42 きっかけはワンピース〈2〉




「わあ!それでまなみさん今度お写真撮ってもらうんですか?」
「う、うん……」
「凄いです!ステキです!まなみさんならどんなお洋服でも似合います!」
「さっきから声がデカイんだよ、怪獣」
「お兄ちゃんはだまってて!」

 へいへい、と降参ポーズをして月城君のほうをみる桃矢君は意地悪そうな表情のまま、また視線をさくらちゃんのほうに戻した。

「撮影はいつなんですか?」
「来週の土曜と日曜、2日間お願いしますって……さくらちゃん、いっしょに行っても良いか聞いてみようか?」
「そんな!め、迷惑じゃありませんか?」
「迷惑じゃないよ、それに聞いてみないとまだわからないけど……すごく行きたそうにしてるなって思ったから」

 きらきらとした瞳をぱっちり大きくひらいて、ありがとうございます!と元気よく言ったさくらちゃんは、まわりにお花が咲いているみたいに本当に嬉しそうだった。

「あ、ついでにぼくも聞いてもらっていい?」
「もちろん」

 すっと手を挙げる月城君もとっても嬉しそうだ。

「とーやは勿論同伴なんでしょ?」
「………まあな」
「桃矢君はお話してる時に、どうぞご一緒にって言われてるから」






「モデル?あの、間違いではなくて…」
「貴女にお願いしたい、私はそう思っています」
「はあ、」

 さくらちゃんにプレゼントしようと思っているワンピースを手にしたまま、わたしと桃矢君はその人のする話を少し疑いながら聞いていた。

「その、…すみません…モデルだとか、あまり興味がなくて…」
「あやしい者だと疑われるのはわかります、けれどもう少しだけお時間いただけませんか?もう本当に少しだけ、お話しさせてください」

 こういう者です、と言って渡された名刺には、特別詳しくないわたしでも何となく聞いたことあるような雑誌の名前とその人の名前が。
 その名刺に印刷された雑誌の名前をみて桃矢君も一瞬驚いたような顔をした。
 もちろんその次の瞬間本物か?という表情に変わったけれど、そこまで嫌そうな態度を取らなかったのは、その人が決して悪そうな人には見えなかったからだと思う。

「保護者の方にも相談していただいて、本社の方に確認でも何でもしてください!詐欺とかそういうの類いのものじゃありません、安心してください」
「それはその、信じます…けどどうしてって思ってます……」

 突然声をかけられて、何かと思えばモデルをしてみませんか?と言われたら誰でも驚くだろうし、もしモデルになりたいと思っている人でも流石にすぐやりますとは返事をしないだろう。
 そしてその声をかけてきたその男性はお洒落な都会で働くお兄さん、というのがしっくりくる様な出で立ちで、それが逆に詐欺師か何かではと思わせる隙のなさそうな完璧さがあった。

「場所を変えましょう、職場のビルのなかに美味しい喫茶店があります。ここから近いですし、気に入っていただけると思いますよ」




 歩いて数分で着いたその喫茶店はビルの一階にある喫茶店というよりカフェというほうが合いそうな、若者の多いお店だった。
 ただ職場のビルと言っていた通り、休憩中のOLらしき人やサラリーマンもいる。

「すみません、ホットコーヒーを…3つと、」

 視線でコーヒーは大丈夫かと聞くとあとはお腹すいてる?と確認してからいくつかその人が注文している。
 そしてちょっとだけ待っていてくれと言ってビルのエレベーターのところに走って行った。

「思わずついてきちゃったね、」
「おれもなんか…よくわかんねえけど、すぐ断ろうって思わなかった」

 二人でついてきたもののどうしようと小声で話していると、あの人が資料か何かだろうか、パソコンと雑誌、書類を沢山持って走ってやってきた。

「お待たせしてすみません、うちの雑誌と、みてもらいたいものがあってちょっと職場までとりにいっていました…」

 はあ、はあと息を整えながらその人はパソコンをひらいて、そして雑誌を机に広げはじめた。

「貴女にしてもらいたいと思っているのはこのページみたいな新作紹介のページと、あとこちらの、」
「一枚二枚じゃないんですね…!」
「勿論!もしモデルをしていただけるのなら、出来るだけたくさんのページを撮りたいと思ってます!」

 ついさっきまでは仕事中のしっかりとした口調と表情で隙を見せなかったその人は、今まるで子どもにでもなってしまったかのように目元をくしゃりとさせて微笑んだ。






 わたしはモデルといっても、街角のおしゃれさん、みたいな棒立ちの姿と小さめの写真のイメージしかもっていなかったので、まさかこんなにページを一杯いっぱいにつかったものなんて全く想像していなかった。
 今日はお出かけとはいえ特別お洒落をしていた訳でもなかったし、喫茶店に連れられて話しているからといってこんなに重要そうなページをお願いされるとは夢にも思わなかった。
 ちょっとした写真ならば恥ずかしくないし、思い出にもなると思ったけれど、これは違う。
 沢山の大人や会社の人が関わっている仕事だ、そう簡単にはいやりますとは言えないと思った。
 ほんのちょっとの興味でここまでついてきてしまったけれど、どうしよう、やりますともやらないですとも言い辛くなってしまった。

「…………どうしてと言っていましたよね。理由があります」

 するとその人は沢山持ってきた資料をペラペラとめくり、何かさがしているみたいだった。

「こういう風にモデルをお願いするって稀なんです、スカウトですかね。街中で雑誌のイメージや、次の特集に合いそうな人を見かけるってそうそう無い事でしょう?専属のモデルや事務所にお願いするんです、普通はね」
「はい、ファッション誌の専属モデルの人、有名な方存じてますよ、〇〇さんとか…」

 知っている名前をいくつかあげればうちのモデルです、ありがとうございますと答えてくれる。
 桃矢君もその人は知ってる、とか名前をあげてくれたりしていた。

 そしてその会話がひと段落するとその人は空気を変えるようにひと息ふう、と深く息をついた。
 真剣な表情になったと思えば、目を細める、まるで何か思い出しているみたいだった。

「……ずっと目標というか、憧れの人がいるんです。……人を惹きつける魅力のあるモデルさんでした」
「モデルさん?」
「はい。…この職に就いたばかりの頃に何度も仕事をご一緒させてもらいました。その方とお仕事をご一緒しなくなってからもずっと思ってるんです、またそんな特別な人と出会いたい、仕事がしたいって」

 まあこの職に就いている人は皆思っている事だとは思いますけどね、とつけ足すと、コーヒーをひとくち、またその人はゆっくりと話しはじめた。

「今日は仕事の合間にちょっと散歩してたんです、息抜きに。それであのお店の前で貴女を見たとき一瞬で目を奪われました。顔や髪型が似ている訳じゃないのに、あの人に重なるようにみえた…」

 まるで愛の告白をするような声と話し方でその男性は話しを続けた。

「雰囲気でしょうか…でもあの人といっしょだと思って声をかけた訳じゃない。貴女が充分に人を惹きつける魅力があると思ったからモデルをお願いしています。どうです、お願いできませんか……?」

 真剣な眼差しと雰囲気に、わたしは目をそらせなくなってしまった。
 気まずいから視線をそらしてくれないかなと思ったその瞬間、その人は視線を持っていた雑誌に向けた。

 良かったと思ったのも束の間、探していたページが見つかったらしいその人はそのページをみて優しく微笑むと、どうぞ、とそれを手渡す。

「いつまでも、私の憧れの人です」

 天使みたいだった。
 まるで羽がはえてるみたいな可愛らしさと、ふわふわした髪。
 こちらに向ける視線は優しくて、陽だまりみたいにあったかい。
 儚いわけじゃない、芯のある強さを感じるのはこの女性のもつ心の豊かさ優しさからくるものなのか。

「素敵でしょう?」
「はい、とっても……!ね、桃矢君、」
「ああ…本当に」

 わたしと桃矢君はとびきりの笑顔で顔をあわせた。
 その人が言うように、そのモデルさんがあまりにも素敵だったからだ。

「うけていただけますか?この話…」

 悩んでいたものが全て気にならなくなった。
 モデルをしたい、と思った訳ではないけれど、やらない、という選択肢が何故か一瞬にして消え去ったからだ。
 わたし達もこの男性と同じ様にこの人に惹きつけられたから、そして運命を感じたから。

「わたしで良ければ、よろしくお願いします」
「本当かい?」
「はい、本当です」
「ありがとう!本当にありがとう!嬉しいよ」

 ああ、大切な貴女のお名前を聞いていなかったですね、とその人は慌てて手帳と携帯を取り出した。

「すみません、私ばかり話して…えっと」
「森下まなみです」
「ありがとう、あと携帯持ってる?保護者の方の連絡先もお願いします」

 打ち合わせというか、説明など撮影までに合う日を決めていくと、最後にその人は桃矢君にごめんね、と謝った。

「彼氏さんの目の前で口説く様な事してごめんね、撮影には是非君も一緒に来て欲しいんです」
「おれもですか?」
「うん。彼女も緊張するだろうし、リラックスしてもらえるように……というか普通は見たいでしょう、綺麗におめかしした彼女、ね?」

 にやにや、と大人らしい狡い笑顔でその人は笑うと、ああと何か思い出したかのような声をだした。

「そうだ、彼氏さんのお名前も聞いておいて良いかな?」
「………桃矢です」
「桃矢君?素敵な名前だね、めずらしい」

 その後その喫茶店で普段の学校生活だったり、その人のお仕事の事だったり雑談をしてからわたし達は別れた。


 そして帰りの電車に揺られて数十分、今はもうちょっとでわたしのアパートに着く道を並んで歩いている。

「こんな事もあんだなって…正直驚いたよ」
「そうだよ、桃矢君すごく驚いてたからびっくりしちゃった。普段は大抵の事には驚かないじゃない?」
「何でもかんでも未来の事がわかる訳でもねぇよ、神さまじゃあるまいし」

 そうだね、なんて言いながら、わたし達はもうアパートの前に着いてしまった。
 明日にはまた学校で会えるけれど、やっぱりお別れは少し寂しい。

「じゃあまた明日」
「おう、おやすみ。よく休めよ」

 にこりと細まる瞳、本当に優しい表情ですっと近づく鼻先、こつんとおでこが触れれば頭をぽんぽんと撫でられる。
 こどもみたい、と笑ってすっと離れた桃矢君はもう後ろ姿で手を振っていた。
 片手にはわたしが買ったさくらちゃんへのプレゼントのピンクのワンピースが包まれた紙袋が下げられている。
 わたしが直接渡すと気をつかって返し辛いだろうから、桃矢君から渡してもらうことにした。

 気に入ってもらえるといいなあ。




きっかけはワンピース
(運命のワンピース)