■「
電話の相手」:赤井と優作
携帯の画面に映し出された名前に、驚きを隠すことはできなかった。
side:赤井
「…もしもし」
『ああ、沖矢くんかい?私だ、工藤優作だ。今、少し構わないかい?』
「ええ、大丈夫です。私に、何か?」
安室くんの疑いの目を沖矢昴から外す際、円香の兄である彼―――工藤氏には世話になっている。その時に番号を交換した記憶ももちろんあるが、…今まで一度だってかかってきたことはないし、俺の方からかけることもなかった。
というのも、ただでさえ奥さんである有希子さんに世話になっているしな…これ以上、こちらの面倒事に巻き込むわけにもいかない。円香に何かあった時などは、恐らく頼らせて頂くことになるんだろうが。
だからこそ、尚更驚いたんだ。まさか工藤氏の方から連絡をしてくるとは、これっぽっちも予想していなかったんでね。大体の予想はついている。先程、円香から見合いの話を聞いたばかりだ。きっとそれに関することなのだろう。だが、それはあくまで俺の推測に過ぎん。彼の口から用件をきちんと聞かなければ。
『円香から聞いたかな?見合いのこと』
「先程、聞きました」
『そうか、…君にも嫌な思いをさせる。すまないね』
「…いえ」
素直に散々です、と口にしそうになったが、工藤氏に非があるわけでもない。円香の話を聞く限り、この人もある意味被害者のようなものだろう。婚約者がいる、と何度言っても聞く耳持たずでは、さすがに疲弊しそうだ。
そっと溜息をついて、先を促した。ただ謝罪をする為に連絡をしてきたわけではなさそうなんでな。
「もしかして、何か企んでいらっしゃいますか?」
『ははっさすがだね、聞いていた通り勘の鋭い男だ』
「恐縮です」
『…実はね、見合い当日の日なんだが…君は予定は空いているだろうか?』
「まぁ…空いてはいますが」
円香の見合いの日は、旅行に行く前日。何も予定は入れていない。元より、世間では死んだ身とされている俺は『しがない大学院生の沖矢昴』だ。院生とはいえ設定のみだからな、実際に研究室に行ったりはしない。論文執筆という名目で、ほぼ一日中、工藤邸に籠っている状態だ。…端的に言えば、暇であるということになるのだろうか。
それを口にすれば、工藤氏は僅かに声を明るくして協力してほしい、と言った。協力?一体、何に協力をしてほしいと言っているのだろうか、この人は。何か企んでいるというのは、先程の会話で確信を持てたが…内容まではさすがに察することはできんな。
『―――君に、妹の見合いをぶっ壊してほしいんだ』
思わぬ言葉に何も返せない。
「………は?」
『断りきれず、あの子に託してしまった私が頼むのも筋違いだとは思うんだが…きっと、アイツは円香が断りを入れただけでは諦めてくれないだろう』
あちらで溜息が1つ、零れ落ちる。声のトーンも先程までに比べれば、ワントーン落ちているだろうか?それは彼女の見合い相手がどれだけ面倒なのかを、工藤氏自身が証明しているようにも思える。だが、婚約者がいると言っても諦めなかったという話を思い出せば、それも致し方ないことなのかもしれないが。
『場所への案内は私がするよ。見合いの日は、私と有希子も同席することになっているからね』
「…兄として、いいんですか?その、見合いをぶち壊してしまっても」
俺の言葉に工藤氏は「ん?」と疑問の声を上げた。
ずっと、…ずっと聞いてみたいと思っていたのかもしれない。円香が信頼している自慢の兄に、妹を溺愛している工藤氏に―――俺が彼女の相手で構わないのか、と。ダメだ、と言われても今更離すことなんてできん。聞くだけ無駄だ、というのもよくわかっているつもりなんだが、それは意に反してするりと零れ落ちていった。
「私は―――…いえ、俺は今、特殊な状況下にいます。満足に彼女を幸せにできているとも、言えない」
『…沖矢、…いや、赤井くん』
「はい」
『私はね、妹である円香には幸せになってほしい。できることなら、彼女が愛してやまない相手と一緒にね』
その相手は君でないとダメだと、私は思っているんだよ。
穏やかなその声に、嘘偽りはないと捜査官の勘が言っている。長年、培ってきたものだ。この勘が外れることはそうそうないし、それに嘘をついているような声音でもない。
もちろん、俺の都合のいいように勝手に解釈しているだけかもしれんが…それでも見合いをぶち壊してほしい、と頼んできた彼の言葉を、思いを、信じたいと思う。
『あの子が幸せになれないであろう見合いなら、喜んでぶっ壊してやりたいんだ。協力してくれるかい?』
「…ええ、もちろんです」
見合い相手には申し訳ない行為だろう。きっと工藤氏の交友関係にヒビを入れてしまうだろう。…けれど、そうなることがわかっていても彼女を見知らぬ誰かに譲ることなど無理だ。
俺達は互いに、もう二度と離れられないことを知っている。