目覚ましをかけずに寝た。だってまさかこんな時間まで寝ると思わなかった。普段は6時半前に起きているというのに。起きたら14時半を過ぎていた。時計が壊れてるのかと思った。零との約束は16時東都駅。やばい。
飛び起きて支度をした。着替えて化粧して髪巻いて、冷蔵庫に入っていたヨーグルトを急いで食べて、靴を履いた。変じゃないかな?玄関にある全身鏡で確認する。髪の毛もう少しゆるく巻けばよかったかも。いやいや、零と会うだけだから。幼馴染と、会うだけだから。今までとは違って、ちゃんと約束をして、二人で、零と会う。それだけだから。パンプスを履いて家を出た。間に合いそうだ。駅まで歩く途中で気付く。携帯忘れた。取りに帰る。最悪!
「遅くなってごめん…」
「いえ、さあどうぞ」
結局16時を少しだけ過ぎてしまった。零はロータリーに車を停めていたようで、車に乗り込んだ。助手席に座って一息つく。なんかもう疲れた。車が走り出す。
「よく眠れたみたいで」
「えっなんでわかるの?」
「クマが薄くなった」
「そんな変わる?」
おかげさまでよく眠れすぎたと話した。お腹空いてる?と尋ねられ、ヨーグルトは食べたと返す。ていうかあのヨーグルトいつのだったんだろう。いつ買ったかな。記憶がぼんやりとしてる。消費期限確認する前に蓋剥がして食べちゃったけど大丈夫かな?急に不安になる。私のお腹の丈夫さを信じよう。
「どこいくの?」
「名前が好きなとこ」
「わかった、あの大きい滑り台がある公園?小さい時うちのお父さんの車でよく行ったよね」
「そうそう。高いところにあるからね。見晴らしもいいから、夕暮れが綺麗なんだ」
「それは知らなかった」
車に乗った瞬間から、そこにいたのは降谷零だった。安室透じゃない。二人きりで、誰も私たちの会話を聴くことはない。ようやく私の幼馴染と会えたような。何度も会っているのに。懐かしい気持ちになる。
小学生の頃、お父さんが私を公園に連れて行こうとした。私は外で遊ぶのがあまり好きではなかった。中身は大人だし、はしゃいで走り回るなんてこともないし。あまり行きたくないと思いながら家を出る支度をしていたら、零が遊びに来た。一緒に行くと言って、父の車に乗り込み、元気よく笑う零を見ていた。私があの公園を好きだった理由は、私の可愛い幼馴染が、とびっきりの笑顔を見せるからだった。
「何年振りだろう。もう15年以上は行ってないな」
「俺はたまに行ってたよ」
「一人で?」
「そう」
「なんで」
「名前と会えそうな気がして」
「私ずっと都外に居たよ」
「そうだけど」
あっという間に公園の近くになっていて、駐車場に車を停めた。まだ夕暮れには少し早い。
「歩こう」
外に出る。この公園で一番高いところまで歩いた。懐かしいなぁ。あの坂道で零が転げ落ちたこともあった。この道は雨上がりだとドロドロで、私の靴が泥まみれになった。お父さんはあそこのベンチに座って私たちを見ていたし、零は私の手を引いて走った。あ、下の遊具で遊んでる二人組、昔の私と零みたい。そういうことか。私に会える気がしたって、こういうことか。零は一人ここで昔の影を見ていたんだ。
「ほら、もうすぐだ」
高層ビルの間に夕日が落ちて行く。空はオレンジと赤と青が混じって、不思議な色だ。この公園からの景色、こんなに綺麗だったかなぁ。
「この夕暮れを見るたびに、名前に見せたいと思ってた。でも、まさか本当に見せられる日が来るとは思ってなかった」
「なにそれ」
零が私の背に立つ。私は彼にもたれかかって、まっすぐを見ていた。名前を呼びたい。私の幼馴染の名前を呼びたい。だけど、答えてくれないだろうな。彼の口から、自分の本名を肯定する言葉は出ないだろう。わかっている。話し方や言葉、表情まで、今は全部零だけど。しばらくずっと安室さんのままなんだろうね。
夕日はとっぷりと沈んだ。零は満足げな顔をしている。さあ次の場所へ行こうと彼は私の手を引いた。この癖は昔から変わらない。幼い頃に、私が後ろにいるか不安そうな顔で何度も振り向いて確認していたので、ちゃんと側にいるよと手を繋いだことが始まりだった。
「次はどこ行くの?ご飯?」
「そう」
シートベルトをする。高速道路に乗った。ふと無言の零を見ると、嫌に真剣な目をして前を見つめている。どうしたの?と声をかけると、気になる車があると言った。気になる車?欲しいの?は?
「ごめん、ちょっと追うから」
「追うって?え?なに?」
「これ掛けてて。あんまり前見ないで。できれば目を瞑ってて」
零にサングラスを渡される。とりあえず、言われた通りにする。零はどこからか取り出したヘッドセットのマイクで誰かと電話しているようだ。
「ああ…気付かれているだろうが追い込む、この先で封鎖してくれ」
車のスピードはどんどん上がっていく。こんなに飛ばしたことない。窓を見ている限り、他の車の追い越し方がおかしい。間をすり抜けていくようだ。いつのまにかクラクションが鳴り響いている。どうなってるわけ?怖すぎて前を見れない。急カーブもスピードを緩めずに曲がり、遠心力がかかる。アトラクションかな?ここは遊園地?遠くからサイレンも聴こえる。どういう状況?もう見てられない、目を閉じた。なにも見るまい。何も考えるまい。
急ブレーキがかかって、体が前にガクンと引っ張られた。思わず変な声が出た。と、停まった?恐る恐る目を開けると、目の前には大量の警察車両と、見知らぬ一台の車、振り向くと後ろにも大量の警察車両。一般車両は無い。どうなってるんだ。零の顔を伺うと、満足げにほくそ笑んでいた。どういう状況?
方向転換をして、警察車両の間をすり抜ける。逆走ではないですか?大丈夫ですか?もう関係ないのかな?一番近くの出口で降りた。爆走高速道路旅立った。こんなスリル満点のドライブ初めて…
「ごめん、こっちの用事に付き合わせて」
「いや…なんか…うん、夢叶って良かったねって言わせて」
警察になると語っていたことを思い出す。彼が警察になることはわかっていたし、実際に警察の公安として日々働いていることもわかっている。だけど、目の当たりにしたと言うか。よくわからなかったけど、警察で追っていた犯人をたった今追い詰めたのだろう。すごい。えらい。ちゃんと夢を叶えている。私の夢って、何だったっけ?