06
(ナツハゼの緑とヤマユリの白)



「さすが。千春に任せてよかったわ。私お花苦手なのよ」
「私も得意なわけじゃないけど…」
「そう?私は千春のお花、昔から好きだけどね」

茶寮の扉を開けると、千春が花を生けながら姉と話していた。

確か昔姉と彼女は同じ生花教室に通っていた筈だ。
時折余った花材をもらってきたり、辺りに生えている花を取ってきては、家で遊びのように花を生けていたことを思い出す。
それを見るのが好きだった。

「なんだ、いたの?」
「なんだとはなんだ、失礼だぞ!」

姉が振り向いて、ふん、と鼻を鳴らして、俺が答える。
いつものやりとりを見て、千春がくすくすと笑った。
俺は内心ほっと息を吐く。

多分、俺も姉も、彼女のこの顔が見たくて、いつもの、いや、昔のようなやり取りを意図的にしているところがある。

2人の後ろを通りすぎて、店内の姿見の前に立って、自分の姿を確かめた。
黒シャツに黒いパンツ姿のその出立ちに隙がないか。
腰に巻いた黒いサロンエプロンの皺を伸ばす。

「思ってたんだが…随分、茶寮と本館の趣が違うが大丈夫か?」
「それがいいんじゃない!
1回の宿泊で2度美味しいし、茶寮だけに来たお客さんはもう一味を味わいたくなるでしょ」

姿見に映った自分を見ながらそう言うと、姉が自信満々に返した。
そのまま、じゃあ宜しくね、と言い置いて本館に戻って行く。

茶寮のオープンから1週間程経った。
客入りは上々で、宿泊客のみならず、喫茶利用だけの客も多い。
今日も昼過ぎから午後にかけて客が多くなるだろう。
オープン前のこの時間は唯一静かな時間だ。

店の外では蝉がうるさいくらいに鳴いている。
ぱちん、ぱちん、と彼女が花を切っていく音が店内に響いた。

「なんの花だ?」
「えぇっとね、これがナツハゼ。あとはヤマユリ」

指をさしながら教えてくれる。

『これは、ケイトウ、これはワレモコウ、これがリンドウ』

俺には分からない花の名前を、楽しそうに一つ一つ言っていく昔の彼女を思い出す。

キンモクセイが咲く頃には、そう言おうとしてやめた。
先のことを今言うと、今のこの束の間の穏やかな時間がなくなってしまいそうで。

「よし、できた」

千春は満足そうに言って花瓶から離れた。
俺の隣に立って出来を眺めて、微笑む。

「さ、そろそろ準備しょっか」
「あぁ」

目を合わせて笑ってくれるようになるまでに、数日かかった彼女に、一体何があったのか俺は結局未だに聞けないままでいる。


fin