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(言葉は僕らを惑わしてしまうから)



『私はこの世界に、居ても居なくても、どっちでもいい存在だから』

昔彼女が言っていた言葉を思い出す。

驚く程に暗い目をして笑っていた彼女に、俺は戸惑ったのだ。

そんなことは無い、とか、俺にとってはなくてはならない存在だ、とか。
沢山言葉が頭を過ぎったが、そのどれもが薄っぺらい、その場しのぎに思えてしまって。

あの時。
そのままの君が好きだと、俺は伝えた。
それが正解だと、その時はきっと思ったのだ。


「…それは、本心か?」

今、込み上げる怒りを押さえ込みながら、俺は彼女に問う。
あの時と同じようなことを、口にしている彼女に。

独りでやれる?
私なんか?
もういい?
なんだそれは。

だったらどうして、そんな悲しい目をする?

「本心、だよ…」

彼女が弱々しく笑って、視線を逸らす。
その瞬間、俺の中の何かが、音を立てて切れた。

「…どうしてそんなことを言う?!
何故、また、そうやって独りになろうとするんだ?!
そんな…そんな、自分を卑下するようなことを言う?!」

駄目だ。
あぁ、溢れる。

「今まで充分頑張ってきたじゃないか!
辛い想いも苦労も、沢山してきたじゃないか…!
ずっと独りで抱え込んできたんだろうが!
お前はよく戦ってきたよ、すげーよ!!
でもそれで、何か変わったか?!」

違う。
違うんだ、こんな、責めるような。
そんなことを俺は。

「俺が綺麗?!優しい?!俺に相応しい人?!
ふざけんな!!
勝手に!俺を特別に仕立て上げるなよ!」

勢いに任せて口から出た言葉を、自分で聞いてはっとする。

言ってしまった。
止められなかった。

そうだ。
本当は、きっと、ずっと昔から。
これを俺は言いたかったのだ。

そして言われたかったのだ。

“そのままのお前でいい”

これは俺自身が、欲しかった言葉だったのだ。
彼女にだけは、本当の俺を知っていて欲しいと思っていた。
本当の自分なんて、出したこともない癖に。

なんて俺は利己的な、自分勝手なことを今までしてきたんだろう。
自分がかけて欲しい言葉を、彼女に言うことで満たされようとしていたなんて。

「…そうやって、線を引いて、遠ざけないでくれよ。
頼むから…お前と俺がまるで、違う世界の人間のように言わないでくれ」

凄いね、とか、優しいね、とか、そういう言葉を言われるたびに、尽八と私は違うと言われているようで苦しくなった。
初めて彼女の胸の内を聞いた時も、本当は俺は悲しかったのだ。
お前に私の気持ちが分かるものか、と言われているように思えて。

重たい沈黙が降りる。
あんなに綺麗な茜の夕焼けだったのに、いつの間にか外は雨が降っていた。


fin