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(本音も建前も僕の一部だと言えたなら)



「千春さん、雰囲気変わりましたよね」
「確かに!なんか、明るくなったっていうか」
「いや、前から思ってたけど、可愛いっすよね」
「え、もしかして狙ってます?」

スタッフがこそこそと話しているのを聞くともなしに聞いて、舌打ちしたい気持ちを噛み殺す。

「3番卓にお冷お願いします」

その代わり意図的に冷やかな笑みを浮かべて、通りすがりに声を掛けた。


姉の打ち出した方針で、茶寮は今後も継続していくことになった。
そういったこともあり、本館から応援がてら数人の決まったスタッフが茶寮の引き継ぎに回ってきているのだ。

彼らが言うようにここのところ、確かに千春は変わった。
引き継ぎのためではあるが、積極的にスタッフとも話すようになったし、話しかけられることも、笑い合って話している所もよく見るようになった。
それは喜ばしい事だとしてもだ。
あんなふうに言われるのは、良い心持はしない。

いや、変わったというか、徐々に昔の彼女に戻りつつあると言ったほうがいいだろうか。
明るくて朗らかな女性ひとだった。
その心に、墨を垂らしたような深い暗闇を抱えていたとしても。


あの日から、俺たちはよく話をするようになった。

今までのこと、今の気持ち、これからどうしていくのか。
知らなかった彼女の胸のうちを聞けば聞くほど、昔の自分に落胆し、今度は少しでも失敗しないようにと慎重になっていく自分がいる。
そんな俺とは違って、彼女は自分で選択した人生を歩もうとしていた。


『ずっと考えてて、実は物件も探して、いいなって思うところ見つけてはいたの』

東堂庵にずっといるわけにもいかず、実家に帰るといつ夫が来るか分からない、ということで実家の最寄りにアパートを借りて、今は独りで暮らしている。
彼女が“夫”と呼ぶその男とのことは、彼女の中ではもう何かしらの答えが出ているようだが、あとはそれを実行に移す勇気だけ、というところのようだ。

俺としては、もしも危害を心配して直接言えないようなことがあるなら、それはもう別の力(例えば裁判所とか警察とか)に頼ってもいいのでは、と思うのだが。

『それは、自分でちゃんとしたいの。
私が引き起こしたことだから、できることは自分で。
その上でどうしようもなくなったら、そういう公的な所にも頼るから、安心して。
色々ちゃんと終わらせたら、話、また聞いてくれるかな』

そうきっぱりと言い切った彼女に、俺はもうそれ以上何も言えなかった。

正直なところを言うと、心配は尽きない。
また彼女を失うのではないかと思うと、恐ろしくて堪らない。
まして俺は、あと2週間もすれば地元を離れることになる。
その間に何かあったら。
そう思うと、どうにかならないかと焦る気持ちが増す。
俺が焦ったところで、どうなるわけでもないというのに。

彼女は前を向き始めて、進もうとしている。
それだけでいいじゃないか、と無理に自分に言い聞かせて、俺は今日も格好悪い自分を隅に追いやる。

また自分のことで一杯一杯にならないように。
彼女のことを傷つけてしまわないように。
俺は俺から距離をとる。


「あの、尽八さん」
「あ、あぁ、すまない。どうした?」

袖を引っ張られて気がつくと、本館から茶寮で使う物の補充に来てくれていた女性スタッフが、上目で俺を見上げていた。
俺とそう歳の変わらない、若いスタッフだから知っているし、何度か話したこともある。
俺は慌てて取り繕った笑みを浮かべた。

「すいません、あの、お仕事中に…」

そう言って、俯いた頬が赤らむのを、どうという気持ちにもならずに眺める。

「かまわんよ。何か聞きたいことがあったのだろう?」

先を促すと、見下ろしていた彼女がすっと息を吸い込んで顔を上げた。

「あの、今日の、お祭りなんですけど、もし予定がなければ一緒にいかがですか」

あぁそうか、とその今まで何度か見てきた、決意したかのような目を見ながら思う。

今日は祭りの日だ。
町内の小さな祭りだが、見事な花火が上がる。

「…俺は行けないんだ、すまない。
他のスタッフを誘うといい。
茶寮は18時には閉めるから、今応援に来ている彼ら2人は行けると思うぞ」

遠回しに相手の気持ちに断りを入れていく。

遠くから騒がれる分には気分がいい時もあった。
だが、こうして面と向かって伝わってくる色々は、昔も今もやっぱり苦手だ。
まるで、自分を見ているようで、苦しい。

どこまでいっても、俺は俺のことばかりだな、と思うと情けなくて泣きたいような、笑いたいような、おかしな気持ちになる。

「…いえ、ごめんなさい、急に。困りますよね」

そう小さく呟くように言って、傷ついた顔をして立ち去っていく後ろ姿を見送った。



fin