45 最後のカード〈1〉




「うー、寒い」
「ほんと。すっかり寒くなったよね」

 放課後、バイトのある桃矢君と別れて、クラブに入っていないわたしと月城君は帰り道を寒さに震えながら歩いていた。

「まなみこの後どうするの?いつものスーパー行くならつき合うよ」
「ありがとう。でも冷蔵庫いっぱいだから今日は大丈夫」
「そっか…ねえ、お腹すかない?」
「ふふ、何かデザート食べて帰ろっか!」

 賛成、と二人して放課後デザートを食べに行こうと決定した。
 どこか行きたいところあるの、と月城君に聞けば桃矢君がバイトしてるところのケーキが美味しいらしいと嬉しそうに言う。
 はじめからそのつもりだったであろう月城君は方向転換してこっちだよ、と歩きはじめた。そんな時だった。

 道の少し先に人影がみえた。
 この感じ、きっとさくらちゃん達だ。

「さくらちゃん」
「雪兎さん!まなみさん!」

 駆け寄ればこんにちはとあいさつしてくれる知世ちゃんに、かあっと赤くなる李君にさくらちゃん。
 友枝小学校は今日クラブがない日らしくて三人いっしょにいたみたいだった。

 そしてそんな三人に会ってそうだ!と何かひらめいたみたいな月城君。

「いっしょにケーキ食べにいかない?」

 恥ずかしいみたいで、でも嬉しそうなさくらちゃんと李君は二人いっしょにこくこくとうなずいた。
 そんな姿がとっても可愛らしくて、わたしと知世ちゃんは思わずくすりと微笑んだ。







 そうして喫茶店まで移動したわたし達はそれぞれ紅茶やケーキを頼むとみんなで同じ席についた。

「すっごく可愛いかったね、王子様とお姫様」

 ちょうど友枝小学校の学芸会の写真を桃矢君からみせてもらって、それがとっても可愛かったね、とその感想を学校で散々話した後だった。
 月城君もわたしも、ケーキを食べる前にまずそれを伝えたくて興奮気味でそう言った。

 そうだ、あの真っ暗になったとき歌帆とケルベロスさん…ケロちゃんとクロウカードやクロウ・リードのことについて話したんだった。太陽の模様が描かれている鏡のことも。

「でも途中で真っ暗になっちゃってびっくりしたよね」

 うっかり聞き流すところだった、あのとき客席にいたはずの月城君も真っ暗を体感していたらしい。
 月城君は自身のチカラや人間ではないであろう自分の存在を知らない。
 それでもその強い力のおかげで闇の中にいた自覚はあるらしい。
 きっとわたしはあの鏡の力がなかったらあの闇にのまれていただろうから、単純にその力をすごいと思った。

「おまたせしました」

 店員さんが追加でケーキをもってきてくれたとおもえばその気配はもちろん桃矢君で。
 それを知らなかった小学生組はびっくりしている様子だった。
 さくらちゃんはいつもと同じく「お兄ちゃん!」と思わず叫んでしまっていた。


「なんでお兄ちゃんが…」
「バイト中」

 桃矢君は席をぐるりと見まわして、そのなかで李君と目が合うとバチバチとお互いに威嚇し合いはじめた。
 さくらちゃんに近づく男の子にはみんなそうやって追い払ってるって月城君も言っていたし、わたしもその現場を何度か見ていたからものすごく納得した。ちょっとだけ面白い。
 そしてさくらちゃんはお兄ちゃんってほんっとにどこでもバイトしてるのね、と少し苦笑い。

「さ、食べよ。ここのケーキおいしいんだよ」

 こんななんとも言えない空気を月城君はがらりとかえるように明るくそう言いはなつと、みんなも一斉にケーキを食べはじめた。

「おいしー!」
「!」

 本当にケーキがとっても美味しくて思わずほっぺに手をあてて驚いてしまったわたしに、月城君はいつものペースでどんどんケーキを食べすすめている。

「ほんとうにおいしいよっ!」
「!」

 となりにいたさくらちゃんはその美味しさを少しでも伝えたいのかとびっきりの笑顔で李君にそう言った。
 そしてあ、これは絶対照れちゃうやつだ、と思った瞬間には顔を赤くして走り出して行ってしまった李君。

「李君ー!ケーキー!」

 その二人のほっこりする青春の様子に相変わらずムカッとしている桃矢君はシスターコンプレックスだと月城君に言われるのももう慣れてきてしまっていて、表情をムカッから変えないままだ。

 そんな時、また何か違う気配が近づいた。

「本当においしそうね」
「観月先生…!」

 優しく微笑んでいる歌帆に、さっきまで色々な表情をしていたわたしを含め皆同じびっくりとした表情をして、突然の登場人物に驚きを隠せないでいた。









 歌帆はさくらちゃんとわたしを連れてみんなから少しだけ離れた席に座った。

「ごめんなさいね、せっかくお話ししてたのに」

 ちょっと三人でおはなししたかったの、と微笑む歌帆に、さくらちゃんはおもわずはにゃーんとなっていた。

「ケロちゃんって呼んでるんだね、オレンジ色で羽根のはえた可愛い子」
「……ケロちゃんから聞きました。学芸会で観月先生とまなみさんに会ったって」
「本当の名まえは『封印の獣・ケルベロス』…よね」
「ケロちゃんがいってましたか?」
「いいえ」
「?」

 口もとの微笑みは崩さずに、でもとてもゆっくりと真剣に話を進める歌帆に、さくらちゃんもわたしも少し緊張してどきりとする。

「「魔術師『クロウ・リード』が作った『クロウカード』「その封印が解かれる時この世に災いが訪れる」」

「知ってるんですか!?」
「わたしもちょっとだけ関係者なの。…けれどまなみは、詳しいことは知らないわ」

 学芸会のときわからないなりに歌帆とケロちゃんから聞いていたわたしとは違って本当に今色々なことを知らされているさくらちゃんは焦ったように話の続きをもとめていた。
 そうだ、歌帆と知り合ったのもわたしは数年前だけれど、さくらちゃんはまだ最近だから不安も驚きもたくさんあるだろう。

「え!?関係者ってどういう…?」
「もう少しでわかるわ」

 ケーキをひとくち食べて少し話を区切ると、歌帆はまた話しはじめる。

ユエって知ってる?」
「ケロちゃんが寝言でいってたのと…あと…この前封印したカードが教えてくれました」

「「ユエはあなたの側にいるわ」って」
「でもケロちゃん、何も教えてくれなくて…」
「そうね」

 歌帆はいままでと違って少し悲しそうな表情をしてまぶたをふせる。
 わたしもそんな表情はあまりみたことがない、まるで誰かに謝っているような表情だった。

 そしてさくらちゃんの両頬を包みこむようにして、歌帆はからだを乗り出した。

「『審判者・ユエ』はすぐそばにいるわ」

 ユエ、という単語はわたしも学芸会のときに聞いていた。
 けれどここからはわたしも知らない話らしい。
 さくらちゃんのすぐ側にいるっていうことは、少なからずわたしの近くにもいるっていうことだ。
 だから歌帆はそれを伝えたくて、この会話にさくらちゃんだけでなくわたしを呼んだんだ。

 一体どうして、いまその話をしたんだろう。



 わたしは数年前、さくらちゃんに何かあれば助けて見守ってほしいと歌帆に言われて、そして導かれるかのようにこの友枝にやってきた。
 わたしはその「ユエ 」というわけではないし、審判者、なんて聞き慣れない何か。
 その「ユエ 」が歌帆だというわけではないのだろう。

 中国語で「月」のことだと確かケロちゃんは学芸会のときに言っていた。
 「月」の力をつかうかなりの力の持ち主、「ユエ」、つき……?


「さくらちゃん、観月先生、新しいケーキ入ってましたよ。できたてだって」

 深刻な雰囲気をぶった斬るようにあらわれたのは、すでに手元のケーキを一度食べ終えた月城君だった。

「まあ、ぜひ食べなくちゃ。見にいきましょ」

 歌帆はそう言ってさくらちゃんの手をひく。

「まなみ、どうかした?」
「え、ううん…なんでもないの」

 ぼーっとしていたらしい。月城君は少しだけ心配そうにわたしに話しかけた。
 そう、考え事をしていたのだ。『月』の力をもっている人のことについて。







「ケーキ、どれにする」
「えっと……」
「…おすすめはこれとこれ」

 店員さんなのに無愛想におすすめしてくれる桃矢君。
 もうみんなは選び終えたらしい、席について先に食べはじめている。

 さっきまで歌帆と二人で何やら楽しそうに話していた桃矢君は、ケーキを選んでいるわたしをじーと見つめていた。
 わたし、何か変な顔でもしているんだろうか。

「じゃあそのふたつで」
「おまえ」
「?」
「なんか変な考え事でもしてたんだろ、…甘いもん食って忘れちまえ。眉間にしわよってんぞ」
「……桃矢君」

 桃矢君はいつでもわたしを心配してくれているのだ。
 だから甘めのケーキを選んでくれたり、そんなひと言をくれたり、優しすぎて申し訳なくなってくる。

「ありがとう」
「……どういたしまして」

 ほい、とぶっきらぼうにケーキがのったトレーを手渡してくれた桃矢君を見ていたら、なんだか少しだけ元気になれた気がした。