黄の月季
「やる」
「え、いいんですか?ありがとうございます」
甘い匂いがする包みを差し出す不死川と、それを笑顔で受け取る深月。
包みの中身は、おそらくおはぎだろう。
しばらく会話して、普段怒ってばかりいる不死川が小さく微笑む。
別の日には、杏寿郎を訪ねてきた伊黒と、深月は楽しそうにお喋りをしていた。
「あそこの甘味屋さん、すっごく美味しいんですよ。蜜璃ちゃんを誘ってみたらいかがですか?」
「ああ、いい情報を聞いた。ところで、先日甘露寺が言っていたのだが……」
話題は主に蜜璃のことだが、杏寿郎を訪ねてきたはずの伊黒は、深月と話している時間の方が長かった。
さらに別の日には、道端で悲鳴嶼と一緒に猫と戯れていた。肩が触れるほど近寄って、二人で一匹の猫を構っていた。
途中、悲鳴嶼が猫を抱き上げ、深月の膝に乗せてやる。
深月は目を輝かせて猫を見下ろし、悲鳴嶼に礼を言う。
「かわいい……ふにゃふにゃです」
杏寿郎にも見せたことがないような表情で、悲鳴嶼に猫の感想を伝える深月。
他にも例を挙げれば切りがないが、深月は些か柱と仲良くなりすぎている気がして、杏寿郎は少し焦る。
柱と仲良くするのが悪いとは言わない。ただ、距離が近すぎるのだ。
極めつけと言わんばかりに広がる目の前の光景を受け入れられず、杏寿郎は硬直する。
ここは煉獄家の縁側で、杏寿郎を待っていたのだろう、深月と宇髄が座っていた。
ただ座っているだけではない。何故か、宇髄の脚の間に深月が収まっている。
大柄すぎるほど大柄な宇髄の脚の間に、深月はちょこんと座っていた。
「どうだ?」
宇髄が深月に尋ねる。
「やっぱり、杏寿郎さんとは違いますね」
深月がふふっと笑い、宇髄も笑って「そうかよ」と返す。
そこで、漸く硬直が解けた杏寿郎は、平静を装って二人に声を掛ける。
「楽しそうだな!何をしているんだ?」
「お!おかえりー」
「杏寿郎さん!おかえりなさい!」
二人とも振り向き、笑顔を見せてくる。
特に深月は、ぱっと顔を明るくさせ、宇髄から離れて杏寿郎に駆け寄る。
その姿はまるで主人を出迎える犬のようで、いつも通り可愛らしかった。
疚しいからそんな行動をとるのだろうか。それとも、隠すつもりもなかったのだろうか。
杏寿郎は悶々と考えながら、宇髄に用事があるのかと尋ねる。
宇髄の用事は任務についてで、詳しく相談した後、彼は何事もなかったかのように去っていった。
ただ、去り際に深月に何かを耳打ちし、それによって彼女は真っ赤になっていたが。
宇髄が去った方をしばらく見つめた後、深月は誤魔化すように笑う。
「杏寿郎さん、今日は水柱様もいらっしゃってたんですよ。お芋のお裾分けに来てくださったみたいで……」
しかし、彼女の声は段々尻すぼみになっていき、顔は青ざめていった。
杏寿郎の額にいくつも青筋が浮かんでいて、隠しきれない怒気が深月を襲ったからだ。
深月は小さく悲鳴を上げ、息を詰まらせる。
どうしたのか、と尋ねたいのに、上手く言葉を紡げない。
先に声を発したのは、杏寿郎だった。
「君は一体何を考えているんだ?」
質問の意図がわからず、深月は首を傾げた。
杏寿郎は彼女の傾いた顎を掴み、腰に腕を回して抱き寄せる。
一気に顔が近付いて、深月は青かった顔を赤くする。
「深月。柱と仲良くするなとは言わないが、少し距離感がおかしいだろう」
「え?えっ?」
困惑する深月に、杏寿郎は苛立ちを覚える。
無自覚で柱──しかも男性と仲良くお喋りをして、肩が触れるほど近寄って、果てには脚の間に収まっていたのか。
杏寿郎は苛立ちを深月に向けることで解消しようと考えた。
掴んでいた彼女の顎を固定し、無理矢理唇を奪う。
「んっ!?」
縁側とはいえほぼ外で接吻され、深月は杏寿郎の胸を押して抵抗するが、彼の力が強すぎてびくともしない。
そのうち舌が唇を割って入ってきて、口内を激しく侵していく。
息をする間も与えられず、深月は酸素を求めて口を開くが、開けば開くほど杏寿郎に口内を侵される。
深月は口の端から声やら唾液やらを漏らし、目をぎゅっと瞑って、与えられる快感に耐える。
どうして、杏寿郎が怒っているのか、こんなことをするのかわからなかった。
唇が一旦離れたところで、深月は目を開けて杏寿郎を見上げる。
「きょうじゅろ、さん……どうしたの?」
息を切らして尋ねてくる深月が艶かしく、杏寿郎は生唾を飲み込むが、悔しそうに奥歯を噛み締める。
「深月が悪い」
そう言って、また深月に顔を近付ける杏寿郎。
深月は迫ってくるその顔に一瞬見蕩とれたが、正気を取り戻して顔を背ける。
杏寿郎が顔の向きを戻そうとしてくるので、どうにかこうにか抵抗して、彼の首筋に顔を埋めた。
抱き付く形になってしまって恥ずかしかったが、口吸いよりかはましだった。
「もう!何なんですか!?」
怒鳴るように尋ねると、杏寿郎は覆い被さるように腰を曲げ、深月を抱き締める。
「…………なんだ」
「え?何ですか?」
杏寿郎が珍しく蚊の鳴くような声で話すものだから、よく聞き取れずに、深月は聞き返す。
「他の男と仲良くしすぎなんだ!距離も近すぎる!」
今度はいつも以上の声量で話され、澄ましていた深月の耳に杏寿郎の声がキーンと響く。
「何故、宇髄とあんな……頬もあんなに赤くして……」
不満そうに続ける杏寿郎を見上げ、深月はつい吹き出してしまった。
妬いてくれたのか、と思うと、可愛くてしょうがなくなった。
しかし、杏寿郎が鋭く目を細めて見下ろしてきたので、反射的に謝る。
しばらく沈黙が流れたが、深月は小さく溜め息を吐いて、杏寿郎に座るよう促した。
杏寿郎は縁側に腰掛け、深月はその脚の間に収まる。
「深月?何をやってるんだ?」
「音柱様と比べてます」
わけのわからない返答に、杏寿郎は困惑する。
彼を振り返りながら、深月は説明を始める。
柱と仲良くしているのは、杏寿郎の同僚だから。
無下にするわけにもいかないし、彼らの殆どは杏寿郎のことばかり聞いてくる。一人だけ、蜜璃の話しかしない人物はいるが。
先程は、宇髄から「雨宮は大柄で派手な男ならいいんじゃないか?」と言われ、脚の間に収められた。
宇髄には嫁が三人もいるし、こちらをからかおうという魂胆は見え見えだったが、杏寿郎以外の柱に軽々しく逆らうなどできず、大人しくされるがままになった。
「やっぱり、全然違います。私は杏寿郎さんがいいんだなあって」
深月ははにかんで、杏寿郎の首筋に顔を寄せる。
その仕草に心臓が跳ねて、杏寿郎はぐっと息を詰まらせる。
ちなみに、宇髄が去り際に耳打ちしてきたのは、杏寿郎を悦ばせる方法を嫁に習いに来るといい、という内容だった。
それには夜の営みの意味が込められていて、唐突にそんなことを言われたものだから、恥ずかしくなって顔が熱くなったのだ。
そう説明しているとまた恥ずかしくなってきて、深月は耳まで真っ赤にする。
「そんなに妬かなくても、私は杏寿郎さん一筋ですよ」
この台詞も恥ずかしくて、杏寿郎に顔を見られないよう、上半身だけ完全に振り向いて彼の首にすがり付く。
なんて可愛いことを言うのだろう、と杏寿郎の口角が上がる。
深月の顔が見たくなって、彼女の脇腹を掴んで引き剥がそうとする。
「深月。顔が見たい」
「今は、だめ……いやです」
その拒否すら愛らしくて、杏寿郎は深月を引き剥がす。
膂力で杏寿郎に勝てるわけがないとわかっていても、深月は最後まで抵抗を続けた。
杏寿郎は、赤くなった深月の顔をまじまじと見つめる。
眉を下げ、恥ずかしそうに目を泳がせる彼女を、とても愛おしいと思った。
「深月」
名前を呼べば、深月は素直に見上げてくる。
額を合わせると、彼女は自然と目を閉じた。
それを許可と捉え、杏寿郎はまた唇を重ねる。
今度は優しく、深月が苦しくないように気を使いながら。
舌を絡めれば、深月から甘い声が漏れて、それが杏寿郎の鼓膜を刺激する。
しばらくして唇を離すと、蕩けた顔の深月と目が合って、これは止められそうもないな、と杏寿郎は苦笑した。
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