三
「雨宮!今日は同じ任務だろう?一緒に行こう!」
夕刻。杏寿郎の元気な声が煉獄邸に響く。
深月は「かしこまりました」と無理矢理笑顔を作って答える。
彼から名字で呼ばれるのにも慣れてきたが、先日見てしまった出来事のせいで、顔を合わせるのが辛いのだ。
杏寿郎は彼女の異変に気付いていて、どうしたものか、と思い悩んでいた。
ここ最近の深月は具合が悪そうに見えるが、尋ねても別に元気だと言う。
だが、食事の時も鍛練の時も、どこか元気がないように見える。
少し心配で、だからこそ当主に頼んで任務も合同にしてもらって、一緒に行こうと誘ったのだが、彼女は一緒に行きたくなさそうに見える。
(しかし、雨宮は俺の継子だからな!普段からしっかり面倒を見てやらねば!)
杏寿郎は決意して、深月の背中に手を添える。
「何かあったら遠慮なく言うといい!」
杏寿郎の言葉を、個人的な話ではなく任務時の話だと捉えた深月は、「ありがとうございます」と小さく微笑んだ。
彼女の勘違いには気付かず、杏寿郎も笑顔を返した。
*****
杏寿郎と深月は集合場所に着いて、任務のあらましを簡単に確認する。
今回の任務では、十二鬼月の可能性が高い強力な鬼が出るとのことだ。
そのため、任務には複数名で当たることになっている。
二人以外にも二、三人の隊士が居るが、予定ではあと一人。
「煉獄さんっ!!」
やたら明るい声と共に、彼女は登場した。
杏寿郎の隣に立っていた深月に後ろから体当たりをするが、深月もその程度で揺らぐような鍛え方をしていない。
微動だにしない深月を睨み付けてから、めげずに杏寿郎の腕に抱き付く。
「早速、煉獄さんと任務をご一緒できて嬉しいです!全然連絡を下さらなかったから、私、寂しかったです!」
うるうると子犬のような目で杏寿郎を見上げる彼女は、例の女性隊士だった。
杏寿郎に告白し、あまつさえ口付けまでしていた彼女だ。
深月は振り返り、彼女の腕を振り払わない杏寿郎を見ると、くるっと向きを変え、他の隊士と打ち合わせをするべく、杏寿郎達から離れる。
このまま彼らを見ていたら、嫉妬のあまり杏寿郎から順番に殴り飛ばしそうだった。
杏寿郎はともかく、女性隊士は深月に殴られたらひとたまりもないだろう。
離れていく深月の後ろ姿に、杏寿郎は何か言い掛けて、結局何も言えずに口を閉じる。
彼女に、一体何を言うというのか。
この女性隊士とのことは誤解だとでも言うのか。
深月は恋人でもなんでもなく、ただの継子だ。
弁解して、彼女にどう思って欲しいのか。
そこまで考えて、杏寿郎はやんわりと女性隊士の腕を引き剥がす。
「年若い娘がそういうことをするんじゃない。君は、俺と……」
そんな関係じゃないだろう、と言い掛けて、途中で言葉を止める。
頬を染めて見上げてくる女性隊士の顔は、どう考えても自分に惚れている。先日、接吻までしてきたのだから、当然と言えば当然だが。
うっとりしている彼女は、接吻を受け入れられたことにより、自分と恋仲になれたと思っているのだろう。
そう思わせてしまったのは、あの日避けなかった自分の責任だ。
「君、俺は……」
「大丈夫です!わかってます!あの人とは、もう何でもないんですよね?婚約者じゃなくて、ただの継子なんですよね?」
「う、うむ……?」
女性隊士が言った『あの人』とは深月のことだろう。
彼女は確かに継子だが、女性隊士の言い回しが妙に引っ掛かって、杏寿郎は困惑する。
何故そんな言い方をするのか尋ねようとしたところで、獣のような咆哮が辺り一帯に響いた。
鬼のお出ましだ。
*****
聞いていたよりも鬼の数が多く、深月は舌打ちをしながら暗器を鬼の脚に向かって投げる。
強力な鬼とは聞いていたが、それが四体も五体も出るなんて聞いていなかった。
鬼は徒党を組まないはずじゃないのか、と誰にぶつければいいかわからない苛立ちが芽生える。
それでも、全員で協力して鬼を減らし、残りは一体となった。
ただ、その鬼の瞳には数字が刻まれている。
十二鬼月だ。この鬼が、他の鬼を従えていたのかもしれないが、今はそんなことどうでもいい。
この鬼さえ倒してしまえば任務完了だ。
ただ、懸念があるとすれば、まともに戦える仲間は、杏寿郎、深月、女性隊士の三人だけ、ということだ。
他の隊士は皆、今までの戦闘で負傷してしまっている。
「雨宮。君は医療の心得があっただろう?皆の手当てを頼む」
杏寿郎の指示に、深月はいやだと首を振る。
「三人でさっさと倒してから手当てすれば……」
「いや、手遅れになる前に頼む」
深月はちらりと負傷している仲間を見る。
呼吸でなんとか止血しているが、今にも意識を失いそうだった。止血できなくなれば、出血多量で死んでしまう。
縫って止血してしまった方が良いだろう。
杏寿郎の指示は、仲間を思ってのことだ。
彼が正しいし、その思いを無下にはできない。
「っ……わかりました!すぐ戻ります!」
深月は仲間の元へ跳躍し、懐から針と糸を取り出す。
「縫います!とりあえず止血だけするので、痛くても我慢してくださいね!」
「雨宮さん、俺はいいから……煉獄さんを……」
「その『煉獄さん』の指示で来たの!これ噛んでて!」
仲間も杏寿郎のことを気遣うが、今は彼の意思より杏寿郎の指示を尊重するしかない。
万が一にも、彼が舌を噛まないように、手拭いを彼の口に突っ込む。
そして、荒めに傷口の処理をする。
急いでいるので、彼の痛覚を気にしていられない。
傷口の激痛に仲間が呻き声を上げるが、深月はひたすた謝りながら傷口を縫い上げる。
雑な処理なので、あとでしのぶやアオイに診てもらわなければいけない。
怒られるだろうか、と考えつつも止血を終わらせ、杏寿郎や女性隊士の無事を確認しようと振り返った瞬間、深月は息を呑んだ。
十二鬼月が口から火を噴いている。
杏寿郎の剣技による炎じゃない。血鬼術だ。
深月は立ち上がり、日輪刀を構える。
そこで、女性隊士の肩を鬼の火が掠める。
火傷を負った彼女は、キッと深月の方を睨み付けた。
「いつまでやってんの!?さっさと加勢してよ!」
女性隊士の叫びによって、鬼の興味が杏寿郎と女性隊士から、深月と負傷している仲間に移る。
鬼は勢いよく向きを変え、深月達に向かって飛び上がった。
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