02 ○○について〈1〉

 


 不思議な雨はやんだものの、翌日さくらちゃんは学校をお休みすることになった。

 朝、月城君といつもの場所で桃矢君とさくらちゃんを待っていたけれど、いつもの時間になって来たのは桃矢君だけで。

「さくらちゃん、風邪?」
「あー…なんか調子悪いみたいで朝から寝てる」
「そっか」

 月城君は昨日は元気そうだったのに悪いことしちゃったな、とショックをうけているみたいだった。
 あれからさくらちゃんはずっと眠り続けているのだろうかと思って桃矢君にそれとなく聞けば、朝ねむいだけだと言ってまたすぐねてしまったらしい。複雑そうな表情をしている桃矢君はおそらく昨日何かあったことに気づいているのだろう。

 そしていつものように桃矢君の自転車の後ろに月城君が乗って進みはじめたので、わたしもそれにあわせて自転車を漕ぎはじめた。

「熱はないみたいだけど、きょうはクラブ休んで早めに帰るわ」

 藤隆さんもなるべく早く帰ってくるといっているらしい。わたしも何故さくらちゃんが眠っているのか知っていてもやっぱり心配なものは心配だった。







「桃矢くーん♡」

 お昼休みに奈々ちゃんと景子と昼食を外で食べていたら、グラウンドからきょうも元気な奈久留ちゃんの声が聞こえてきた。

 奈久留ちゃん以外にも何やら騒がしい声が沢山聞こえて少しのぞいてみれば、バスケ部の男の子達とまわりにも人が沢山いた。試合でもしていたのだろうか。
 耳をすませてみれば、どうやら奈久留ちゃんがバスケ部の男の子達を相手に一人でゴールを決めたらしい。それは見ていた人達も盛り上がるはずだ。

 奈久留ちゃんの運動神経の良さは昨日のうちに学校中に知れ渡っていた。それは昨日の体育の授業で身体能力の高さを見たわたし達クラスメイトの誰かがその話をその日のうちに広めたからだった。その話は瞬く間に広まっていったから、運動部の上級生達がこぞってうちの部にと彼女を勧誘しにきた。
 けれど奈久留ちゃんはどの部にも入らないらしい。

「ありゃ残念がるわけだ」
「うちの部長もすごく残念がってたよ」

 テニス部に所属している奈々ちゃんは先輩達がみんな欲しい悔しいとそれぞれ口にしていたそう。
 あれだけ運動神経が良いならどの部に入っても活躍できそうなのにもったいないなと思った。

「月城君みたいね」
「確かに」

 奈々ちゃんと景子がそう口にする。運動神経がものすごく良いのにどの部にも入っていない、というところだろう。

「それで、どうなの」
「?」
「奈久留ちゃんよ!」
「あれだけ木之本君好きアピールしてるの気にならないの?」

 購買で買ったサンドイッチや菓子パンを食べながらやや興奮気味でそう聞く2人。わたしはそんな2人に勢いでおされながら、興奮を抑えるように2人の呼吸を整えさせた。

「2人が気にしすぎなんだって」
「まなみが気にしなさすぎなの」
「いくら月城君と付き合ってることになってるからってそこまで演技しなくていいんだよ?」

 やっぱり興奮がおさえられない2人は奈久留ちゃんがはじめて「桃矢くーん♡」と抱きついたときちょうどその場にいた。そのときわたしは月城君と隣で談笑していたのだけれど。
 桃矢君がモテることを知っている学校のみんなは奈久留ちゃんの行動に驚きこそしたものの、特別に騒ぎたてるような様子はなかった。
 けれどわたしと桃矢君が恋人同士であることを知っている奈々ちゃんと景子は2人だけぎゃ!と悲鳴をあげたのだ。奈久留ちゃんと桃矢君より目立っていた。

「普通はびっくりするわ!悲鳴くらいでるわよ」
「それがまなみったら月城君の隣でにこにこしちゃって」
「びっくりしたよ?ただ嫌なわけじゃなくて…」
「嫌じゃないのがおかしいの!」

 普通恋人ならここで怒るのよ、と2人には散々このことで怒られている。

「確かにまなみはいい子だから…でもだからって本当に嫌じゃないの?」
「う、うん……」
「……そんなだからいつまで経っても月城君とラブラブなんだわ」

 あれから、というか月城君と付き合ってるという噂が広まってからずっといままでその噂は消滅することなく学校のみんなに広まっている。なんでももう熟年夫婦のようと思われているみたい。
 それはわたしと月城君が特に否定することなく仲よく接しているのが原因でもあったけれど、そうしていよう、と桃矢君月城君と決めたのだから仕方ない。

「わたし達、これでも心配したんだからね?」
「……まあ木之本君とラブラブだから安心しろってことなのかしら……」
「らっ、ラブラブ…?」
「違うの?」

 学校ではそんなそぶりちっとも見せないけど、とジトッとした目でわたしを見つめながら言う2人。

「だいじょうぶだよ、…桃矢君は少し大変そうだけど…」
「まあ恋人でもないのに抱きつかれちゃね」
「木之本君もはっきり嫌だって言えばいいのに…」

「桃矢君、やさしいから…」

 抱きつかれても本気で嫌なそぶりをみせないのは人間じゃない奈久留ちゃんを気づかっているのだと思う。
 そうは2人には言えないけれど、桃矢君は優しいから本気で嫌がったりはしないと言えばなぜか2人は急に無口になった。

「………惚気ね?」
「そ、そんなつもりじゃ!」
「聞いた?景子ちゃん」
「聞きました」

 惚気だー!とまた盛り上がる2人にわたしはヘトヘトだった。
 こんなに大きな声でしゃべっていたらバスケ部の人達がいるところまで声が聞こえてしまいそうで。
 
案の定向こうにいたはずの奈久留ちゃんがこちらに気づいたみたいで、わたし達のほうに寄ってきているのがわかる。奈々ちゃんと景子は少し驚いていた。

「まなみーー!」

 勢いよく抱きつかれて、わたしは座っていた芝生にそのまま倒れ込んでしまった。

「何してるの?あ、そのサンドイッチおいしそう!ひと口頂戴?」

 ちょうだい、と言っていいよと言う前に奈久留ちゃんは起き上がってすでにひと口食べ終えていた。おいしー!ととびきりの笑顔でわたしの前に膝をつく。

「えっと…」
「奈々ちゃんに景子ちゃんでしょう?わたしもお昼いっしょに食べていい?」
「ど、どうぞ…?」


 本当に奈久留ちゃんは嵐みたいな人だ。