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終わって始まる


腕の中でミャーミャー鳴く子猫は、抱っこされるのを嫌がっているように見える。
だがしかし、この子猫は同僚から預かった猫で、逃がすわけにはいかず、煉獄は腕に力を込める。

それが気に障ったのか、子猫はより大きな鳴き声を上げる。それでも爪を立てないあたり、大人しい方なのだろうか。

「猫など飼ったことがないからわからんな……」

猫だけじゃない。犬も、鳥も、金魚ですら、動物嫌いの父が居るので飼うことは許されなかった。
今日だって、この子猫を連れて帰ったら、ひどく叱られるかもしれない。

煉獄の不安を察したのか、子猫が心配そうに見上げてくる。

「君は人の気持ちがわかるのか?」

ふふっと笑って、子猫の額を撫でれば、子猫はまた抱っこを嫌がり始める。
心配してくれたと思ったが勘違いだっただろうか、と煉獄は苦笑する。

「うーん。父上にどう納得していただくか」

煉獄は家路を辿りながら、何故子猫を連れ帰ることになったか、というところから思い出すことにした。


*****


早朝。任務開け。
煉獄は、蟲柱の胡蝶しのぶに呼び出された。

詳細は聞かなかったが、何か大事な用なのだろう、と思い、蝶屋敷に出向いたところ、彼女は子猫を抱えていた。

蝶屋敷の少女達がで拾ったのか、それとも迷い込んだのか。
どちらにしろ、煉獄には関係のないことだ。

用向きを聞こう、と煉獄は身構える。
しのぶは、そんな彼の胸板に子猫を押し付けた。

煉獄は、それを反射で受け取ってしまう。

「預かってください」
「無理だ!」

朗らかに告げるしのぶに、間髪入れず答える煉獄。

「お館様にも許可は取ってます」

何故、わざわざ当主に許可を取ったのだろう。
煉獄は不思議に思ったが、再度無理だと伝える。

「うちも無理なんです。私、動物が苦手でして……」
「今、普通に抱いてなかったか!?」
「お願いしますね。大事な子なので」

そう言われても、腕の中の子猫は嫌そうに暴れている。
しのぶに抱っこされていたときは、大人しく丸まっていたのに。

「胡蝶、やはり預かるのは……」
「お願いしますね」

もう一度断ろうとしたとこと、しのぶは有無を言わさぬ迫力で言って、どこかへ去ってしまった。

「むう」

煉獄は少し悩んでから、他の少女に話をつけられないかと探し始めた。しかし、生憎本日の蝶屋敷は立て込んでいて、話しかけるのは忍びなかった。

なんだかんだで面倒見のいい彼は、子猫を連れ帰ることにしたのだ。


*****


結果としては、父から子猫について叱られることはなかった。

ただ一言、「近寄らせるな」とだけ言われて、あとはいつも通り万年床から動かなかった。

父の許可ももらえたことだし、と煉獄は自室に子猫を連れていく。
畳に下ろした途端、子猫が逃げ出そうとしたので、慌てて捕まえる。

「全く……君はお転婆なんだな」

子猫を抱えて、苦笑しながら見下ろせば、とある隊士のことを思い出した。

この子猫と同じ毛色や瞳の色で、結構なお転婆の女性隊士のことを。

「そう言えば、君は名前があるのか?」

しのぶから聞くのを忘れていた、と煉獄は首を捻る。
預かっているだけなので、そんなに長い付き合いにはならないだろう。名前を知っても、何度呼べるかもわからない。

でも、普段は名字で呼んでいる彼女の名前を、呼んでみたいと思って、その名前を口にする。

「深月」

子猫がびくっと反応して、見上げてくる。
ふは、と吹き出して、煉獄はこの子猫を、秘かに想いを寄せている女性の名前で呼ぶことにした。


*****


ああ、なんでこんなことになってしまったんだろう、と彼女は考える。

決して油断していたわけではない。
無様な戦いをした覚えもない。

だが、しかし、現状として、彼女は血鬼術を食らってしまっていた。

その影響で、体は小さく、毛むくじゃらになって、最終的に猫になった。

そう、猫だ。猫っぽい鬼だとは思っていたが、術まで猫だなんて、そんなことあるか。
実際にあったから、彼女は猫になってしまったのだが。

幸い、鬼は仲間が倒したし、その仲間が蝶屋敷まで連れていってくれたので、しのぶの診察を受けることができた。

彼女が言うことには、日光をたくさん浴びれば数日程度で戻れるとのことだ。

だから、てっきり、戻るまでの間、蝶屋敷に置いてもらえると思ったのに、何故か炎柱に預けられた。

彼女が──深月が、淡い恋心を抱いている、煉獄に。

あれよあれよという間に煉獄家へ連れてこられて、彼の自室らしき部屋に通される。

いくら猫になったとはいえ、好きな人の部屋は刺激が強すぎて、逃げ出そうとしたところ、持ち前の反射神経で即座に捕まえられた。

優しい手付きで抱えられたかと思うと、上から「全く……君はお転婆なんだな」と苦笑する声が降ってきた。

初めて会ったときも、似たようなことを言われた。

「深月」

懐かしくなって、目を細めていると、不意に名前を呼ばて、深月はびくっと反応する。
思わず煉獄を見上げると、一瞬驚いたように目を見開いてから、ふは、と吹き出して柔らかく微笑んだ。

その顔にどきどきして、深月は「今は猫でよかった」と思う。
もし人の姿だったら、赤くなった顔を煉獄に見られていた。

煉獄は、深月を拘束することはなかったが、また逃げ出さないよう、出来るだけ彼女を抱えて過ごした。

深月もはじめこそ抵抗していたが、一時間程で慣れてしまい、なんだったら好きな人の腕の中で堂々と眠れるのは幸運ではないか、と昼寝もできるようになった。
何せ、この猫の体はとても眠気が強いのだ。


*****


煉獄は大人しくなった子猫を片腕で抱えたまま、片手で書物をめくる。

子猫の体温は高いのか、とても温かかった。湯たんぽのようだ。体が小さいので鼓動も速く、とくとくと腕に響く音は心地好かった。

想い人の名前を遠慮なく呼べるし、このまま飼うのも悪くない、と思ったが、この子猫は預かっているのだ。
いつかは胡蝶に返さなければいけないし、自分は任務で家を開けてばかりだから、世話は必然的に弟に頼むことになる。それはさすがに無責任すぎるだろう。

やはり、この子猫との付き合いは数日限りだ。

それにしても、と煉獄は子猫を見下ろす。
あんなに暴れていたのに、たった一時間程で慣れたのか、今はすやすやと眠っている。

このままでは腕が痺れそうなので、子猫を起こさないよう、そっと正座した膝の上に下ろす。

頭や背中を撫でてみると、毛はふわふわで、体は柔らかくて、癖になりそうだった。

(長さは違うが、彼女の髪もこんな感じだろうか)

ふと、想い人の髪を撫でるところを想像してしまい、煉獄は一人で少し頬を染める。
彼女の髪に触れる妄想をするなど破廉恥だ、と自身を戒める。

ふわふわの毛を撫で続けていると、子猫が目を覚ます。
力が強くて起こしてしまったか、と焦ったが、子猫は一鳴きして、頭を煉獄の掌にぐいぐいと押し付けてきた。

その様子が愛らしくて、煉獄は目を細める。

「ああ。ずっと深月の側に居たいなあ」

そう口にしたのは、子猫に対してか、想い人に対してか。


*****


数日後、煉獄はしのぶに言われて子猫を返した。
返す直前、子猫はなんだかそわそわしていたので、やはり彼女の所に戻りたかったのだろう、と少し残念に思う。

この数日間、子猫と大分打ち解けたと思っていたが、元の飼い主には敵わないようだ。
しのぶが飼い主かどうかは聞いていないが、きっと彼女が飼い主みたいなものだろう。

子猫を返した翌日には、腕に抱えた温かさが既に懐かしくなって、煉獄は悶々と悩む。
猫を飼いたいが、父が居るし、世話はできないし、やはり飼えないという結論に至るので、悩んでいるというよりかは、飼えないという事実を毎回確認しているだけになる。

「煉獄さん!」

その考えは、明るい呼び声によって停止する。
煉獄は声がした方を振り向いて、いつもの笑顔を浮かべる。

「雨宮。久しぶりだな!」
「ふふ。そうですか?」

そこには、例の想い人が居た。
一体どこをどう通ってきたのか、頭にいくつも葉っぱをつけている。

煉獄は思わず吹き出して、葉っぱを払ってやろうと彼女の頭に手を伸ばす。

彼女の髪に触れる直前、子猫のことを思い出した。
彼女と同じ毛色の子猫を撫でている時に、彼女の髪に触れる妄想をしたことも。

煉獄の手がピタッと止まり、深月は首を傾げる。

「煉獄さん?」
「いや、その……髪に葉っぱがたくさんついている。払ってもいいか?」
「あ、お願いします!」

深月はにこっと笑って、煉獄に頭を差し出すように体を傾ける。
その仕草がまた可愛らしくて、煉獄は愛おしそうに目を細める。

だが、彼女の許可を得たとはいえ、あまり触れては失礼だろう、と最低限の動きで葉っぱを払い落とす。
その際、触れた髪は、子猫と同じようにふわふわだった。

葉っぱを全て落とした煉獄は、満足そうに頷く。

「よし、これで全部取れたぞ!」
「ありがとうございます」

深月はそう言って、頭を煉獄の掌にぐいぐいと押し付けてきた。

煉獄は息を呑む。
この動きには見覚えがあった。

「雨宮。君、まさか……」

深月が顔を上げて、ふわりと微笑む。
彼女の頬は、かなり赤く染まっていた。

察しの良い煉獄は、その笑顔で全てを理解した。





ほのぼのしていただきたくて、煉獄さんにいっぱい抱っこしてもらいました!

猫ちゃんになる夢主と、それを預かる煉獄さん、良いですね!
こちらも楽しく書かせていただきました( *’ω’ )

かわいいリクエストをありがとうございました!











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