ようやく名前と二人きりになれる時間を、自ら先延ばしにしてしまったことに少し後悔している。毛利小五郎に気に入られようとサンドイッチを差し入れしたところ、依頼が入っていることを知り、着いて行くことにした。 でも名前を一人帰すわけではない。名前も連れて行って、ささっと終わらせて、そのあと二人で出かければ良い。毛利小五郎の許可も取り、名前の鞄を持ち、連れ出す。彼らには、店で名前の紹介をした。
「こちら僕の連れの苗字名前さんです」
「はじめまして、安室さんの連れではないです、他人です」
「えっもしかして安室さんの彼女さんですか?!」
「絶対に違います」
完全に全てを否定する名前に苦笑い。他人ってな。せめて友達とか言えよ。長年側にいた大切な幼馴染だろ?名前はオムライスを食べている。顔を覗き込むと、何とも言い難い、渋い表情をしていた。デミグラスソースよりトマトソースの方が好きなんだろ。わかってるよ。気に入らないことがあると左目に力が入る癖は治ってないらしい。わかりやすいというのも、名前の可愛いところだ。思わず声をかけてしまう。
「どうかしましたか?」
渋い表情のまま、名前は口を開く。
「どうして安室さんは私の名前を知ってるのかなあと思って」
…この女、あくまでしらを切るようだ。ふん、と俺から顔を背ける名前を見て確信した。初対面の安室透になぜか名前を知られていて、なぜか突然告白されたんですよってことにするらしい。初めのうちは、本当に気づいてないというか、安室透と降谷零は別人だと思ってるのではないかと考えていた。だけど、この様子を見る限りどうやら安室透と降谷零は同一人物だと確信しているようだ。だったらあの日の無理ってなんだ?俺の何が無理なんだ!
タイミング良く毛利小五郎の携帯に着信が入ったため、その場の変な雰囲気は流れた。コナンくんだけは、じっと名前を探るような目で見ていたことが気になった。
一行が先を歩く。視線が外れたことを確認して、少し疲れた表情の名前の耳に囁く。
「言ったろ、ずっと昔から好きだって」
「ぎゃっ」
色気のない反応だな。つい笑ってしまいそうになる。
ずっとずっと好きだった。歳を重ねるごとに、隠し通すことができなくなった。どうして安室透として本来は知らないはずの名前の名前を呼んでしまったかなんて、理由はそれだけだ。好きだから。もう後戻りはできない。俺の口から安室透である理由を語ることはできないし、正体を自ら明かすことはできないけど、名前を再び手放すことはもっとできない。許される限り近くに居たいと思う。
さて、毛利小五郎が受けた今回の依頼内容をコロンボで聞いたとき、すぐに帰れそうだなと思ったが。依頼人は現れず、毛利探偵事務所に戻ったとき、ドアノブの鍵穴の傷が気になった。
「私までお邪魔するのは申し訳ないので、今日は帰ろうかな〜」
「そんな、気にしないでください!せっかくだからお茶でも飲んでってください」
「ほら名前さん、蘭さんもこう言ってくださってることですし。蘭さん、僕も手伝います」
名前は恨めしげに俺を見上げた。往生際の悪い。
引き止めてしまったが、この依頼は長引くかもしれないと感じている。テーブルの上が綺麗になっていること、戸棚に水滴がついたままカップが入れられていること、タイミングの良すぎる連絡、床の跡。
毛利小五郎が携帯に届いた、みんなで来てくれというメールを読み上げる。名前も不思議そうな顔を浮かべ、扉の外までついてくる。様子が少しおかしい。表情が強張っている。トイレに誰かいるということに気がついたのだろうか。