01 不思議なことばかり〈2〉
「森下さん!」
「?」
廊下で声をかけられ振り返ると、そこには昨日転校生として星條高校にやってきた秋月さんがいた。
「秋月さん」
「奈久留でいいって!あ、わたしもまなみって呼んでいい?」
「…じゃあ…奈久留ちゃん?」
クラスにやってくるなりフレンドリーで明るい奈久留ちゃんはたちまち人気者だった。いく先々で同級生達に囲まれて、それにニコニコ笑顔で返しているのをよく見かけた。
転校した初日から何故か桃矢君に抱きついたりしているのをみて、親友の奈々ちゃんと景子は悲鳴をあげていたけれどどうしてだろうか、わたしは嫌な気分にならなかった。それは奈久留ちゃんが月城君と同じ、人間じゃない不思議な存在だとすぐに気づいたからだった。
力のあるものは力のあるものに惹かれる、というのが奈久留ちゃんには当てはまるような気もする。桃矢君も嫌がっているようにみせかけて本気の抵抗はしていない。人間にも、人間でないものにも優しい桃矢君らしい。
「きのうは全然お話し出来なかったからお話ししたくて!」
「わ、っ」
桃矢君にしたようにわたしに抱きつく奈久留ちゃんに思わずびっくりしてしまった。可愛らしいいい香りがふわりとする。髪の毛もさらさらだった。
「あなたとっても素敵」
「え」
「素敵なものをもってるわねって ハ・ナ・シ」
抱きつかれたと思ったら今度はすぐ離れて両頬を両手で優しく包まれた。そしてわたしよりほんのすこしだけ背の高い奈久留ちゃんはグイッと顔を近づける。
「とっても可愛くて、とってもおいしそう!」
最後ににこりと笑ってそれじゃあまたね!と手を振って廊下の先を歩いていく姿はまるで嵐みたいで。
それにおいしそうって……なんの話?
「気をつけろよ」
教室で桃矢君月城君と3人でおしゃべりをしていたとき、そういえばさっき奈久留ちゃんに抱きつかれたのだと話せば途端にがっくりとうな垂れる桃矢君。そして顔を上げたと思えばため息をひとつ、わたしに気をつけろと言う。
「お前だれにでもいい顔するからな」
「それは桃矢君も……月城君もいっしょじゃない?」
「そういう話じゃねぇよ」
「はは、とーや秋月さんにまなみが取られるんじゃないかって心配してるんだ」
くすくすと笑いを堪えきれない月城君は口元に手を当てながらそう言った。
そこで会話が中断された。桃矢君に他のクラスの男子生徒からお呼びがかかったのだ。
どうやら同じクラブの生徒みたいで、クラブの事で連絡することがあるらしい。すぐ終わる話みたいだ。わたし達の席からは教室の外で話す2人の姿がちょうどよく見えた。
「この雨だから明日もクラブないのかな」
「グラウンドつかえないもんね」
月城君とわたしは窓際の席で同じく空を眺めた。とっても不思議な雨だ。
「ねえ、まなみ」
「どうかした…、?」
外から視線をもどすと、いつからだろうわたしを見つめる月城君としっかり目があった。
話しているのだから目があうのは当たり前なのだけれど、それにしてもピッタリと視線がぶつかったので少しだけ姿勢を正した。
「秋月さんのこと、だいじょうぶなんだね」
「……奈久留ちゃん?」
月城君は桃矢君に抱きつきにいく奈久留ちゃんのことを見て、わたしがショックを受けていないか心配してくれているのだ。
「だいじょうぶだよ」
「そう、ならよかった」
いつだったか文化祭の劇で王子様を演じた演劇部部長の容子ちゃんが桃矢君を好きだということをうっかり2人で聞いてしまったときがあった。そのときも月城君はわたしのことを一番に気づかってくれた。
月城君は本当に心優しい人だ。
人、というのもおかしな話なのかもしれないけれど、性格の違いそうな本来の姿をみた後でも、心優しい人だという印象はずっと変わらない。
「確かに文化祭のときみたいにはへこんでないみたいだね」
「へ、へこんでた?」
「とーやのこと独り占めしてるみたいで申し訳ないって言ってへこんでたよ」
「……そうだった……」
「でも今回は前みたいじゃないし、それに……観月先生のときはまなみも複雑な気持ちがほんの少しだけどあったじゃない?それが今回はむしろうれしそうにしてるなーって」
そうなのかもしれない。奈久留ちゃんみたいに人間じゃなくてもきちんと?接してくれる桃矢君の姿をみているのが、実は好きなのかもしれない。
これは月城君も同じで、でもこの気持ちをその通り月城君本人に伝えることはまだ難しいから。
「奈久留ちゃんのこと好きだからかな」
「そう、秋月さん面白い人だもんね」
「でしょう」
そうしている間に桃矢君が教室の外から帰ってきた。
「なに盛り上がってんだ」
「秋月さんの話」
いつも通り月城君が直球で隠すことなくそれを告げた。月城君は桃矢君を面白がっているのだ。するとまだその話してたのかよ、と面食らった表情をする桃矢君。あきらかに疲労している。
「……さっきの奴にも最後に秋月と何かあるのかって聞かれて…もう散々だわ」
はあ、と大きくため息をつく桃矢君はこの2日間で本当にため息が増えた。
そんな姿の桃矢君がめずらしくって、月城君と2人してわたし達はそんな桃矢君の姿を少しだけ面白がっていた。
「森下さーん!」
休み時間にプリントを職員室まで持っていく仕事を頼まれた桃矢君と月城君とわかれて、教室でひとり次の授業の準備をしていたところをまた奈久留ちゃんに抱きつかれた。
「あ、さっきのまなみちゃーん!だったわね」
間違えちゃった、と笑顔でわたしの肩に横から抱きついたまま話しはじめる奈久留ちゃん。
「ハグが好きなの?」
「やだー、誰にでもするわけじゃないのよ?」
まなみだからしたくなっちゃうの。という言葉は多分嘘ではないと思う。
「あれ…いまは桃矢君達といっしょじゃないんだ」
「月城君と2人でプリント届けにいったよ」
「それ!先生が早く持ってこいって言ってるの」
「え?」
「いっしょに言いにいきましょ!」
ほら、と手を握られてそのまま廊下へかけていく奈久留ちゃんにひっぱられて廊下へ出てしまった。
やや強引にも思えたけれど嫌じゃないのはきっと彼女の人柄なのか。いや、人間じゃないのに人柄っていうのも変な話か…。
「いたいた!桃矢くーーん!!」
ひっぱられるままに廊下を進んでいくと桃矢君と月城君の後ろ姿が見えた。
それを見つけた瞬間に奈久留ちゃんはわたしの手をはなすと勢いよく桃矢君の首に抱きついた。
「先生呼んでたよー!早くプリント持ってこいって!」
あまりの勢いに桃矢君は一瞬息を詰まらせると何故かちょっとだけ残念そうな表情をしてから息をついた。その理由はわからなかった。
「……いまいく……ゆき、プリント乗っけろ。ひとりではこべる」
桃矢君はまた何故かプリントをひとりで先生のもとまで持っていくという。とにかくこの場からはやく離れたいようだった。
まだ抱きついたまま離れない奈久留ちゃんにそのままだと動けない事を伝えて離れてもらうと、そのあとは何も言わずにその場から去っていってしまった。それを手を振って見送る奈久留ちゃん。
わたしをこの場に連れてきた意味が何かあるのかなあと考えていたら、奈久留ちゃんはくるりと振り向き今度は月城君をじっと見つめた。
さっきまでとは全然違う、とっても大人っぽい表情だった。
「……まだみたいね」
声もいままでとは違う少し落ち着いた声。別人とまではいわないけれど、そのくらい違ったものだった。
「え?」
いままでとは違う声に表情、それに何のことを言われているのかわからない月城君は思わずそう口にした。
「……だったら、わたしがもらうね♡」
とびきりの笑顔でそう言うと、奈久留ちゃんは一度わたしの方を向いてまた笑って、今度はわたし達を置いてひとりで廊下の先へ走って行ってしまった。
何を奈久留ちゃんがもらうのかよくわからないけれど、でも確かにわかったことがある。
わたしの考えが正しければだけど。
奈久留ちゃんは月城君とは違って自分が人間でないことを知っているし、桃矢君とわたしがみんなには無いチカラを持っていることに気づいている。とっても不思議な子。
もちろん月城君が自分と同じだということもわかっているのだろう。それを知っていて何か月城君に気付かせようとしたのか…。
不思議な雨に、不思議な転校生。
クロウカードが集まって平和になったと思っていた友枝町に一体何が起こっているんだろう。