先輩がお会計をしている間も私はずっとそわそわしていた。もうひとまず零のことはいい、零より関わりたくないのはこの世界の主人公たちだ。平日だから大丈夫だと思うけど、運悪く遭遇なんてことは避けたい。まあ、実際に面識もない私がこの店にいようと、普通は彼らと関わることはないだろう。しかし零が何かを言うかもしれない。困る。やっぱり零のことはいいとか言ってられないな、よくない。私がこうやってソワソワしだしたのも、仕事以外でアアッてなるのも、原因は零だ。零と疎遠になってからはずっと仕事が脳内を占めていたのに、今となっては、零と再開してしまってからは、零のことばっかり…

「はい、名前さん」
「はい、ってなんですかこれ」
「何って、僕の連絡先ですけど」

零はさも当然かのように、番号とメールアドレスの書かれたコースターを手渡してきた。あまりに自然な動作だったので、私もすんなりと受け取ってしまったが、正直こんなものは要らない。零の携帯の番号もメールアドレスも覚えているからだ。だって、幼馴染だったし、当然だ。もっとも、私が知っている零の連絡先が今も使われているかどうかは定かではないが。数年前、零からの連絡が途絶えた時から、私から彼に連絡を取ろうとしたことはなかった。私の携帯に登録されてる零の電話番号に繋がらなかったらそれまでの話だ。それまでの関係だったと言うことで終わらせられる。だけど安室透としての連絡先を受け取ってしまったら、関わりが終わらない。いや、それはちょっと。私は事件とかそういう危ない感じのものとは関係のないところで、幸せに生きたいんだけど。

「困ります」
「やっぱり、受け取ってくれませんか?」

シュンと悲しげな表情をされると、こちらも弱い。仮にも長年共に過ごした幼馴染だ。今は他人だとしても、顔や声は同じで、認めたくないけど、零のこの表情は狡い。昔からそうだった。私はこの幼馴染の頼み、困った顔や淋しそうな顔には弱かった。零の哀しそうな顔を振り切ったのはただ一度だけ、進学先を地方に勝手に決めた時だけだ。

「…受け取りますけど、私から連絡することはないと思いますよ」
「はい、それでも」

ぽっきりと折れてしまった。渋々受け取ったコースターを手帳に挟む。またのご利用をお待ちしてますと見送られ、気まずそうに店を出る私を先輩は楽しげに私を眺めていた。妻子持ちの余裕ってやつが見て取れた。

「ハンサムで良さそうな男だよ、付き合わないの?」
「タイプじゃないです」

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