は全然そんなことなかったんだけど、…ただわたしがそう思っただけで、余計なお世話だったよね、ごめんなさい」
急におしゃべりになったまなみは、あのとき気をつかっておれを助けてくれようとしていたのだ。
「いいや、助かったよ……ありがとな」
それならよかったとホッとしたらしいまなみは、息を少しはいて、自然な笑顔をおれに向けた。
「桃矢君もさ、興味がないわけじゃないでしょ、その…」
思いきった事を聞くな、と内心驚いていた。
「恋人だけどそういうことしてないって…嫌っていうか、不安になったりする?」
雨がうるさいはずなのに、小声で話しているまなみの声がハッキリと耳に聞こえる。
なんて返そうかそう考えている間にみるみる複雑な表情をするまなみ。
どうしてそんな表情をしているのか、正直わからなかった。
「やっぱりそう…桃矢君は優しすぎるよ」
「は、」
「わたしがどう思うか、嫌じゃないかって、考えてからこたえるの」
急に歩くのをやめておれを見上げるまなみの表情は悲しそうにみえたし、まるで怒っているようにもみえた。
そしてさっきの表情の理由はそういうことだったのか、と思った。
「わたしの意思を大切にしてくれてるの、よくわかるわ。でも桃矢君が本当にどう思ってるのか、わからなくなることがある」
「……おれはお前に嘘なんてついたことねぇぞ」
「嘘じゃないの、そう、だから不安なの」
「?」
「わたしも同じだから」
まなみがその次に何を言いたいのか。
ただまなみが真剣なのは確かで、おれはただ黙ってその話の続きを待っていた。
「……わたし歌帆のことがすごく好き。だから桃矢君と歌帆が仲よしなの、すごく嬉しい」
「?」
「だから桃矢君と歌帆が二人きりでいたら、本当は気になるのに気にならないフリしてた……自分でも知らないうちに」
ザアザアという音がより強く聞こえる。
雨が段々激しくなっているのにそれを忘れてしまっているのかまなみの持つ傘は傾いていた。
そのせいで髪の先からは雫が落ちている。
「桃矢君、最近歌帆と会わないようにしてるんでしょう?」
「…………な、」
ここまできてようやくまなみの言いたいことを理解したおれは、柄にもなく大きな声を出して、気づいたら腕か濡れるのも構わずにまなみの肩を片手で掴んでいた。
「わたしもコンクールが終わったら、ウィリアムに会わないようにしようって思ってたから」
「っ、この前そんな素振り少しも……!」
「ウィルには言ってないもの」
「大切な親友なんだろ!それでいいのか?」
「わたしは桃矢君が本当はどう思ってるのか知りたい、っ」
曖昧にしていた。
おれもまなみも、むかしの事に触れないようにしていた。歌帆とのことはよく冗談を言って、吉瀬のことはおれが聞こうとしなかった。
ゆきはよく吉瀬のことをまなみから聞きだしていたけれど。
普通は元恋人のことなんて聞こうとしないだろう。
けれどおれ達の場合はお互いにその相手が近過ぎるから。
「本当は……本当は吉瀬と会って楽しそうにしてるまなみ見て不安になったよ……おれといるより楽しそうに見えて仕方なかった……嫉妬してた」
「…うん、」
「でもそれ言ったらお前、吉瀬と会うのやめるだろ」
「………言われたら、絶対そうする」
「嫌なんだ、自分の気持ちだけで相手の生活に制限つけて束縛してるみたいで」
自分の気持ちとは案外すらすらと出てくるものだった。
まなみは自分の本当に思っている事を自らも気づかずに隠してしまうところがあるから、その思いに気づきたくなかったんだ。
会うな、と言えば会わないだろう絶対に。そしてそれを嫌だなんて思わない。
わかるんだ、もしまなみに歌帆に会うなと言われたら自分はそうするだろうし、そう思うだろうから。
「ウィリアムのこと、…すきよ、今でも」
ああ、よく知ってるよ。
「おれもだ、歌帆は大切な人だから」
そうだ、知ってる、お互いにその『すき』と『大切』の気持ちがよくわかるんだ。
するとまなみは本当に優しく笑って、そして瞬きと同時、頬に涙が流れた。
それまでの緊張がとけて、つられておれも笑った。
おれ達はよく似た思考と価値観をもっているらしい、だから惹かれるんだと。
いま、目の前で笑顔をみせてくれているまなみが堪らなく愛しいと、そう思った。
「まなみ、」
「?」
「好きだ」
何も言えないようにするのは簡単だ。
こんなに簡単なことが今までどうして出来なかったんだろうなと頭の片隅で思った。
決してそれで誤魔化している訳じゃない、ただそれ一つで言葉なんていらなくなるんだ。
なれてはいないけれど、はじめてでもないのに緊張して戸惑っていた自分はもういない。
「…………まなみ、」
触れるだけの短いものだったけれど、今幸せだ、なあそうだろう。
「もう…髪もびしょびしょ……」
「しゃーねーだろ、この雨じゃ」
風邪ひいちゃう、とまた歩きだしたまなみの手首を掴むと、立ち止まってこちらを振り返るまなみ。
おれはその笑顔が好きなんだ、知ってるか?
「もっかい」
そう言ってまなみのくちびるに触れれば、また制服が雨に濡れた。
知ってる
(君が一番だって)
(貴方が一番だって)