幕間 嘘つきなわたしの夢の話

 夢だ、と思った。困った顔をして私を見下ろす真一郎は、記憶の中にある最期の姿よりもずっと若くて、幼かったからだ。

 真一郎の出てくる夢は大抵、過去に実際に体験したことをそっくりそのままなぞったようなものばかり。今回のこれもそうだ。細かいことは思い出せないけれど、ぐしゃりと手元で形を変えた画用紙を見下ろせば何が起きたのかは大体思い出せる。


 保育園で描いてきた絵を渡して「お兄ちゃんの妹になりたい」と言って、「兄妹にはなれないだろ」と困った顔で言われてしまった。ただそれだけの、言葉にすれば簡単な事だ。従兄妹が兄妹になれるはずもないということも今ならよく分かる。
 だけどまだ四歳にもなっていないような私にはその言葉はただの拒絶でしかなくて、わあわあと声を上げて泣いた。悲しくて悲しくて、泣いたって真一郎の妹にはなれないのだと認めたくなくて泣き続けた。

 そんな私に当時小学生だった真一郎は慌てて、そうしてどうにか泣き止ませようと私の前で変顔をしたり、私を抱っこしたりして、それでも泣き止まない私に困り果ててしまったのだろう。だからあんなくだらないことを言ったのだ。

「泣かない方が可愛い」

 ポロポロポロポロ、夢の中だからこそ止めることも出来ずに溢れ続けていた涙の勢いが弱まる。見上げた先にいる真一郎は、滲んだ視界でも分かるぐらい分かりやすくほっとして言葉を続けた。

「笑ってる方が可愛いから、もう泣くなよ」

 ぎゅっと唇を噛んで涙を堪える。目尻に溜まった涙を手の甲で拭って見上げた先で、真一郎は安心したように笑っていた。

 今思えばそれで泣き止む私は単純すぎだし、真一郎のことが好きすぎた。兄になってくれないような男だ。真正面から私の兄にはなれないと否定してくるような男。たくさん酷いことをされた。思い出したくもないようなトラウマがいくつもある。真一郎のことを思い出すだけで辛くて悲しくてたまらなくなる。

 だけどそれでも、私は真一郎が好きだった。

 十三年以上経ってもあの日の呪いが解けないことが何よりその証明だ。

ふたつおりのひとひら