43 天使の悪戯〈1〉




 打ち合わせと言われてまたあの喫茶店に集合かと思えば、学校に近い、なるべくわたしの住んでいる近くのなれ親しんだ場所がいいと言われた。
 だから学校終わりに制服のまま、学校近くのファミリーレストランで会うことになった。
 本当なら桃矢君がついてきてくれるはずだったのだけれど、どうしてもバイトが他の人と代われないからと今日は月城君がついて来てくれることになった。
 事前に月城君がバイト代わるよと桃矢君に申し出てくれていたけれど、どうやら少し専門職のような作業らしくて、何でも出来る月城君とはいえ代われないみたい。

「もしかして君が南君の言ってたイケメンの彼氏さん?ものすーっごくイケメンね」
「月城雪兎です」

 今日はあの男性に加えて知らない方がいて、女性誌のモデルになれそうな綺麗な女性が2人、挨拶をしてくれた。
 男性と同じく編集者をしていて、今回の撮影も担当をするからよろしくと一言、すぐに話は切りかわり隣の彼が噂のイケメンの彼氏ね!と笑顔でウインクされたのだ。

「あれ、桃矢君は?」
「すみません、今日どうしても抜けられないバイトがあって、彼をかわりに連れて行けって…」
「イケメンのボーイフレンドが2人いるの?凄いわ」
「流石、南君が突然連れてきただけあるわね!」

 二人の女性が月城君に肌が綺麗、色白で羨ましい、と散々褒め言葉をかけてから、ようやく打ち合わせがはじまった。


「今回はこの雑誌の四十周年創刊記念として色々な特集が組まれているんです。まなみさんに担当していただくのは、こんなページになります」

 そう言ってみせてもらったのは雑誌の昔の表紙と、撮影を終えたばかりだという最新号の表紙になる予定のものだった。
 昔の雑誌の表紙のものと似たメイクに衣装、表情まで似せたモデルさんがうつっている。

「リメイクというか、再現ね?最新のファッションとメイクで、昔特集したページの構図をそのまま現代風に、そんな特集ページなの」
「それと、この前言っていたみたいに新作のページも2ページお願いするからね、よろしく」

 実はこれ社外秘だからこんなところでおっぴろげちゃダメなんだけど、イメージ大事でしょう?内緒ね、と小声の女性編集者の1人はウインクをする。どうやらウインクは彼女の癖らしい。

「あの、本当にわたしで、大丈夫なんでしょうか?」

 一応学生なりに、ちゃんとした仕事をするんだと覚悟をしてきたつもりだったけれど、実際にその雑誌のページをみていたらどうしても不安になってしまった。
 わたしは素人なんだから仕方ない、素人なりに精一杯頑張ろう、と一生懸命にした決意が呆気なくくずれそうになる。

「プロの方に要求するようなことはしないから、とは言わないし、仕事だし本気だから、容赦はしないわ?けれど私達、貴女のこと全く心配してないの」
「……長年の勘みたいなものですか?」
「勘でもないわね、めちゃくちゃ自信あるもの」
「南君が連れてきたってだけでもう、充分」
「はぁ、」

 うけてしまったもののやっぱり不安だ、とため息のような相づちをしてしまった。
 けれど編集者の三人はくすくすと微笑んでいる。

「美人だからってモデルにはなれないわ。写真ってその人の内面まで見えちゃうなぁ、てことあるでしょう?」
「?」
「貴女とっても素敵なの、自信をもって?」

 年上の素敵な人に優しくそう言われているのは、まるで歌帆に言われているみたいに信頼できる、安心出来るものだと思った。

「それにプロの人達が沢山かかわって、貴女をとびきり素敵にしてくれるのよ?なかなかできる経験じゃないわ。楽しみじゃない?」
「は、はい、それはもちろんっ」
「でしょう?」
「おねえ様方の話はそれくらいにして、まなみさん困ってますよ」

 もう南君たら!と会話を遮られた女性2人に南さんはたじたじなようだったけれど、編集者らしく仕事の話をしましょうと二人を説得すると、何か数枚のページをファイルから取り出した。

「これも社外秘だからまだ外でみせちゃダメなんですけど、実際にきみに担当してもらう予定の、昔撮影したページ数枚。君に再現してもらいたいと思ってるページです」
「!、これって」
「うん、そうなの月城君」

 それまで聞き手にまわっていた月城君も思わず声が出た。
 月城君にはこのことは話してなかったから、今日いまはじめてそれを知ってビックリしたのだ。

 わたしにしてほしいと言われたのは、あの時みせてもらった羽のはえたあの天使が、優しく微笑んでいるページ数枚だった。






 実際に撮影をする土曜日、場所は都会の中心にある撮影所だった。
 本当に沢山の人が関わっていると思った。入り口から控室から撮影所から関係者らしき人がごった返していたから。

「すごい人だね」
「……生まれてはじめてスカウトされた」
「ふふ、さすが桃矢君」

 流石イケメンだ、その場面を目撃したけれど引く手数多らしかった。

「あ、まなみさん、今からまだメイクに時間かかるけど大丈夫?緊張してない?」
「思ったよりは大丈夫そうです。皆さんすごく優しくて、わたしの緊張をほぐそうとして色々してくださったので」
「ああ、みんなきみに期待してるんですよ、本気で」

 今日もお洒落な格好をした南さんはこの日、スタジオに入ってからずっとわたし達について説明をしてくれたり、関係者さんと会わせてくれたりしてくれていた。
 いつも人柄の良さがにじみ出ている南さんだけれど、今日はやっぱりひと味違う、はじめて会った時とも、打ち合わせの時とも違う、きっとこれが彼の仕事の顔なのだと思った。
 きりりと引き締まった表情なのにものすごく楽しそうなのがとっても面白い。

「桃矢君もわざわざ休日なのにありがとう。バイトいっぱいしてるんだって?たまには彼女とデートしてあげないと、すぐ誰かに取られちゃいますよ」
「……だから今日はバイト休んできたんですよ」
「そうですね、!でもほらこの前の月城君、彼とかまなみさんの次期彼氏候補なんじゃない?」
「南さーん!ちょっとこっちお願いしますー!」
「おっと行かなくちゃ、ごめんなさい」

 やっぱり今日の南さんはテンションが高めだ。
 そんな月城君はいまさくらちゃんと知世ちゃんを連れてわたし達と少し離れたところで雑誌の関係者の皆さんとにこにこと談笑中だった。
 桃矢君とふたりでそちらの方をみつめていたら月城君がそれに気づいたらしく、二人を連れてこちらにやってきた。

「まなみさん、今日はありがとうございます!」
「わたくしも、今日はよろしくお願いいたしますわ」
「とっても緊張してるから、二人がいてくれて心強いわ?今日は来てくれてありがとう」
「楽しみだね、まなみ」
「うん、月城君もなんだか楽しそうだね」

 なかなか出来ない経験だからね、芸能人いないかなって、さっきからさくらちゃんと知世ちゃんと探してるんだ、と本当に楽しそうな月城君。
 おいおい、と桃矢君は隣で苦笑いしたけれど、さくらちゃんの楽しそうな表情に、次の瞬間満足気な表情をしていたことは言わないでいてあげようと思った。

「あの、まなみさん、このワンピースありがとうございます!」

 するとさくらちゃんは少し恥ずかしそうな表情をして、自分の着ている洋服の裾をひらりとみせてくれた。
 これはもしかして、と思っていたところだった。

「やっぱりそうだ、良かった!気に入ってもらえたかな?」
「はい!すっごく可愛くて、きょうはゼーッタイ着ていこうって思ってたんです!」
「ありがとう、さくらちゃん」

 先週ちょうどこのモデルの話をうけたときに買ったさくらちゃんへのプレゼントのワンピースだった。
 桃矢君に預けてわたしてもらってから、私服のさくらちゃんには会えていなかったので、そのワンピース姿をみれて本当に嬉しかった。

「まなみさん、次こちらにお願いします。あ、おひとりでお願いしますね、お連れ様はこちらに」
「時間みたい!行ってきます」
「うん、じゃあまた後で」

 楽しそうな笑顔のまま月城君が手を振ってくれた。
 わたしが向かっていたその先には南さんがみえて、月城君がぺこりとお辞儀をしている。
 南さんもまた後で、というように月城君達のいる方向に手を振ると、南さんは手前の部屋へ、わたしはもうひとつ奥の部屋へと移動していった。





「まなみちゃんは普段お化粧する?」
「いいえ、休日にリップとかちょっとアイシャドウとかそのくらいで…」
「はは、そんなに緊張しないで」
「は、はいっ」

 メイクをしてくれるこの男性はここにいるスタッフさんのなかでも少しだけ歳を重ねているみたいで、すごく落ち着いた印象の、これまた優しそうな男性だった。
 目元に少しだけしわを寄せて微笑みながら、わたしの固まった肩をぽん、と叩く。

 やはりわたしはものすごく緊張しているらしかった。

「いやぁ〜南君が素人の高校生連れてきたって聞いてうお!って思ったよ」

 おしゃべりをしながらその人は手際よくお化粧をしてくれる。

「楽にして、大丈夫、ぼくもあの『天使』のファンなんだ」
「皆さんあの女性を天使って、呼ぶんですか?」
「ぼくと南君はね、そう呼んでたんだ。それが先週いきなり南君が「天使がいた、いや降ってきた!」て電話してきて、いやぁ、面白かったよ」

 天使、と言われたことなら誰しもあると思う。
 もちろん本当に小さな幼い頃の話で、こんなふうに高校生になってからそんなことを言われるなんて、恥ずかしいを通り越して申し訳ないようなそんな感じだった。

「似てる子連れてくるのかなぁと思ってたらこれまた違って、……いや違うね、よく似てるよ」
「…よくわからないんです。南さんに言われたこと」
「なんて言われたの?」
「似ている訳じゃないのに、あの人に重なるようにみえたって、雰囲気とか…」

 なるほど、とわたしに化粧をしながら考え込むようにしたその人は、次第ににやりと何か思いついたみたいに表情をかえていった。