46 大切な人といっしょに〈1〉




「危ない!」

 本物の地震みたいに大きな地響きがして、さくらちゃんと李君のいたところだけ地面がバキバキとせり上がっていく。

 それでもわたし達がいるところは何も動きはない。
 まるで何かに守られているみたいに。


「さくらちゃん!李君!」
「だいじょうぶ」
「このままじゃ街も大変な事になるわ、何か…出来ることはないの、」
「だいじょうぶよ、まなみ」


 どんどん上がっていくさくらちゃんと李君。声も聞こえなくて心配になる。
 するとさくらちゃんは何かカードをつかったみたいで、杖に羽を生やして遠くに飛んでいってしまった。


「だいじょうぶ、木之本さん……いえ、さくらちゃんなら」







 その歌帆の言葉通り、ほんの少しの間にさくらちゃんは笑顔で無事帰ってきた。
 もちろん新しくつかまえたであろうカードを手にして。

 さくらちゃんが帰ってくる前に月城君の近くにきちんと戻ってきていた李君は、思わずさくらちゃんに駆け寄った。

「だいじょうぶか!?」
「うん!」
「これでクロウカード全部集めたよ!」

「と…とりあえず…よ、よかったな」
「ありがとう!」

 思わず駆け寄ったものの、李君はさくらちゃんのとびきりの笑顔に完全に負けてしまっていて、顔を赤くさせていた。

「さくらちゃん!」

 そこに現れたのは大荷物を抱えて息を切らしている知世ちゃんだった。
 あの地震はやっぱりこの友枝周辺に影響があったのだろう、心配して駆けつけたのだ。

「あああ!『カードキャプターさくら』最後の勇姿を撮り逃してしまうなんて!
「あ、あの…わたしお洋服着るよ!ね!」
「本当ですか!?」

 知世ちゃんはどうやらとっておきの衣装を着たさくらちゃんを撮影出来なかったのが相当ショックみたいで、からだを震わせて悔しがっていた。
 一生の不覚ですわ、なんて言いながら、けれどさくらちゃんの提案に瞳をきらきらと輝かせた。良かったね。

 本当に、良かった。








 あれから日が暮れてきて、空には満月が。

 けれど月城君は目を覚まさなかった。

 月城君の肩を撫でてみるけれど、なんの反応もなくて、本当に眠っているみたいにずっと意識がない。

 隣には歌帆がついていてくれて安心だけど、やっぱり不安なものは不安で。

 どうしてずっと気を失ったままなんだろうか。


「月城君……」

「まなみ、少し休んでいたほうがいいわ。あれからずっとそこでしゃがんでいるでしょう?」
「……わかったわ、少しだけ離れてるね」


 わたしは歌帆に言われた通り月城君から離れて近くの木に寄りかかった。

 決して李君の力が強かったわけじゃない、けれど月城君はそのまま、どうして。

 それに色々なことが起こっていた原因のクロウカードが集まったっていうのに、歌帆もケルベロスさんも少しも嬉しそうにはしなかった。

「そうですわ!もう最後のカードに名まえは書かれました?」
「ううん、まだ」
「ではぜひその場面を」

「……さくら、名まえ書いたらカードは全部封印終了や」
「うん!」

「……準備はええか」
「え?」

「……最後の『審判』よ」

 最後の『審判』、歌帆はそこにいる人だけに聞こえるような声の大きさで、ゆっくりとそうつぶやいた。

「カードが…!」

 さくらちゃんがもっていたカード達が次々に飛びだしてふわふわとさくらちゃんの周りを飛んでいる。それもぱあっと光りながら。

 そして次の瞬間、横になっていたはずの月城君がふわ、と宙に浮いて光に包まれる。

「雪兎さん!?」「月城君!」

 さくらちゃんといっしょにわたしは叫んでいた。

 月城君は光の中、下には魔法陣みたいなものが広がって、大きな羽が広がって月城君を包んでいく。


 カッとさらに眩しいくらいに光ったかと思えば、そこには人が現れた。ううん、人ではないけれど、月城君じゃない誰か。

 でも月城君によく似た、真っ白な出で立ちに大きな羽、長い髪にとっても綺麗な顔つき。

 ……「月」の力をすごく感じた。


「だ……だれ?」

 怖がるような仕草をするさくらちゃんを守るようにその人との間に立ち塞がるケルベロスさんは話しはじめた。

ユエ… 『クロウカード』のもう1人の守護者や」

「この人が……ユエ……」

 そしてそれじゃあ雪兎さんはどこにいったの、と慌てるさくらちゃんに今度は歌帆が答えをだした。

「月城雪兎……彼がユエだったのよ」
「え!?」

「………久しぶりだな、ケルベロス」

 油断していた、とケルベロスさんは言う。

「よぉ考えたらおまえ人間のにーちゃんになっとるとき、わいに直接会うてへんかったな。初めておんなじ空間におったんが学芸会んとき、確かにあんときが一番『月』の気配が強かった。………けど…このねーちゃんがそばにおったさかい気がつかへんかったで」

 それは歌帆のことだ。ケルベロスさんは歌帆に視線を向けた。

 ケルベロスと対で産まれたもう一人のクロウカードを見守る者、『ユエ』。

「中国語で月のことや、ねーちゃんも知っとるな」

「このまえ学芸会のときも同じこと聞かれたわね、…知ってます。わたしもちょっとだけ関係者だし」
ユエとつるんどったちゅうことか!?」
「いいえ、初対面よ」

「ちょ… ちょっと待って! ぜんぜんわかんないよ!どういうことなの!?」
「ケルベロスと同じだ」

 ユエさんはふわりとさくらちゃんに近づいた。

「魔力が足りない状態では真の姿に戻れない…だからあの姿でいたんだ」

「じゃ…月城さんは…」
ユエの仮の姿…!?」

 さくらちゃんに近づいたユエさんは、さくらちゃんの顎にすっと手をあてると表情をみるようにぐっと顔を近づけた。

「…この姿で会うのは初めてだな、『選定者・ケルベロス』が選んだ次のクロウカードの主候補」
「雪兎さん…」

「さくらやったら、おまえをなんとかできるはずや!」

 ケルベロスさんとユエさんの間には何か確執でもあるのだろうかというくらい険悪な空気がそこに漂った。

「……あいかわらず、甘いな」
「……おまえもあいかわらず性格悪そうやな」

 何か攻撃でもされそうな雰囲気に、ケルベロスさんはさくらちゃんを守るように近寄ってユエさんを遠ざけた。
 どうやらふたりは気が合わないらしい。

 まだ混乱しているさくらちゃんを落ち着かせるように話すケルベロスさん。
 さくらちゃんはカードを集めたら『災い』は起こらないんじゃないの?とケルベロスさんに詰め寄っている。

「クロウカードを全部集められたもんには最後の『審判』があるんや」

 ユエさんはケルベロスさんの言葉を待っていたかのように、月峰神社の鳥居の上に飛び乗った。

 そして大きな羽と透き通るような髪を風になびかせる、薄い微笑みを浮かべた。


「クロウの作りしカードたちよ」
「汝らの主たることを望む者がここにいる」
「『選定者・ケルベロス』に選ばれし少女 名をさくら」
「少女が真に我らの主にふさわしいか 我『審判者・ユエ』 最後の『審判』を行う」