12
(この小さな蒼い夜に)



「…そういうわけで、男の人から急に近寄られるとたまに眩暈がすることがあって…。
冷や汗が出て、動けなくなっちゃうことがあるの。
さっきも、ごめんね」

ここに来て最初に尽八と会った時もそれで倒れちゃったんだよね、と言って、私は自分の手を見つめた。


唯一縁を切らせては貰えなかった叔母が、夫のいない間に会いに来てくれた時だった。
夫と結婚して暫くして仕事を辞め、久しぶりの外出で自分の状態をよく把握できていなかったせいだろう。
見知らぬ男性とたまたま接触してしまったことで、事もあろうに叔母の前で倒れてしまった。
そしてどうにか隠していた、身体中についた痣もまた、見られてしまった。

叔母は私をあの家から連れ出し、力の入らない私を車に乗せて、故郷に連れ帰った。

夫には叔母が、少し実家に帰らせることにしたと伝えたようだ。
夫は叔母にこそ、ゆっくりするよう伝えてください、などと穏やかなことを言っていたようだが、私の携帯には烈火の如く怒り狂ったメッセージが何件も入っていた。
久々の実家で力が抜けたのか、暫く起き上がれなかった私に付き添っていた叔母は、当然そのメッセージを見た。

『暫くここにいること。いいわね』

叔母はきっぱりとそう言った。

結局私は彼との縁を切ることもなく、だからといって彼の元に戻るわけでもなく、ずるずるとここにいる。



「何もかも中途半端で、情けないね。
ちゃんと話して、どうにかしなくちゃとは思うんだけど。
て…ごめん、こんな話」

沈黙が降りる。
どんな反応をしているのか、怖くて顔を上げられない。
早くも、言わなきゃ良かった、と後悔が胸を締め上げた。

「千春」

尽八がそっと、でもはっきりと名前を呼ぶ。

「なぁ千春。顔をあげて、俺を見てくれ」

懇願するようなその声に、恐る恐る顔を上げた。

「やっと、目があったな」

尽八が困ったような、悲しいような、そんな顔で笑って、その顔を見たら何故か涙が止まらなくなった。

不安や恐れに身を縮めたことはあっても、気が抜けて泣いてしまったことなんて、今まで一度もなかったのに。
私には勿体ないくらいの暖かさが、苦しいほどの優しさが、なんだかとても申し訳なくて。

泣きじゃくりながら謝り続ける私に尽八は、いいんだ、何を謝る必要がある、と言い、彼もまた泣いていた。
手と手を取り合って、子供のように、私たちは暫く一緒に泣き続けた。


fin