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(どうしよう、暗器……は間に合わないし多分効かない!火を防ぐなんて出来ない!でも避けたら仲間が……)

深月は歯を食い縛り、両足をその場で踏ん張る。
自らを肉の盾として、仲間を庇うつもりだった。

鬼はにぃっと顔を歪めて、口の端から火の粉を飛ばしてから、口を開ける。

火が来る、と思った瞬間、深月の目の前が白く染まった。

杏寿郎の羽織だ、と気付いた時には、もう鬼は火を噴き出そうとしていて、深月は咄嗟に杏寿郎の襟を掴んで後ろに引いた。
鬼に背中を向けて、杏寿郎の頭を抱き締める。
背中に鬼の火を浴び、声にならない悲鳴を上げる。

鬼が火を噴き終わるまで一瞬だったが、背中はずっと熱いままで、深月には攻撃が終わったかの判断ができなかった。
それでも、もう痛みが限界で、ずるずると杏寿郎の体を滑りながら地に伏せる。

「雨宮っ!どうして庇ったんだ!!」

杏寿郎の怒鳴るような声が降ってきて、深月はなんとか顔を上げて彼を見る。

目の前に鬼がいるというのに、杏寿郎は焦った顔で深月に手を伸ばしていた。

「杏寿郎さん、大丈夫ですか?後ろの皆も……」
「俺達は何ともない!」

杏寿郎の返答に安心して、深月はふわりと微笑んだ。その直後、全身から力が抜ける。

動かなくなった深月を見て、杏寿郎は激しい頭痛に襲われた。

深月の背中は火傷と出血で真っ赤で、所々が白く膨れていた。その火傷の下に大きな古傷があって、その光景や傷に見覚えがあるような気がした。

少し違うが、今と同じような深月を見たことがある、と。

その時の彼女は、先程のように微笑んではおらず、眉間に皺を寄せて杏寿郎を睨んでいた。

頭痛が治まり、杏寿郎は目を見開く。
今、自分が思い浮かべているのは、彼女と出会った時のことだ。

「深月、少しだけ待っていてくれ。すぐに蝶屋敷に連れて行くから」

杏寿郎は、深月の背中に自身の羽織を掛けてから立ち上がり、鬼を真っ直ぐ見据えた。
彼女をこんな目に合わせた鬼に、腸が煮えくりかえる。

「終わったか?その女、こんがり焼いて喰ったらうまそうだな!」
「黙れ」

鬼の言葉で怒りが頂点に達して、日輪刀を握る手に異常なまでの力が籠る。

それはギシギシと軋む音がするくらいで、鬼は僅かに恐怖を覚える。
一歩後退りして、次の瞬間には視界がぐるんと回った。

気付いた時には首が胴体と離れていて、恐る恐る鬼狩りの姿を探すが、杏寿郎は既に鬼から離れ、深月の側に居た。

「深月。待たせたな」

杏寿郎は深月を肩に担ぐ。
本当は抱き上げてやりたかったが、背中全体に火傷を負っているので、背中に触れるわけにはいかなかった。

「煉獄さん、さすがです!私、一生着いていきます!」

女性隊士は、頬を染めながら杏寿郎に駆け寄り、彼の胴体に腕を回してぎゅっと抱き付く。

「急いでいるんだ。離れてくれ」

杏寿郎はできるだけ静かに言う。
この女性隊士が深月に向かって叫ばなければ、鬼は深月に興味を持たなかったかもしれない。こんな怪我をすることはなかったかもしれない。
そう思うと、女性隊士が憎かったが、彼女は同じ鬼殺隊の仲間で女性だ。厳しい態度を取るのは憚られた。

女性隊士は杏寿郎の心中を察することができず、全く離れる気配がない。

「雨宮さんなら、隠が手当てしてくれますよ。私も火傷したのに、雨宮さんだけずるいです!」

彼女は、杏寿郎の恋人のつもりなのだ。
自分よりである深月を優先されたことがお気に召さなかったらしい。

杏寿郎は小さく溜め息を吐いて、片腕だけで彼女を引き剥がす。

「深月は俺の婚約者だ。君も他の仲間もこの子より軽傷だから、俺は深月を優先する。当然だろう」

女性隊士の顔が不快そうに歪む。

「煉獄さん、記憶……戻って……」

杏寿郎は何も答えず、夜闇の中を駆け出した。


*****


深月の火傷は、薬さえこまめに塗れば跡が残らない程度だろう、というのがしのぶの診察の結果だった。

しかし、範囲が広く、かなりの激痛が伴ったはずだ。
その衝撃で深月の血圧は急激に低下し、死の縁をさ迷うことになった。

彼女が目覚めなくなってから、二週間程が経つ。

もう火傷はほとんど完治しているのに、深月はぴくりとも動かない。
寝台にうつ伏せに寝かされ、点滴で命を繋いでいる状態だ。

杏寿郎は深月の背中にそっと触れる。

いつだったか、こういうことがあった。深月が大怪我を負って、長い間目覚めなかったことが。
あの時はどれくらい待っただろう。今回も、ちゃんと目覚めてくれるだろうか。

そんなことを考えながら、杏寿郎は彼女の腕や脚を擦る。

「細いな……」

深月の手足は杏寿郎のそれに比べて、随分と細かった。
身体の造りが女性だからということもあるが、ずっと眠ったままで何も食べていないせいだ。

手足だけじゃない。深月は杏寿郎に比べれば全体的に細い。
それは生まれ持ったものなので仕方がないが、この細い身体にたくさんの傷を負っていると思うと、切なくて悲しい気持ちになる。

どうして、深月ばかりがこんな目に遭うのか。
代わってあげられたらいいのに。
何故、あの時、深月に庇われてしまったのか。

「俺が、君を守らなければいけないなのに」

逆に深月に守られてしまった。

悔しくて、鼻の奥がつんとしたが、杏寿郎は表情を変えずに彼女の身体を擦り続けた。







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