44 みんな嬉しい〈2〉
「それじゃあ仕事に戻るね。帰り、家まで安全に頼みましたよ、桃矢君」
「ああ、気をつけて帰るよ。いってらっしゃい、父さん」
「お父さん、いってらっしゃい!」
撮影が無事終了して、まだ大学で明日の準備があるらしい藤隆さんは車で大学まで行くらしい。
それのお見送りをした後、今度は撮影所まで駆けつけてくれた知世ちゃん家のボディーガードさん達の車でわたし達は送ってもらえることとなった。
途中で桃矢君月城君、そしてわたしは降ろしてもらい、さくらちゃんは今日このまま知世ちゃん家でお泊まり会らしい。楽しそうだ。
「最後に写真沢山撮ってもらえてよかったね」
「本当。今までで一番沢山撮ってもらったね」
「おれはもう疲れた…」
バイトもなく、明日は祝日の為学校もない。
そのせいか気持ちいつもよりゆったりと道を歩いていた。
「月城君、モデルやらないかってすごく推されてたね、大丈夫だった?」
「うん、ぼくはそういうの興味無いです、ってキッパリ断ったよ」
「ちょっともする気ないの?」
「うーん…とりあえず今はいいかなって」
普段から部活の助っ人として大活躍している月城君は自分に無頓着なところがある。
だから月城君の興味があるものが何なのか、日々模索しているけれど、やっぱりこれも興味はなさそうだ。
そうしている間に月城君の家の近くまでやってきてしまった。
月城君は少し残念そうに「また今度とーやが王子様だったって話詳しく聞かせてね!」と念を押して家のなかに入っていった。
「あいつ……」
「まあまあ、桃矢君」
「元はと言えばまなみがうっかり口滑らせるからだろ、しかもなんだ王子様って…」
「だって、本当にそう思ったもの」
こうやって両手をとって、その手にくちびるを寄せる。
逆の立場だけれど、わたしはそのように桃矢君の両手をとってそこにくちびるを寄せた。
するとわあ!と照れてその手を急いで身体の後ろに隠す桃矢君は顔はいつも通りの涼しい顔をしながらも、耳だけが真っ赤になっていた。
「突然するんじゃねぇよ!」
「でも、王子様みたいだったでしょう」
「…………まあな」
格好良かったよ、と一言そえれば桃矢君は少し得意げに、恥ずかしそうに「馬鹿」と吐きだし背を向けて歩きはじめた。
けれどそれも数歩でとまる。
「ほら」
向けられたのは意地悪そうな瞳と、彼の優しい左手。
わたしがその手に触れればすこしだけ引っ張って隣に来るよう促す、桃矢君の精一杯の恋人らしい行動に思わず顔がにんまりしてしまった。
「そういえば」
「?」
「母さん、なんて言ってたんだ、お前に」
ついさっきの事だ。桃矢君はずっとそれを気にしていたようだ。
わたしの隣にあらわれた撫子さんは、桃矢君からの距離では何をしゃべっていたのかまではわからなかったらしい。
「みんなが写ってる写真を撮りたいって、言ってました」
「みんな」
「わたしが入らないようにしようってしてたのに気づいて……」
ーー『わたしがみたいの、藤隆さん、桃矢君、さくらちゃん、そしてまなみさんがいっしょに写ってるところ』ーー
「……普通、家族団欒のなかに入るのは駄目でしょう?わたしも嫌だって思った。でも撫子さん、いっしょにとってほしいって、わたしに気をつかってくれたみたい」
「……なるほどな」
「どうしてわたしのこと気にしてくれたのかな」
純粋な疑問だった。
「確かにうちには母さんの雑誌の切り抜きなんかがいっぱいあって、それを机にいつも飾ってるんだ。父さんが毎日切り抜きや写真をかえてくれてる」
「すごい……藤隆さんの愛だね」
「たまには違う写真でも飾ってくれよってことなのかもな」
「今日撮ったみたいな?」
「ああ、父さんにさくらにおれ、そんな写真を」
「どうしよう……そんな、なおさら写真いっしょに撮っちゃったの後悔してきたよ……わたし部外者だわ?」
「めんどくせぇ奴だなぁ、そうじゃなくて、お前やゆきが入ってる写真が撮りたかったんだろうぜ、母さんは」
にし、と笑い嬉しそうにそう言う桃矢君は握っていない方の手でわたしの頬をつねった。
「いはゃい、(いたい)」
「心配性だな、息子の言うことを信用しろって、な?」
「……はい」
桃矢君はわたしの頬から手を離すと、その手は桃矢君のポケットに戻っていった。
「飾るよ、今度。母さんの写真の隣におれ達の写真」
「それ、みにいってもいいかな」
「いいぜ、もちろん。さくらと父さんが喜ぶ」
「本当?うれしい」
「ああ違った」
「ん?」
「母さんが喜ぶんだったな。…久しぶりに家にみにくるかもなぁ…母さん」
会えたらいいね、そう返すと同時にわたしのアパートの階段をのぼってドアの前までやってきた。
「今日はゆっくり休めよ」
「うん、流石にへろへろだよ、はやく支度して寝るね。桃矢君も気をつけて帰ってね、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
最後に自然に抱き合ってすぐ離れると、手を振り桃矢君を見送ろうと玄関の前でわたしは待った。
階段をおりてから一度こちらを向く桃矢君にもう一度おやすみなさいを言う為に。
すると桃矢君は「じゃあな」と言った後いつもならそのまま去って言ってしまう。けれど、今日は違うらしい。
くるりともう一度こちらを振り返ってわたしのいる二階の玄関のほうを向いて、優しく、照れたように微笑んだ。
「さくらや父さんや母さんが、お前がうちに来て喜ぶって言ったろ。でもひとつ言い忘れてたんだ」
「言い忘れ?なにを」
「おれも喜ぶよ、お前がうちに来れば、喜ぶ」
そんな捨て台詞を決めて桃矢君は今度こそ背中を向けて颯爽と去っていった。
残されたわたしは玄関のドアを開けてなかに入った瞬間、照れと恥ずかしさでその場に膝を抱えてうずくまってしまった。
普段はそんなこと言わずに意地悪言って帰っていくのに。どうしよう、恥ずかしすぎて死んでしまいそう。
きっと撫子さんに会えて桃矢君は浮かれていたのかもしれない。だからあんなキザな台詞がぱっと言えたんだ。
ああ、撫子さんは今日とんだお土産をのこしていってくれましたね。
みんな嬉しい
(家族写真)