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溢れるアカシア


「先生?どうしたんですか?」

深月はきょとんとした顔で首を傾げた。

放課後の教室。
ここに居るのは、深月と歴史教師の煉獄だけで、他には誰もいない。

そこで、深月の髪に伸ばされた、煉獄の手。

煉獄はじっと深月を見つめる。
彼女は引き続き、不思議そうに首を傾げていて、煉獄のことを微塵も警戒していない。

それは教師冥利に尽きるが、意識すらされていないのか、と思うと少し溜め息を吐きたくなった。

煉獄は何事もなかったかのように、手を引っ込める。

「埃が付いていたぞ」
「ええ!やだ、ありがとうございます……」

深月は恥ずかしそうに、何も付いていない頭を軽く払う。

本当は、埃なんて付いていなかった。
彼女の髪が綺麗で、彼女が欲しくなって、思わず伸ばした手を、どうにか誤魔化そうと思っただけだ。

煉獄はいつも通りの笑顔を浮かべ、先に教室を出て行った。


*****


ある日の昼休み。
煉獄が階段を登っていると、深月の後ろ姿を見つけた。

彼女の少し後ろには、どこか不審な動きをしている男子生徒が二人。
どうやら、深月のスカートの中を見ようとしているらしい。

思春期らしい行動ではあるが、それを見過ごせるわけがない。
煉獄は足を速め、さくさくと階段を登っていく。
あっという間に男子生徒を追い越し、彼らの視界を塞ぐように、深月の後ろに立つ。

「雨宮!」

ついでに声を掛ければ、深月はスカートを翻しながら振り返った。
男子生徒達が小さく期待の声を上げたが、彼女の腰から下は煉獄の体躯が遮っていて、彼らの目には映らない。

深月は、両手いっぱいにノートを持っていた。
教師の誰かに頼まれて、どこかに持っていくところだったのだろう。
そして、スカートが翻ったことには気付いていない。

煉獄はにっこり笑って、彼女の隣に立つ。

「重くないか?手伝うぞ」
「えっ、先生にそんなことさせられないですよ!」

でもありがとうございます、と笑って、深月はまた階段を登り始める。

煉獄は引き続き彼女の隣の位置を保ち、同じく階段を登る。
深月と他愛もないことを話しながら、軽く後ろを振り返る。

煉獄の視線に気付いた男子生徒は、びくっと肩を跳ねさせた。
煉獄の目が、見たこともないくらい鋭くなっていたからだ。

それを確認してから、煉獄は持っていた教科書で深月の尻を隠すように、手を移動させる。
他の男に見せてやるものか、と挑戦的な笑みを浮かべて、深月の話に耳を傾けた。


*****


先日の階段での一件から、煉獄はあることに気付いた。

深月は、男子生徒に一定の人気があるということに。

欲しくて欲しくてたまらないのに、自分の立場上気軽に手を出せない深月。
そんな彼女に、男子生徒達は遠慮なく触れることができる。
そう思うと悔しくなって、煉獄は我慢することをやめることにした。



しかし、今居るのは職員室だ。他にもちらほらと教師が居るので、行動は控えめに起こさなければいけない。

授業についての質問をしに来た深月を、煉獄は自身の横に座らせる。
椅子は、不在の教師の物を借りた。

教科書を広げて、解説をしてやると、深月は頷きながらノートにペンを走らせる。

煉獄はノートをのぞきこむ振りをしながら、彼女に顔を近付ける。

「深月」
「えっ?」

不意に名前を呼ばれ、深月は顔を上げた。

今、煉獄の声で、自分の名前を呼ばれた気がする。
いつも、名字で呼ばれていたはずなのに。

だが、その声は小さくて、気のせいだったかも、と深月はまたノートに視線を落とす。
煉獄の顔が近い気がしたが、それも気にするまい、と無理矢理視界から外す。

すると、次はペンを持っていない方の手を、何か温かいものに包まれた。

「深月、気のせいじゃないぞ」

先程と同じ小さい声だが、今度ははっきり聞こえたその言葉に、手を包む感触に、深月は困惑する。
自身の手を確認すれば、煉獄の手に包まれていた。

そのまま手を掴まれ、机の下に持っていかれる。
そこで、煉獄は指を絡めてきて、深月の手の感触を楽しむように握ってきた。

「君の手は柔らかいな」

深月の顔に熱が集中する。

耳元で囁くような声が聞こえる。
そのせいで、耳に吐息が掛かる。
机の下で自分の手を握ってきている手は、大きくて、ゴツゴツしている。

それら全て、煉獄のものだ。

「煉獄先生……?」

深月は尋ねるように煉獄を呼ぶ。
吐息が掛かるほど顔が近いので、彼の方は向けない。

煉獄は引き続き、深月の手を握っている。
かと思えば、手を離し、深月の指先を摘まんで、擦ったり揉んだりして弄ぶ。

それがくすぐったくて、深月が肩を震わせると、煉獄の手は離れていった。

「他にわからないところはあるか?」

煉獄の声は大きくなったが、顔は離れたようで、深月は顔を上げる。

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」

声が震えそうになるのをなんとか抑えて、そう返事をした。

しかし、何がわからないのか、何を教えてもらったのかは、深月の頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。

深月は立ち上がり、軽く頭を下げて足早に職員室を出て行った。

去っていく彼女の背中を見送ってから、煉獄はにやけそうになる口元を手で隠す。

それは、先程まで深月の手を握っていた方の手だ。
ほんのり甘い匂いが残っているような気がして、煉獄は自身の手を唇に押し付ける。

実際に深月の手の匂いを嗅いだり、それに口付けることが出来たら、どんなに幸せだろうか。

想像するだけで、脳が蕩けていくような感覚がした。

「吐きそうなのか?」

ふと、上から声が降ってきて、煉獄は口元から手を離して、勢いよく顔を上げた。
すぐ側には冨岡が立っていて、どことなく心配そうにこちらを見ていた。

「いや、大丈夫だ!あくびが出そうなのを堪えていた!」

そう言って誤魔化し、普段通りに快活な声で笑った。


*****


「え、呼び出したのか!?抜け駆けじゃん!」
「抜け駆けって……別にいつ誰に告白しようと、俺の自由だろ」

廊下の隅で、男子生徒達のそんな会話が聞こえてきて、煉獄は微笑ましく思った。
学生らしく青春しているのは良いことだ、と。

しかし、次の言葉を聞いて、一瞬硬直した。

「とにかく、どっか行けよ!雨宮が来ちゃうだろ!」

今、男子生徒は雨宮と言ったか。
彼女に告白するつもりなのか。

それを聞いたら、素通りするわけにはいかなかった。

「君、少し用事を頼んでいいか?職員室に置いてある資料を、社会科準備室に戻してほしい」

そう言って、自分でもできるような用事を、男子生徒達に頼む。

男子生徒達は少し嫌がっていたが、結局煉獄の眼力に負けてしまった。
普段は優しい煉獄が、有無を言わさぬ迫力で見つめてきたので、逆らえなかったのだ。

さっさと済ませて戻ってくればいいだろう、と男子生徒は職員室へ向かう。

彼らの姿が見えなくなった頃、丁度深月がやって来た。

「あれ、煉獄先生?」

深月は煉獄の姿を確認すると、少し頬を染めた。
この前のことを思い出して、手がぞくぞくする気がして、煉獄から目を逸らす。

そして、ここに男子生徒が居なかったか尋ねる。

煉獄は、ふっと笑って、彼女に近寄る。

「彼なら席を外してもらった」

煉獄が何を言っているのかわからず、深月は困惑する。
呼び出した本人に席を外されたら、何の用かもわからないじゃないか。

そこで、いつぞやのように、煉獄の手が深月の髪に触れる。

「煉獄先生?どうしたんですか?」

同じくいつぞやのように、深月がそう尋ねる。

しかし、煉獄は『埃が付いていた』とは言ってくれなかった。

深月の髪を一房摘まんで、口元に持ってきて、それに軽くキスをした。

「せ、せんせ……!?」

深月は耳まで真っ赤にして、一歩後退する。

煉獄はそれを見逃さず、空いている手で彼女の手首を掴んだ。それと同時に、髪は手離す。

「深月」

優しい声音で名前を呼べば、深月が機嫌をうかがうようにこちらを見上げてくる。

小動物のようなその表情が、とても愛らしかった。

次に、煉獄は深月の手を持ち上げ、鼻先に持ってくる。
くんくんと匂いを嗅げば、先日のよりも強い、甘い匂いがした。

深月は、手とはいえ匂いを嗅がれ、恥ずかしさで少し泣きそうになっていた。

それには構わず、煉獄は深月の手に唇をくっつける。

間接的ではないその行為に、煉獄は首から背中がぞわぞわして、幸福感が全身に広がるのを感じた。

(ああ、深月の卒業まで待てるだろうか)

早く深月を手に入れたくてしょうがない。

ふと深月を見れば、うっとりした表情で、煉獄に口付けられている自身の手を見ていた。

そんなにかわいい表情をされたら止まらなくて、煉獄は深月の手の甲に舌を這わせた。





リクエストありがとうございました!

立場関係なくグイグイ来ちゃう煉獄先生、良いですね!

黒い部分や雄みは表現できていない気がしますが、
なんとなく夢主にバレないように、何かする感が出せてればいいなあ、と……!

皆様のリクエストのおかげで煉獄先生を書く機会ができて、とても楽しいです!ありがとうございます(*´∇`*)












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