43 天使の悪戯〈2〉



「南君がここにいないから言うんだけど、南君よりぼくのほうが彼女のことはよく知ってるんだ」
「いっしょにお仕事をしたことがあるんですか?」
「南君より近くにいたからね、天使の」

 嬉しそうな顔でお化粧道具を見せつけるように沢山みせてくれる、そうか、こうやって実際に彼女のお化粧をしていたのかもしれない。

「彼はまだ下っ端だったからお話しとかはしたことなかったんだよ。でもぼくは結構沢山お話ししたつもりだよ、色んな話をね」
「たとえばって…聞いてもいいですか?」
「そうだね、新米教師と結婚してるってはじめて知ったときは本当にビックリしたのを覚えてる。それに家計の為にモデルなんてさらにビックリ。すごく旦那さんのこと好きなんだろうなぁって、わかりやすいくらいいつも幸せそうに笑ってた」

 天使と沢山おしゃべりしてたって知ったら嫉妬しちゃうだろうから南君には内緒なんだ、と言うと一度呼吸を整えた。

「運動が苦手だとも言ってたな、…懐かしい」
「ほかには?」
「聞きたがるねぇ!君も天使のファンかい」
「はい!ファンです」

 それからその人はお化粧のあいだ沢山話を聞かせてくれた。
 プライバシーもあるから、なんて言いつつ、相手はただの素人の女子高生だからいいかなあとぽつりぽつり、聞かせてくれる。
 わたしも知っている話や、もちろん知らなかったこともあった。

「とりあえず完成だよ、お疲れ様。さあ衣装を着てからまた会おうか」
「はい、楽しいお話しとお化粧、ありがとうございます」

 椅子から立ち上がって軽く握手をした。

「君、天使のファンだと言っていたけど、違うんじゃない?」
「え、」
「ぼくの話知ってるような感じがして、まあ、気のせいかもしれないけど」
「………内緒ってことにしておいても良いですか?」
「気になるねぇ、でもまあ、そのほうがいい、まだまだ時間はあるんだし。明日もあるし」
「はい!お願いします」

 移動の為にその後すぐその人とは離れてしまったけれど、とっても楽しい時間だった。
 けれど南さんやそのメイクさんに言われた天使に似てる、と言われたことの、決定打になるような詳しい理由はわからなかった。
 南さんには雰囲気がと言われたものの、あのメイクさんは何か違うものに気づいたような顔をしていた、それを教えてくれるのはまた今度、ということなのだろうか。
 わたしはスタッフの人と一緒に廊下を歩きつつ考えていた。




「いよいよ撮影ですね、ご感想は?」
「すごく緊張します!」
「すっごく綺麗です!まなみさん」
「ありがとう、さくらちゃん」

 南さんは緊張をほぐす為と言ってさくらちゃん達と少し雑談させてくれて、それから撮影ははじまった。

 わたしは何か特別なことをすることはなかった。
 ただ言われた通りにして、あとはプロの人達が沢山いるから、そのように導いてくれた。
 不思議と緊張はほぐれていった。
 それはまるで自分じゃないみたいで、まるで別人のわたしがここにいて、勝手にポーズをとってくれていて、表情まで自然にしていられる、そんな感じだった。
 カメラマンさんも周りの人達もとっても優しくて、それでいてわたしのことをリラックスさせようとしてくれる。
 少し静かな、お話ししながらの撮影だった。

「まなみちゃんの彼氏って白い方?そうじゃない方?俺そこんところ聞いてなくて」

 突然切り替わった話題にクスクスとまわりから笑い声が聞こえた。
 それもそうだ、さっきまでは好きな歌手とか、そんな話をしていたのだから。

「……そうじゃないほうです」

 恥ずかしながらもこたえると、向こうで南さんにバンバンと肩を叩かれている桃矢君がみえた。
 さくらちゃんなんか真っ赤になっている。
 それもそのはず、いつかのお泊まり会のときにさくらちゃんとは恋バナで盛り上がった。
 その時にお兄ちゃんとお付き合いをしています、ときちんと伝えたのだ。とても驚いていたけれど、今もまだその恋人という言葉は慣れないらしい。
 知世ちゃんはそんなのずっと前から気づいていたと言わんばかりの表情でにこにこしている。

「恥ずかしいかもしれないけどさ、そこの彼氏君、こっちきてくれない?」
「おれですか?」
「色白のボーイフレンドの方がいい?まなみちゃん」
「ど、どちらでも…」

 わたしのこたえに笑いながら、桃矢君はカメラマンさんの横まで歩いてきた。
 わたしを見つめているカメラマンさんはちらりと桃矢君をみて、また視線をわたしに戻す。

「彼氏君、感想は?」
「え、っと、…すごく綺麗、です」

 普段クールな桃矢君も、大勢の人達に囲まれたなかで感想なんてそんな経験ないだろう。
 だからどもって年相応に恥ずかしがる桃矢君はめずらしい。
 月城君はお腹を抱えて笑いを堪えていたし、月城君同じくさくらちゃん知世ちゃんを連れて近くまで寄ってきていた南さんはもっとちゃんと言わないと!ともう一度肩を叩いていた。

「すっごく綺麗だよ、まなみ。本物のモデルさんみたいですごいね」
「ありがとう、月城君」

 月城君はこういう事が得意だ。
 恥ずかし気もなく相手が照れちゃうような事を誰にも促されることなくさらっと口にできる。

「そこの女の子たちにも感想聞きたいな。えっと、…」
「知世です。とってもお綺麗ですわ。来れなかったわたくしの母が、それでも今日をとっても楽しみにしていたので、雑談の発売日がとても楽しみですの」

 実は今日園美さんも誘っていたのだけれど、お忙しい人だから予定が調整できずこれなかったのだ。
 綺麗にしたまなみをみるのが楽しみだ、と昨日わざわざ電話までくれて、本当に素敵な人。

 そして最後はあの女の子の番だ、と周りの人もさくらちゃんに注目していて、その視線にさくらちゃんも気づいて少し緊張しているみたいだった。
 そんなさくらちゃんの姿に、桃矢君はさくらちゃんの隣にしゃがむと、ほら、と優しく背中を撫でた。

 優しいお兄ちゃんの瞳だ。
 わたしの好きな、大切な人を思いやる、桃矢君の表情。
 思わずわたしも撮影中なんてことを忘れて、くしゃりと顔をくずして微笑んでしまう。

 カシャッ とシャッター音が響いた。






「……いまのまなみさん、お母さんみたい、です」

 静かになったスタジオに小さな可愛いらしい声はよく響いた。

「……あ、その違うんです!お母さん、年齢だってまなみさんと全然違うし、その、なんていうか……わたしが毎朝みるお母さんの雑誌のきりぬきとか、全部とっても幸せそうなんです。だから毎朝それをみるだけでわたしもすっごく幸せな気持ちになれるんです。それと同じだなって…………思い、ました」

 ちゃんと説明できたかな、と不安そうにしているさくらちゃんをみつめている桃矢君はすごく複雑そうな顔をしていた。

「さくら、いつも思ってたんだよ?まなみさんの笑顔をみるとね、わたしも幸せだなぁって気持ちになるの」
「母さんと同じ、…か」
「とても幸せそうな方をみていると、こちらまで幸せになってしまう、そんな方ですものね、まなみさん」
「知世ちゃんにそう言われるとすごく照れるね、」

 撮影中のはずなのに、撮影中じゃないみたいにスタッフさんは何も言わない。
 そのまま自然に続けてそれを撮影したいのか、はたまた本当にこの会話に聞き入っているのか、おそらく両方なのだけれど、わたし達はそのまま会話を続けていった。

 そこで月城君が桃矢君の横に同じようにしゃがみこんだ。

「じゃあとーやは?まなみに撫子さんを重ねてた?」
「………よくわかんねぇよ。恥ずかしながら今気づいた、そういや母さんに似てんのかもなって」

 南さん、メイクさん、さくらちゃん、そして桃矢君に言われたこの似ているという言葉にはみんなそれぞれ似たものを思っているみたいだ。

「まなみさんは、恋人の桃矢君のこと、すごく好きなんだね」
「は、はい?!」

 このカメラマンさんはまた突然大声で今までの流れをぶった切るように話しはじめた。

「わかるよ、桃矢君をみてる顔は本当に幸せそうなんだ。そして、その笑顔は、ここにいる白いメガネ君や女の子二人を幸せに出来るんだよ、わかる?」
「それは、あの……、」
「それだけじゃない…もちろん桃矢君もさ、君がこの女の子達をみてる目がすごく優しかったから、それをみてまなみちゃんは笑ったんだ」

 大切な人がいて、その大切な人が幸せでいる、笑顔でいると、自分も幸せで笑顔になれる。そういうチカラをもってるのがまなみちゃん、きみなんだよ。気づいてた?とカメラマンさんはシャッターをきりつづけていた。
 わたしの表情はきっと最初のどちらかというときりりと撮っていただいたものとは違う、ふんわり優しく微笑む姿になっている。


「あの、お願い、ひとつだけ良いですか?」
「何でもどうぞ」
「さくらちゃんと一緒にお写真撮ってもらえませんか?」

 さくらちゃんはものすごく驚いた顔をしていた。
 スタッフさんはみな何故か嬉しそうにやるぞー!とやる気に満ち溢れてくれている。大賛成してくれているようだった。

「あの、嬉しいです、わたし」
「本物のお母さんにはなれないけど、こうやって一緒にお写真撮ってもらって、さくらちゃんが少しでも喜んでくれるなら」
「嬉しいです、だって、さくら…」
「?」

 さくらちゃんは少しだけ涙をながしてしまった。
 どうしよう、どう悲しませてしまったんだろう、と動揺していると、今度は桃矢君がやってきてさくらちゃんの頭を撫でてくれている。

「どうした、まなみが困ってんぞ」
「……今日のまなみさんの撮影のお洋服、まなみさんからもらったこのワンピースとほとんど同じなの、お揃いなのが嬉しくて!」
「…本当、ピンクのひらひらのついたワンピースだもんね!」

 実は髪型まで前髪を浮かせたふわふわパーマだったわたしは、本当に天使を思わせるようなやわらかい衣装とイメージのものだった。

「2人の天使、かな?」

 シャッターを切り続けるカメラマンさんに、嬉しそうな南さん、メイクさんや、打ち合わせのときに会った二人の綺麗なお姉さん方もその撮影を見守ってくれていた。

 もともとは『天使』が腰かけてこちらに微笑んでいるような写真だった。
 わたしも同じように腰かけてカメラの方に向かって微笑むはずだった。
 腰をかけているところまではいっしょ、けれど今はもうひとり、小柄な天使と手を取って微笑みあっている、そんな写真になった。

「天使のページはこれでいこうよ、というか決まりじゃない?南君」
「決まり、絶対これがいい!」
「賛成!」
「ほらじゃああの女の子も保護者の方に連絡をしないと!連絡先を聞いて、はやく!」
「ああ、それならおれが」

 すかさず桃矢君は立ち上がって南さんやスタッフさんのいる方へ歩いていった。

「一応今日のことも先に伝えてはおきます、父の連絡先です。」
「ありがとう桃矢君、それと、えっと、」
「さくらです。木之本桜」
「桃矢君の妹さんのさくらちゃん、だね、わかったありがとう」

 この時はまだ皆んな気づいていなかった。
 わたしと桃矢君と月城君だけが、このモデルの仕事をうけさしてもらおうと思った理由を知っている。まだもう少し、種明かしは後にしようと思った。

 それは何よりさくらちゃんと、『天使』のファンでいてくれた人達に何かがしたいと思ったからだった。

 撮影はあともう一日、明日がまだ待っているから。




天使の悪戯
(運命の人に出会えるワンピース)