ex. Like my father〈1〉
「ただいま」
「お父さん、おかえりなさい」
「おかえり」
お仕事が終わって帰ってきた藤隆さんを出迎える2人に続いてお邪魔してます、と挨拶をすると笑顔でいらっしゃいとこたえてくれた藤隆さん。
いつもと変わらないさわやかな笑みで荷物を置いてきますねと階段をのぼっていく藤隆さんに気をとられていると、さくらちゃんも同じようで。
お父さんのことが大好きなんだとわかる表情でいた。
「さっそく焼きはじめようか、さくらちゃん」
「はい!」
「焦がすなよ」
「こがさないもんっ」
「はいはい」
ぎりぎりまで準備してあとは焼くだけになったモダン焼きを焼きはじめるさくらちゃんと、ちょっかいを出すふりをして火傷しないか心配でじーっと見つめる桃矢君はとても良い兄妹だ。
最初はわたしが焼こうと思ったけれど、さくらちゃんがわたし頑張ります!と張り切ってくれたのでおまかせしてそれをしっかり見守ることにした。
今日は一応わたしがお客さまだからといつも以上に気をつかおうとしてくれるさくらちゃん。
桃矢君はよそよそしくそれを見守り、ああ違う、これはさくらちゃんをとられてちょっと拗ねている桃矢君の表情だ。
奈々ちゃんや景子にそれを言えば彼女をとられてすねているんでしょうと叱られたけれど、桃矢君のこれは本当に違う。
可愛い妹がとられてすねている表情をよくする。
本人はそれをあまり気づかれたくないようだけれど、わたしと月城君はその表情をよくみるからわかってしまう。
お皿やお箸を用意しながら桃矢君にこそりとそれを伝えると、言い返してくることなく照れて無言になってしまった。
「とっても上手だね、美味しそう」
「あ、ありがとうございます」
その間にもさくらちゃんは上手に生地を焼き上げてくれていて、いい匂いがしてくる。
「今日はお好み焼きですか?」
「モダン焼きだよ」
藤隆さんが2階から降りてきてキッチンに顔を出すと、さくらちゃんが楽しそうにそれにこたえた。
まなみさんに手伝ってもらったんだ、とさくらちゃんが言えばそれはありがとうございます、と言われて困ってしまった。
「わたしは見ていただけです、ほとんどさくらちゃんが頑張ってくれて」
そんなことないですと慌ててこんな事をしてもらった、教えてもらった、と話すさくらちゃんを藤隆さんも嬉しそうに見守る。
桃矢君も机で頬杖をついたままだけれどその様子を頼しそうに見守っていた。
「おいしい!」
見事に焼き上がったモダン焼きはとっても美味しくて、見た目もお店で出てくるみたいに素敵だった。
さすが普段からお料理をしている子は違うなと感心してしまう。
わたしが小学生の頃はお料理なんてまったくできなかったのにさくらちゃんは本当にすごい。
藤隆さんが桃矢君とさくらちゃんを立派に育てているのだと感動してしまった。
「本当においしいよ、さくらちゃん」
「まなみさんに教えてもらった通りにしたからです!いままでで一番上手に出来ました!」
「さくらちゃんが頑張ったからだよ」
お互い褒めあって照れあって、さくらちゃんの可愛い姿は本当に癒される。
おいしいモダン焼きを食べながらこんな風に会話して、みんなで食卓を囲むことはこんなに幸せなことなんだとあらためて思った。
普段ならお家で1人ご飯を食べているからか、家族みんなで一緒にご飯を食べることを少しだけ羨ましく思った。
わたしの幼い頃両親はとても忙しいのにご飯だけはなるべく一緒に食べられるよう努力してくれていたから、お母さんお父さんどちらかが必ずいっしょにいてくれて、1人でご飯を食べることはほとんど無かった。
けれど一人暮らしをはじめてからは1人でご飯を食べることになって、はじめてそれを少しだけ寂しいことなのだと思った。
けれどそれは慣れてしまえば忘れるもので、寂しい以上に毎日がとても楽しく充実していたから。
その寂しさを少しだけ思い出したわたしの心のなかを知ってか知らずか、またいつでも遊びに来てくださいねと微笑んでくれる藤隆さん。
そう思っていてくださることがとてもありがたいと思った。
「さくらにしてはまあまあだな」
桃矢君はモダン焼きお好み焼きが得意らしくてそれにはさくらちゃんも言い返せないらしい。
ちゃっかりおかわりして2枚目を食べている桃矢君。素直においしいって言ってあげればいいのに。
「そうだまなみさん、雑誌ありがとうございます。さっそく飾らせてもらいますね」
モダン焼きを食べ終えた藤隆さんはお茶を飲みながら食器を片付ける。
そして席に戻ってきてからわたしが持ってきた雑誌をリビングから持ってきて表紙を指さした。
「さくらちゃんとびきり可愛く撮れてますもんね」
「はい、とびきり」
「ほ…ほええ」
とびきり可愛く、と言われてさくらちゃんは照れて赤くなってしまった。
きっと藤隆さんは日頃からさくらちゃんのことを沢山褒めてあげているだろうけれど、可愛いなんて言葉は誰に言われても照れてしまうだろう。
「それで、このページなんですけど…」
「?」
わたしも食器を片付けて洗おうとしたところを桃矢君にとめられて大人しく席にもどったら、藤隆さんが雑誌をペラペラとめくりながら話しはじめた。
「まなみさんといっしょに写っているほう、しばらく飾らせてもらって良いですか?…ここに」
ここに、と言いながらテーブルを撫でる藤隆さん。
藤隆さんのいう"ここ"は撫子さんの写真のとなりだった。
「そんな、わたし、」
「撫子さんもいつもひとりでは寂しいでしょうから」
ぼくたちがこのテーブルにいないとき、と優しくわたしに微笑みかけてくれる藤隆さんは実は策士なのかもしれない。
だってそんなに優しく微笑まれたら断ることなんて誰にも出来ないだろうから。
撮影をした最後の日の帰り道、桃矢君と確かにそんな話をした。
『わたしがみたいの、藤隆さん、桃矢くん、さくらちゃん、そしてまなみさんがいっしょに写ってるところ』
そんな風に撫子さんに言われたわたしは木之本家の家族団らん写真にいっしょにおさまることになった。
入る気はなかったのに撫子さんに背中を押されてさくらちゃんの隣で笑顔をみせることになったのだ。
わたしはそのときの写真を預かっていた。雑誌と一緒に郵送されてきたものだ。
月城君や知世ちゃんもいっしょに写っている写真もある。
飾るのならこの写真だと思った。
「あの、飾るのならこの写真を!」
「わあ!これみんなでいっしょに撮った写真ですね」
モダン焼きをついに食べ終わったさくらちゃんも加わって撮られていた写真の観賞会がはじまってしまった。
桃矢君も一枚一枚真面目にみている。
そんな隣で藤隆さんも嬉しそうに写真達を眺めている。けれど藤隆さんはその写真を手に取ることはなくまだ雑誌を持ったままだった。
「集合写真はもちろん飾りますよ。皆さん写っているし、記念でもあるから」
「では」
「でも違うんです、このページを飾りたいんですよ」
藤隆さんはその飾りたいらしいページを優しく見つめる。
恥ずかしさや他人の写真を人の家に飾ってもらっていいものか、色々なものが心の中を渦巻いていたけれど断る理由もなくわたしは「わたしでよければ」と変な返事をしたのだった。
さくらちゃんは自分の部屋に、桃矢君はお風呂に、桃矢君の部屋にいたお風呂上がりのわたしは飲み物のおかわりを貰おうとキッチンまでおりてきていた。
するとそこにちょうど藤隆さんがやってきてお茶ですか、ぼくがいれますよ、とコップをさらわれた。
お茶がはいったそのコップを渡されると、少しだけお時間いいですかとリビングのソファーを指差す藤隆さん。
うながされるままわたしはソファーに腰を下ろした。
「さっき理由を伝えていなかったと思いまして」
「理由……写真のこと……ですか?」
「そうです。ぼくがどうしてあの雑誌の写真を飾りたいと言ったのか、さくらさんの前ではちょっとだけ」
「そんな……わたしが聞いていいことなんでしょうか……?」
「いえいえ、まなみさんにはお伝えしたくて」
優しい笑顔のままお茶をひとくち、藤隆さんは話しはじめた。
「さくらさんの笑顔がちがうんですよ。不思議なんです、皆さんと写っている写真はもちろん幸せそうなんですが」
当たり前すぎるけれど、さくらちゃんの笑顔は本当に人を幸せにする。
それはきっと藤隆さん撫子さんのおかげだ。もちろん桃矢君も。
「撫子さんに向ける笑顔によく似てるんです、まだ小さい頃、そして今も切りぬきに向かって微笑んでくれるその表情が」
「……表情が、ですか」
「よく笑ってくれる子だからこそ、撫子さんがいない寂しさをみせることが無いんです。この格好をしているまなみさんが撫子さんに似ているから、ということもあるのかもしれません。けれどそれだけじゃない。ちがうんですよ、このさくらさん」
「…………」
「まなみさんから向けられた笑顔と想いに気づいてるんです」
とっても幸せそうなんですよ、と続ける藤隆さんにわたしは何故だか泣きそうになってしまった。
「きっと撫子さんもこのさくらさんの表情をみて、喜んでいると思うんです」
うれし涙だけじゃない切ないような気持ちもある。
「すみません、困らせてしまいましたね」
「いいえちがいます。…嬉しいです、藤隆さんにそう言ってもらえて、さくらちゃんの表情のこと教えてくださって」
「こちらがお礼を言いたかったんです。さくらさんのことを大切に思ってくれて、ありがとうございます」
さくらちゃんに言われたお母さんみたい、という言葉に応えたいような気持ちもあった。
けれどそうじゃなくて、わたしはあの時さくらちゃんのことがただ本当に大好きだよって思っていた。
きっとその思いがさくらちゃんをそんな表情にしたのだと藤隆さんは思ってくれている。それはとても嬉しいことだった。
「月城君もですが、まなみさんもまるで息子や娘みたいで、とても放っておけないといいますか…」
「うれしいです、わたしのお父さんより藤隆さんの方がずっと格好いいですから」
「ははは」
そうしている間にお風呂場の方から音がする。桃矢君がこちらにくるかもしれない。
「桃矢君がくる前にもうひとつだけ」
「?」
「さくらさん、お姉さんが出来たみたいでうれしいって言っていたので。ぼくもそうなればうれしいと思ってますよ」
「……は、はい……」
「ん?父さんにまなみ…って変な組み合わせだな」
お風呂上がりの桃矢君は冷蔵庫に牛乳を飲みにきたみたいだった。
パタンと冷蔵庫を閉めて紙パックのままぐびぐびとのむのはものすごく清々しい。
にこにことした藤隆さんはそれではお風呂はいってきます、とさっとその場を後にする。
「お茶をいただいてました」
部屋にいたんじゃなかったっけ、と視線だけで伝える桃矢君にわたしはそう返した。
「ふーん」
きっとなんとなく、いやだいたいの事は想像がついているだろう桃矢君はそう言うと牛乳を冷蔵庫にもどして部屋に戻ろうとする。
わたしもそれについていくとほい、とドアを開けてくれた。まるでレディーファーストみたい。
「で、何の話してたんだ」
それは後でお話ししようかな。
いまは少しだけ嬉しかったその余韻にひたっていたいような気分だった。
ex. like my father
(xoxo)