「苗字さん最近働きすぎじゃない?大丈夫?アップルパイも食べていいよ。すみませんアップルパイ一つ追加で」
「かしこまりました。たしかにクマが酷いですね。ちゃんと寝てますか?」

結局私はまだポアロに来ている。むしろあの事件があってからはあまり嫌じゃなくなった。先輩と週に一度当たり前のようにポアロへ行く。零も鳥肌が立ちそうな笑顔と敬語で私に構ってくる。前までがそれが嫌だったりしたけど、もう諦めというか、なんというか。
彼が降谷零というキャラクターであることに気づいたあの日から、私は彼をキャラクターと思って見ていた。今思えばおかしな話だ。小学生の頃からずっと一緒にいた幼馴染を、前世で読んだ漫画のキャラクターとして捉えるなんて。登場していた人だということの変わりはないけど、漫画にはいなかったはずの私という人間と関わっている。キャラクターではないんだ。私の大切な幼馴染なんだ。

今週もたっぷり残業をしているので少し疲れた。ポアロに来る時だけは仕事のことを忘れたい。会社から離れると心が穏やかになる。すごい。1時間の昼休憩で、滞在時間は短いが、美味しいご飯と美味しいデザートが人の金で食べらるという点が最高だ。今日はテーブル席が混んでいたので、カウンター席に座った。おかげさまで目の前に零がいる。そしてクマのことを指摘された。コンシーラーで隠しきれなかったから仕方ない。

「すみませんアップルパイよりショートケーキが食べたいのでショートケーキに変更でお願いします。あと安室さんもクマできてますけどお忙しいんですか?」

学生時代徹夜でゲームしたという日も目立たなかったクマが、うっすらと浮かんでいる。どれだけ忙しいんだろうこの人は。私は自分のお金を稼ぐために働いているけど、零は国を守るために危険の伴う仕事をしている。このポアロのバイトですら気の抜けない時間なのだろうか。私の顔を覗き込んだ零に思わず手を伸ばす。クマの浮かぶ目の下を親指でなぞった。

「…名前さん?」
「へっ?」
「おっ苗字さんからはじめてのスキンシップ」

零もピタリと動きを止め、目を見開いている。先輩は楽しげだ。私は自分の行動に驚いている。何やってんだろ。昔、喧嘩して泣いた零の涙を拭いた時と同じことをやっていた。なんだこれ。めちゃめちゃ恥ずかしいことをした。顔が熱くなる。

「ごめんなさい忘れてください近所の子どもと同じ感覚で触ってしまいましたすみませんでした」
「き、近所の子供…ですか…」

20年前は近所の子供だったじゃん!零は複雑だという表情を浮かべている。自分のことだとわかっているようだ。
以前より友好的な態度を見せる私に気付いたのか、先輩は笑顔で口を開いた。

「そういえばこの前の約束、結局ダメになったんだっけ?改めてどっか行ってきたら?」
「そうなんですよ。残念でした。名前さんが良いと言ってくださったら、僕はいつでもお誘いしたいんですけど」
「いいですよ」


私の言葉に先輩が驚いている。私としては、零と話したいと思ったのだ。ゆっくり、二人で。私ことを好きだと言ってくれたけど、私は零をそういう意味で好きだと感じたことはないし、今は安室透という人間である以上、これから私たちはどのような付き合い方をしていくのが正しいのか。結局私は零のことを幼馴染として大切に思っているし、突き放すことはできないと諦めもついたし、ある一定の距離を保ちながらこれからも関わっていくことになるだろう。逃げるばかりじゃなくて、話そうと思った。

「お待たせしました、ショートケーキです」
「ありがとうございます、いただきます」

零は私の言葉に対して返事をしなかった。逃げるの?今まで散々私に安室透としてアピールしておきながら?まあ、私だって今まで逃げてた人し、文句は言えないけど。時間も迫ってきたので、本当はもっとゆっくりケーキを味わいたかったけど、急いで食べた。いつものことながら、先輩がお会計をしてくれた。ありがたい。店を出る直前、零が近付いてきて、小声で言った。

「明日の16時、東都駅で」

ALICE+