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風蝶草


深月はここ数日、蝶屋敷で治療受けていた。
それも終わり、さあ帰ろうという時。

門の上で、アオイが大柄な男性隊士に担がれていて、炭治郎がなほを抱えて何か叫んでいた。

「何があったの!?」

困惑しつつも炭治郎に尋ねると、あの大柄な男性隊士はアオイやなほを任務に連れて行こうとしているらしい。

任務に行けないアオイと、隊士じゃないなほを。

事情も知らないのに横暴なその行為に、深月は怒りを露にして叫ぶ。

「アオイちゃんを離して!」
「じゃあ、お前が着いてこい」
「着いていきますから、アオイちゃんを離してください!」

どこに行くかはわからなかったが、深月は売り言葉に買い言葉で、間髪いれずに承諾した。

そして、その場に居合わせた炭治郎、善逸、伊之助の三人も同行することになった。


*****


深月達が連れて行かれた先は、遊郭だった。

道中、藤の花の家紋の家に寄り、炭治郎達は女装をさせられ、深月も似たような着物を着せられた。

極めつけに、妙ちくりんな化粧を施され、それぞれ店に売られた。

何故、遊郭。何故、売られた。
そんな疑問が深月の頭を過ったが、大柄な男性──音柱である宇髄の嫁三人が既に潜入していると聞いているので、仕方がないとは思った。

もともとアオイの代わりに引き受けた任務なのだから、途中で匙を投げるのは有り得ないし、既に三人もの女性が体を張っているのに、自分だけ免れるなんて申し訳ないと考えたのだ。

ただ、炭治郎達と違って、深月は立派な女だ。
しかも、結婚や婚約どころか、男性と付き合ったこともない。

剣士として生きると決めているのだから、将来結婚するつもりはない。
貞操に拘ったって意味がないが、嫌なものは嫌だった。

しかし、深月は特に不満を口にするでもなく、抵抗もせず、炭治郎と同じときと屋に売られた。

そして、まずは二人して化粧を落とされた。

炭治郎の額の傷を見た女将は怒っていたが、深月の顔を見るとその怒りもやや治まってきた。

「まあ、なかなか可愛い子じゃない」

女将は深月を仕込むのだ、と息巻いていた。


*****


潜入二日目。
深月が炭治郎改めて炭子と雑用をこなしていると、彼女に声が掛かった。

『客がついた』と。

先輩遊女たちは、「御披露目もまだなのにすごいわねえ」と朗らかに言っていたが、深月は少し顔を青ざめさせる。

自分は宇髄の嫁や鬼を探しに来たのに、男の相手をしている場合ではない。
そして、これでもまだ何も知らない乙女なのだ。見知らぬ男の相手などできない。

「え、いや、私は……」

どうにか断ろうと、深月は言い訳を考えるが、それを口にするよりも前に女将がやってきて、こう言った。

「さっき、あんたを見掛けて気に入ったらしいのよ!随分金を弾んでくれたわ!早く用意しなくちゃ!」

あまりの勢いに圧倒され、深月はあれよあれよという間に着替えさせられ、客が待っているという部屋に連れて行かれる。
『素の深月を見掛けて気に入ったのだから』と、化粧は殆どされず、とにかく急げとのことだった。

炭子は心配そうにしていたが、止める間もなかった。


*****


まだ作法を知らない子だと説明済みだから、と言われ、何でもいいから相手をしてこいと部屋にぶちこまれる。

こうなったら、腹を括るしかない。
最悪、みぞおちに一発入れれば数時間は目覚めないだろう。その代わり、店には居られなくなるので、やはり気絶させるのは無しか。

そう考えながら、深月は正座し、相手の顔も見ずに深々と頭を下げる。

「お待たせいたしました」
「うむ!元気そうで何よりだ!」
「ん?」

聞き覚えのある快活な声に、深月は思わず顔を上げる。

そこには、予想通りの人物が居た。

「煉獄さん!?何してるんですか!?」
「宇髄から聞いてな、様子を見に来た!竈門少年達も元気だろうか?」

煉獄の言葉は嘘ではない。任務については宇髄から聞いたし、炭治郎達のことももちろん心配だった。
しかし、一番心配していたのは深月の貞操だ。
密かに想いを寄せる彼女に、他の男の手垢がつくんじゃないかと不安になって、ここまで来たのだ。

ひた隠しにされている煉獄の心中を察せるわけもなく、深月は「はあ、そうでしたか……」と言ってから、彼の質問に答える。

「炭治郎君は元気ですけど、他の二人はお店が違うので……って、そうじゃなくて!」

煉獄は四ヶ月ほど前の任務で重傷を負い、引退したはずだ。
その証拠に、隊服ではなく和装だし、潰れた左目を隠すために眼帯もしている。

日常生活に支障がない程度には回復したと聞いていたが、こんなところに来るなんて。
いや、こんなところに来たのは、深月達を心配してのことだが。

それでも、あんな重傷を負っていたのに、気軽に出歩いていいのだろうか。
そして、女将は『客が随分金を弾んでくれた』と言っていなかっただろうか。

「煉獄さん、一体いくら払っ……」

そう言いつつ立ち上がろうとして、高そうな着物を着せられていたことを思い出す。
これを汚したり破ったりしたら弁償する術はない。
焦ったせいで深月は体勢を崩し、前のめりになる。

煉獄はそれを抱き止め、ふっと笑った。

「せっかく綺麗にしているのに、お転婆は変わらないようだな」

急に近くなった距離に、深月は真っ赤になって煉獄から顔を背ける。
それから、離れようとして、動けないことに気付く。

煉獄の胸に両手を添えて強く押しても、下がろうと思って脚に力を入れても、全く体が動かない。

どう考えても、これは背中に回された煉獄の両腕のせいだ。

引退したのに、現役の隊士である自分より力が強いなんて、元柱はすごいなあ、などと呑気なことを一瞬考えるが、このままでは心臓に悪いと思い、深月は恐る恐る煉獄を見上げる。

「あの、煉獄さん……」
「ん?どうした?」

わざととぼけるように聞き返す煉獄。

深月はきゅっと唇を噛み締めて、また顔を背ける。
その様子が微笑ましくて、煉獄は目を細める。

「これから毎晩、君を買おうか」
「あ、それいいですね!」

深月はバッと顔を上げ、嬉しそうな笑顔を見せる。
先程から忙しないことだ。

煉獄が買ってくれるのであれば、見知らぬ男の相手をしなくて済むし、部屋を抜け出しても店の人間にバレない。宇髄の嫁や鬼を探すにはうってつけだ。

「是非、私を買ってください!任務が捗ります!」

深月がそんなことを満面の笑みで言うので、杏寿郎は溜め息を吐きたくなったのをぐっと堪える。

任務に一生懸命なのはいいが、目の前の自分を意識してくれないことが寂しくて、悪戯心が芽生えた。

煉獄は片手を深月の頬に添え、彼女と額を合わせる。

「深月……遊女が男に買われるとは、どういう意味か分かっているのか?」

色気を帯びた声で囁かれ、深月は「へっ?」と間抜けな声を上げる。

彼女には、煉獄が自分をそういう意味で買うなど、想像もつかなかったからだ。

強くて、清廉高潔で、憧れの人。

心配だからと大金を払ってまで、様子を見に来てくれた、優しい人。

そう思っていたのに。

目の前の煉獄は、元炎柱の顔ではなく、一人の男の顔をしている。

収まっていた顔の熱が戻ってきて、深月は目を泳がせる。

わかりやすく動揺する深月を可愛いと思いながら、煉獄は腰を折る。
前へ前へと腰を折っていけば、深月は抵抗する間もなく、畳に倒れこんだ。

彼女の手首を掴んで見下ろせば、彼女は恥ずかしさにより真っ赤になった顔で、困惑により潤んだ瞳で、煉獄を見上げてきた。

男を知らないようには見えるが、何をされるか全くわからない、といった様子でもなさそうだ。

「君を買うのは安くなかったから、相手を頼めるだろうか」

煉獄がからかうように言うと、深月は驚いたように目を見開いた。

心のどこかで、今のこの状況は何かの間違いだ、と信じていたのだ。

でも、見知らぬ男に体を許すくらいなら、と深月は目を閉じた。

その反応は予想外で、今度は煉獄が目を見開く。
てっきり、「冗談はやめてくれ」とでも言われると思っていたが、彼女は自分を受け入れてくれた。

深月の反応が嬉しいと同時に、彼女をからかおうとしたことが恥ずかしくなって、煉獄は体を起こす。

手首が解放されたことに気付き、深月は目を開ける。
煉獄はこちらに背を向けて座っていて、どうしたのだろう、と思いながら深月も上体を起こす。

「煉獄さん、どうかされましたか?」
「いや……」

片手で口を塞ぎ、珍しくもごもごと口ごもる煉獄に、深月は首を傾げた。
だが、煉獄が何かを言い出す気配はないので、居住まいを正して大人しく座っておく。

元とはいえ柱相手に自分から席を外すのは失礼だと思ったのだ。

煉獄は、ちらりと深月を横目で見る。
化粧は殆どしていないようだが、髪を結い、遊女用の派手な着物を着た彼女は、普段より綺麗に見えた。
隊服を身に纏い、刀を振るう彼女も、煉獄にとっては清廉で美しいと思えるが、女性らしさを全面に出されると調子が狂う。

そのせいで、彼女をからかったり、押し倒したり、らしくないことをしてしまった。
しかし、深月は恥ずかしがりはすれども、嫌がる素振りを見せなかったので、少し期待してしまう。

でも、やはり、彼女は任務中なのだから、と煉獄は口から手を離して深月に向き直り、真剣な表情で告げる。

「からかってすまなかった。先程言った通り、深月を毎晩買うから、気兼ねなく任務に臨むといい」
「いえ。お気遣いありがとうございます」

煉獄がいつもの調子に戻ったことに安心して、深月はふわりと微笑む。
さっきまでの様子は、何か事情があったのだろう、と考えるが、それを追求するつもりはなかった。

「では、私は今のうちに調査に行ってきます」
「うむ、わかっ……ん!?」

煉獄は途中で言葉を止め、愕然とする。

深月が、その場で帯を解き始めたからだ。

調査に行くには、この着物では動きづらいし、着物が乱れていた方がしていたと思われるだろう、と考えてのことだった。
そこに恥じらいなど一切なく、任務の効率についてだけが深月の頭を占めていた。

襦袢だけになると、深月は煉獄に軽く頭を下げる。

「ご協力感謝いたします」

事務的に、上官に対する言葉を発して、顔を上げる。

「我が儘ですけど、知らない人と、っていうのは嫌だったんです。煉獄さんでよかったって思っちゃいました」

そう口にした深月は、一人の女性として話していて、煉獄は思わず彼女の腕を掴んで引き寄せた。

深月は体勢を崩して煉獄の胸に飛び込んでしまい、煉獄を見上げてはにかむ。

(ああ、せっかく我慢したのに)

そんなことを思いながら、煉獄は深月の顎を掴んで、彼女に口付けた。
うっすら目を開けていたので、彼女の目が先程より大きく見開かれたのがよくわかった。

長めに唇を重ねてから離れると、深月は耳まで真っ赤にして硬直していた。

それを見て、煉獄はくつくつと笑う。

「高い金を払ったからな。明日もよろしく頼む」
「ひえ……は、はい……」

困惑しながらも素直に返事をする深月が可愛くて、煉獄の笑みは深くなる。

「では、俺はここで待っているから、朝までに戻ってきてくれ。気を付けるんだぞ」
「はい、行ってきます……」

深月はゆるゆるとした動作で、窓から抜け出した。


*****


暫く経っても、深月の顔の赤みは引かなかった。

それでも、なんとか調査を進めながら、ふと自身の唇に触れる。

そこには、確かに接吻の感触が残っていて、深月はこれ以上ないくらい顔を赤くする。

まさか、煉獄に唇を奪われるとは。

強くて、清廉高潔で、憧れの人。
心配だからと大金を払ってまで、様子を見に来てくれた、優しい人。

深月が誰にも悟らせず、こっそり慕っている人。

「どうしよう!嬉しすぎる!」

恥ずかしさと嬉しさに悶えてから、深月はあることに気付く。

煉獄は、『明日もよろしく頼む』と言っていなかっただろうか。
そして、自分はそれに『はい』と返さなかっただろうか。

それはつまり、明日以降も任務が続く限り、煉獄と恋人の真似事をすることになるだろうか。

想像するだけで頭がぼうっとしたが、今は任務に集中しよう、と深月は自身の頬を両手で叩いた。






生存ifと両片想いを好きな方は、やはり多いですね!
私も書くの楽しいのでありがたいです(*´∇`*)

今回も書いてて楽しかったです!
確かに、煉獄さんはお客さんとして来ちゃいそうですね!

素敵なリクエストありがとうございました!











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