04
(夏の匂いは君と共に)



「実はね、この夏限定で新しいことしようと思ってんのよ」

千春と2人で静かに夕飯をとっていると、姉がやってきて勢いよく話だしたことはこの夏に始める茶寮についてだった。

話は以前から聞いていたがここまで具体的に話が進んでいるとは思わなかった。
姉の行動力に俺は驚きとも呆れともつかない気持ちで話を聞く。

「実は今週末にはオープンできるようにしてあるのよね」
「今週末?!今週末って…もう2日後にはオープンということか?」
「そうね、うん。そうなると思う」
「急だな」
「あんたにとっちゃ急かもしれないけど、こっちはずっと準備してきてるんだから。ねぇ」

千春?、と姉が俺の隣に座る彼女に声をかける。

「私は…特に何も…」
「またそんなこと言う。
千春が手伝ってくれなかったら、この夏のオープンはなかったわよ」

夏休みシーズンのこの時期は観光客も多く旅館にとっても掻き入れ時だが、宿泊客以外の客も取り込みたい、ということで蔵を改築して茶寮を併設する運びになったのだという。
とりあえず夏休みシーズンだけ開けてみて、客足が望めそうならフルオープンにするのだという。

「もしダメだったら、宿泊客のためのバーにするし大丈夫!」

ケラケラと笑っている姉を見て思案する。

千春をここに置いておく理由として、この茶寮のオープニングスタッフで雇うというのも姉には都合が良かったのだろう。
そうでもなければ、いくら旧知の仲居の娘といえど大女将の母がこの忙しい中千春をここに置くことを許すはずがない。
姉にとってそのくらい彼女は大切な人だったし、俺にとっても勿論そうだ。

「そこであんた達2人に茶寮のスタッフをしてもらいたいと思ってるの」

けろりと言ってのけた姉の言葉に思考が途切れて、俺は驚いて目を剥いた。

「いや、待て、2人でか?」
「仕方ないじゃない、旅館の方のスタッフは回せないもの」

何言ってんの?と、眉を寄せる姉を見て俺は頭を抱える。

「大丈夫よ、ある程度は千春が把握してくれてるし。
あんただって寄り合いの関係で飲食店でのバイトしたこともあったでしょう。
2人とも全く経験がないわけじゃないんだから。
それにこの私が何の確証もなく任せると思う?大丈夫だと思うから任せるの。わかった?」

有無を言わせない勢いにグゥっと出かけた文句を飲み込んだ。

「名付けて、茶寮東堂!どう?よくない?」

昼間からお酒も飲めるようにするし、定番スイーツに期間限定物も出すわよ、制服はちょっと趣向を変えて黒シャツに黒のパンツでシックに!、あー楽しみ!

嬉々とした様子でプランを語っている姉を尻目に、俺は千春を見る。

「千春、大丈夫か?」
「あ…ふふ。うん、大丈夫だよ」

あ、笑った。

それだけで嬉しくなるなんて俺も大概だなと思うが、仕様がない。

「わかった。夏休みギリギリまでこちらに居ることにしよう」
「本当?!助かるわぁ」
「いや、どう考えてもそのつもりだっただろう?!」

白々しい姉の言葉に俺が食ってかかる。
いつものやりとりだ。

「ふふ…あは、ふふふ…2人とも変わらないねぇ」

ハッとして彼女を見ると、随分と柔らかい表情で笑っている。
まるで雪解けの水のように。
笑うと少しあどけなくなるその表情は、俺が知る彼女の顔だ。

そうか、とふと思う。
何もビクビクすることなどないではないか。
昔のように当たり前に接していればいい。
彼女にとってこの数年がどんなものであったとしても、今はここにいて、こうして声を聞かせてくれている。
それを嬉しいと、俺はなぜ素直に喜ばない。

「よろしく頼む」
「こちらこそ」

窓辺にぶら下げている風鈴が涼しげな音を出して揺れた。
夏が始まる。


fin