綺羅星を運ぶ君の名前

 近所で悪い意味で有名な不良グループに対して思うことは「近所迷惑だからどっか行け」一択。たとえその不良グループのトップが従弟だったとしても、「やめろ」と思う。不良行為には百害あって一利なし。捕まっても知らないからな。

 今日も今日とて改造バイクの排気音を響き渡らせて集会場所に向かったらしい従弟の姿を窓越しに見つめ、呆れが九割を占めるため息を吐きながらカーテンを閉めた。他のグループと比べれば一般人に対する迷惑度合いは低いのかもしれないが、それでもこの騒々しい排気音だけで十分迷惑行為だ。中学生なら自転車に乗れ。

 次に会ったらバブバブうるさいと文句を言ってやろうと固く決意しつつ、ソファーに戻って一時停止していた映画を再生しながらポップコーンバケツを抱え直した。祖父が腰を痛めたそうで母は実家に帰っている。ついでに明日は創立記念日で授業もない。となれば満足いくまでお菓子を食べて映画を見て夜更かしをするに限る。
 祖父のことは心配ではあるが、この家から母の実家まで歩いて三分も掛からないのだから明日の昼にでも顔を出せばいいだろう。今はこの恋愛映画を最後まで観てイザナくんの心を射止めるための計画を立てなくてはならないのだ。これは超重要任務。

 画面の中で浮気をしたしてないで揉めている男女をじっと見つめながらポップコーンを食べ進める。イザナくんは浮気とかするのかな。しないでほしいけど、私が知ってる限りイザナくんは普通にモテるし、そもそも今の私はイザナくんの彼女でもなんでもないし、本人に「浮気しないでね」なんて言えない。イザナくんの人生のヒロインレースを独走している自信はあるけど、浮気相手は人生のヒロインにカウントされるか微妙だろうし……。

 そんなことを考えているうちに、画面の中の男女は早々に仲直りのキスを始めた。その合間合間に何か言ってるようだが、家の外で聞き慣れたバブバブバブバブという排気音が繰り返されているせいで何も聞こえない。イザナくんが浮気をする人かしない人かという点は置いておいて、浮気された時の許し方とかは結構大事だと思うのでちゃんと聞いておきたいんだけど。というかなんで戻ってきてるんだよ。

 仕方ないから再び映画を一時停止してソファーから立ち上がり、ポップコーンバケツを持ったままカーテンを開けて外を見ようとした時に、インターホンが鳴らされた。というか私の名前を呼びながら連打されている。もちろんうるさい排気音のおまけ付きだ。全然嬉しくない。

 しかしこの状態で無視を続ければどうなるかは火を見るより明らか。恐らく私が出てくるまでインターホンは押し続けられることであろう。慌てて玄関に向かい、鍵を開ける。その先にいたのはやっぱりと言うべきか、私の従弟に間違いなかった。

「うるさいんだけど」
「こうしねぇと出てこないじゃん」

 平然とそう言った万次郎の、欠片も悪いと思っていないような曇りのない笑顔にため息がこぼれる。私が居なかったらただの近所迷惑どころか警察を呼ばれてもおかしくないようなインターホン連打だったわけだが、そこのところはどう思ってるんだろうか。

「私今映画観てんの」
「ポップコーンもーらい」
「聞け」

 再びため息をついて、仕方がないからポップコーンバケツを万次郎の方に向けてやる。見てるか真一郎。お前が甘やかした結果、万次郎はこんな奴になったぞ。やりたいことをやってる従姉の邪魔をすることを申し訳ないとも思ってないぞ、コイツ。

 夏特有のじめじめした生温い風が肌にあたって気持ちが悪い。もう既に入浴も済ませているので早く室内に戻りたいとアピールしても、万次郎はポップコーンを食べで笑うばかりだった。遠慮が無さすぎる。

「この後チームの集会なんじゃないの?」
「そうそう。もうすぐ始まる」
「なら早く行きなよ。総長が遅刻は情けないよ」
「準備出来てんならもう行くけど」
「は?」
「紹介したい奴いるから来てって言ったじゃん」
「一言も聞いてないけど」
「そうだっけ。じゃあ今言った」
「アンタさぁ……」

 今言ったって、そんなめちゃくちゃなことあるか。いくら暇そうに見えるからって私にだってやりたいことはあるし、今日の場合は映画を観てイザナくんの心を射止める計画を練るという何より大切な予定がある。そんな突然「集会に来い」だとか言われても、「無理」としか答えようがない。

 既に半分以上食べられてしまったポップコーンを回収して背に回し、万次郎を睨む。

「無理。嫌。絶対行かない」
「なら集会終わったらここまで連れてくるから起きてろよ」
「ふざけてるの?」
「じゃあ集会来て」
「ふざけてるでしょ」

 どっちも嫌だ。というかその二択はもうほとんど一択でしょ。

 これは埒が明かない。一人でこのわがままボーイの相手をするのは疲れる。何か言っている万次郎を無視してズボンのポケットに入れていた携帯を開き、着信履歴のそれなりに上の方に名前のある共通の知人に電話をかける。さっさとコイツを回収してくれ。

「もしもし、ドラケン? 私だけど。今家で万次郎が騒いでるから回収しに来て」
『あー……』
「ケンチン呼ぶのは卑怯だろ!」
「だってアンタこうでもしなきゃ帰ってくれないでしょ」
『マイキーなんて言ってます?』
「ドラケン呼ぶのは卑怯って言ってる」
「ケンチンも説得して! タケミっちに会わせたいんだって!」
「あと、アンタに私のこと説得させようとしてる。なんかたけみっち? とかいう人に会わせたい、みたいな」
『早く来いって言っておいてもらっていいですか』
「回収しに来てってば」
『お願いします』
「ちょっと!」

 無情にも電話は切られた。通話終了いう四文字と短い電話時間の書かれた画面を愕然と見つめていれば、何がそんなに面白いのか万次郎は私を指差して爆笑している。ポップコーンのつまみ食いは許せたけどこれは許せなくて握り拳を作って頭を殴った。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ。

 今度は痛がって文句を言い始めた万次郎を無視し、携帯の電話帳を開いて幼馴染みの名前を探す。物心着く前から万次郎と従弟兼友人だった私にとっては万次郎の幼馴染みイコール私の幼馴染みなのだ。今思い浮かぶ二人のうちどっちに掛けようか少し迷ったが、先に名前が目に入った方に掛けた。

「誰に電話してんの」
「圭介」
「アイツあんま出ねえからなー。千冬に掛ければ?」
「それは千冬に申し訳ないでしょ……。やっぱ出ないなコイツ。春千夜なら出るかな」
「春千夜は着否してるって言ってた」
「アンタを?」
「お前を」
「あンのクソガキ……」

 仮にも幼馴染みだというのに着信拒否とは何事だ。仕方ないので千冬に電話を掛けたのだが、千冬は千冬でワンコールで出たのでこのクソガキ共は差が激しすぎる。経緯を説明して圭介に変わってくれと言えばすぐに変わってくれたし、圭介もこんな所で時間を無駄にしている万次郎に露骨にキレながら「回収しに行く」と言ってくれた。なるべく早く来てねと言ってから電話を切り、座り込んでポップコーンを勝手に食べている万次郎を見下ろす。コイツ……。

 もう一度ゲンコツを食らわせてやろうかと思って拳を握った瞬間にもう片方の手に持っていた携帯がメールを受信する。圭介からかと思ったけれど、なんとイザナくんから。件名も本文も何もなしに添付された映画のチケットは少し前に気になっていると言った新作スプラッター映画のものだ。しかも二枚。これは明らかにデートのお誘いなので、昂る気持ちを抑えてお礼の言葉を綴ったあとに「明日とかどうですか」と記して返信した。
 急にご機嫌になってニヤニヤし始めた私を不審に思ったのか、万次郎はこちらを見上げて「変な顔」と言ってきたけれど、今の私にはその程度の罵倒は一切効かない。イザナくんの前でこの顔をしなければ良いだけだ。

「彼氏から?」
「まだ違う。そのうち旦那さんになる予定」
「めちゃくちゃじゃん」
「結婚する前に付き合わなきゃいけないなんてルールないでしょ。それより圭介が迎えに来てくれるらしいから、さっさと集会行きなよ」
「えー……タケミっちは?」
「それは知らない。というか誰それ。新しい友だち?」
「そうそう。なんか真一郎に似てるから紹介したくてさ」
「へー」

 携帯を仕舞い、空になったポップコーンバケツを回収する。じんわりと額に滲んだ汗を拭って、視線を万次郎から他所に移した。そのまま風に吹かれて視界を遮った髪を耳にかける。真一郎に似てる人か。
 真一郎に似てる言われて思い浮かぶのは、あの脳天気な笑顔とか無責任な言動とか変なところでカッコつけるところとか、そういうものばかりだ。でもそれはあくまでも真一郎との記憶であって、似てる人の特徴を推測して思い浮かべろと言われると途端に何も考えられなくなるし、考えたくなくなる。そもそも真一郎のことですら思い出したくないぐらい。

 まだブーブーと文句を言っている万次郎を見下ろし、小さく息を吸って吐く。真一郎に似てる人、か。

「私からすれば万次郎も真一郎によく似てるけどな」
「見た目だろ? タケミっちはそういうんじゃなくてさ、中身が似てんだよ」
「ってことは、八歳年下の従妹からアイスを奪ったり、カブト虫を持って追い掛け回したり、公園に放置して帰ったり?」
「タケミっちはそれはしなさそう」
「真一郎はもっと酷いこともしたよ」

 万次郎には良いところを見せたがってたし実際に総合的に見て良い兄として記憶に残ってるんだろうけど、奴の弟妹ではなかった私に言わせれば、真一郎は酷い男だった。何度も何度も泣かされたし、奴の私への可愛がり方は今でもトラウマだ。

 真一郎はそういう奴だった。最初から最後までずっと、そういう酷い男だった。


 思い出したくもないことを思い出してしまって少ししんみりした空気を追い払うように大きくため息をついて、万次郎に手を伸ばした。大人しく握ってくれたので無理矢理引っ張って立ち上がらせてやる。全く、いつまで経っても手のかかる従弟兼友人だ。

「……タケミっちに会いたくない?」
「うん。真一郎に似てるなら、会いたくない」
「じゃあそういうの関係なくオレのダチとして今度紹介する」
「是非そうして。あっ、今日は連れてこないでね。私この後映画観終わったら明日のデートに備えてさっさと寝るから」

 まだ返事来てないけど、どの道明日は一日なんの予定も入れていないので横浜まで行ってしまおう。祖父のお見舞いは明後日とかに回して、映画が断られてもイザナくんの部屋で過ごせばいい。

「彼氏じゃねえ男とデートすんのかよ」
「するよ。彼氏じゃない人とデートしちゃいけないってルールないでしょ」

 イザナくんは私の旦那さんになる予定の人なので何にも問題ない。自分も彼女がいないから私だけが先に進むことに焦りを感じているのか、ムッと膨らんだ万次郎の頬を指でつついて潰した。

ふたつおりのひとひら