やばいめっちゃ見られてる。先輩も気付いているのか気まずそうだ。ああどうして、先輩、なんでこのお店を選んだんだ。

「お待たせしました。ハムサンドです」
「あざっす、ほら苗字さん、食おう」
「いただきます」

ああコレがかの有名なハムサンドねと半ば感動しつつ、引きつりそうになる口元を押さえた。
もう実感30年以上前に読んだ漫画だから、詳しいことは覚えていないけれど。黒の組織のアポなんとかという薬で体が縮んでしまった高校生探偵工藤新一、改め江戸川コナン君が数々の難事件を解決していくという話だった。いつのまにか迷い込んでしまったようだ。一体いつ前の人生を終えて生まれ変わったのかわからないけど、まさかこんなことになるとはなぁ。最近忘れがちだったこの大きな問題に、東京都に帰って来てから再び直面してしまった。ポアロのバイター兼毛利小五郎の弟子探偵である安室透、まさに私のことをニコニコと見つめている彼である。裏の顔は黒の組織の幹部バーボン、かと思わせて正体は公安から潜入している降谷零。私の幼馴染。気付いていないことにしよう、私は絶対に安室透が降谷零であることに気付いていない、そういうことにしよう。

「お口に合いましたか?」
「ごふっ」

突然安室透に話しかけられ、動揺して噎せた。先輩が背をさすってくれる。お水を一口飲んで落ち着く。

「…美味しいんですけど、その、あんまりじっと見られているものでゆっくり食べれません」

嫌味ったらしく返事をした。基本的に(比較的)人当たりの良い私の態度に先輩は多少なりとも驚いているようで、ギョッとして私を見た。

「それはすみません、まさか名前さんが来てくれるとは思ってもいなくて」
「えっ苗字さんの知り合い?」
「ええそうなんです、先日名前さんに告白したんですけどね、まだお返事をいただいていなくて」
「無理って言いませんでした?」

私の強気な態度を照れ隠しだと勘違いした先輩はニヤつきながら、罪な女だなと言い放った。私は呆れてモノも言えなかった。ええ本当に罪な方ですと安室透が相槌を打つ。

零のことは嫌いじゃない。大切に思っている。だけどそれよりも私の安全が私は欲しかったから遠ざかったはずだった。そりゃ私が東京都に戻って来てしまったのが一番の要因だったかもしれないけどさ。加えてこのお店に来てしまったのも偶然とは言え私だけどさ。それにしても何で、どうして零はわざわざ私と交流を持とうとしたのだろう。私のことを大切に思うなら、遠ざけて欲しかった。好きってなんだ。私のことを好きだと思ってくれているなら、なんの危険もないところに置いといて欲しかった。ああ嫌だ、本当に嫌だ。この状況が嫌だ。こんなことを考えている私が嫌だ。自分の身が一番大切な私が醜くて醜くて堪らない。私を慕ってくれている零を、危険なら巻き込まないでくれと思っている私が汚くて汚くて堪らない。考えたくない。自分がこんなに嫌な人間だなんて思い知りたくなかった。嫌だなぁ。
美味しかったはずのハムサンドも、ずっしりと沈んだ気持ちでは美味しさなんて感じられずに。

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