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(人生はただ螺旋階段のように続くB)
夫とは短大の友人を介して知り合った。
彼は私より5歳歳上で、一見とても穏やかで優しげで大人びて見えたが、一方で断言的な物言いをする人だった。
『君は、寂しくて不安なんだよ。
とても、心の底から。
どうしてかというとね、それは君が空っぽだからだ。
でももう大丈夫だよ、俺がいるから』
出会って間もない、数回目のデートの中で彼は私にそう言った。
まるで正解を知っていて、それを口にしただけのように。
そう言われてみて、あぁその通りだ、と納得してしまったのだ。
そうに違いないと。
そして私は、あっさり彼に身体を許し、それだけでその時満たされたのだ。
なんだ簡単だったのね、と私はぼんやりと思った。
こうやってなんとなく誰かと交わり、結婚して、子供ができて、家庭ができて、そうやって人って満たされていくんだ、と。
そこには確かに、私が望むものがあるような気がしたのだ。
私の幸せはきっと、普通、とか、当たり前、とか、そういうものの中にあるのだと、信じてしまった。
普通も、当たり前も、知らないくせに。
気がついた時には、私は彼の
所有物になっていた。
私は彼に言われるまでもなく、故郷を捨てた。
友達も思い出も。
尽八に別れを言いに行った日。
初めて真っ直ぐに言葉にして伝えてくれた本心も、うっすらと涙を溜めて私を見た目も、震えていたその冷たくなった指先も、私は置き去りにしたのだ。
あの日の、母に置いて行かれた日の私も、こんなふうだったのだろうかと、尽八を見て思った。
私はその日から、夫と暮らし始めた。
『俺に全て任せてくれたらいいよ。
俺好みの女にしてあげるから』
髪を撫でながら言う彼の言葉を聞いて、あぁなんて楽なんだろう、と思った。
尽八はよく私に、千春はどうしたい?、と聞いてくれた。
その度に何も出てこない自分が苦しかったけれど、彼はその真逆だった。
何も考えなくていい、自分の存在などこの人が全て書き換えてくれる。
私はただ身を任せていればいいんだ。
そう思うと幸福だった。
夫婦として順調に思えた。
あらぬ幻想を信じていられた、束の間の時間だったのだけれど。
いくら愚鈍な私でも、逃げてきたところで常に私は私という存在を引きずって生きているということに気がつくことになる。
そこで初めて、自ら全てを捨てて本当に空っぽになってしまったのだと、愚かなことに遅すぎる後悔をした。
私は焦って、今この与えられた環境の中で何とかして満たされていくしかないと、もがくようにして動き始めたのだ。
夫である彼と生き、2人で幸せになる為には、彼にだけ任せるのではなくて、私もそこに向かって歩まなければいけないのだと。
しかし夫にとってそれは、疎ましい他この上なかったようだった。
彼が意図して妻に迎えたのは、物言わぬ、己の
所有物である女で、“それ”が彼の思想や行動に口を挟むなど以ての外だったのだ。
ある時点までは夫もなんとか自分を抑えて、私と距離を取ることでお互いを守ろうとしてくれていた。
だがある日、そのバランスは崩れた。
それから夫は躍起になって私を矯正しようとした。
いつもイライラとしていて、憂さを晴らすかのように叩かれ、蹴られ、詰られた。
そして決まってこう言った。
『俺の言うことを、ただ聞いていればいいんだ。
そうすれば、お前は幸せでいられるんだ』
夫は夫で、自由意志を持った人間とうまく共生していくことができないという欠陥を、無意識的にせよ意識的にせよ、どこか感じていたのではないかと思う。
なんとか私を支配しようとして、そんなことを口走っていたのだと今にしてみれば分かる。
私たち夫婦は似たもの同士で、己のことだけを考えて、己の為にお互いを利用しながら補完していたのだ。
皮肉なことに、相手のことを視野に入れ始めた途端に、私たち夫婦の関係は崩れてしまった。
そんな日々の中、身勝手なことにいつも思っていたのは捨ててきた様々なこと。
もう遠くなってしまった日々。
離れてしまって気がついた幸福。
大切だった人たち。
懺悔も謝罪も、もう届かないと思っていたのに。
fin