諸刃の剣で護る未来


「"旧校舎に女の子の幽霊"…」

補助監督の運転する車に揺られながら紅花は手元の資料をめくった。隣では夏油が同じように資料に目を通しており、車内はしんとしている。
一度任務に同行してからというもの、紅花も任務に駆り出される機会が増えていた。呪力が安定してきた、というのが主な理由だが、任務のペアが五条か夏油だという理由もまた大きい。四級術師の紅花が単独で任務に出る事は規定上ないので、任務が入れば五条か夏油のどちらかとペア、もしくは三人で行くかのどちらかである。更に紅花に与えられる任務は、彼女に合わせた難易度であるため、五条と夏油にとっては欠伸が出るほど張り合いのない内容である。

今回紅花と夏油に充てがわれた任務は今しがた紅花が呟いたとおりである。
●●県●●市外れに敷地を持つ歴史のある公立中学が今回の任務地だ。もう数十年は使われてない木造の旧校舎で、女子中学生の幽霊が目撃された。目撃したのは、同校の男子中学生三名──怖いもの見たさに旧校舎に入り込み"それ"と接触したらしい。
幽霊もとい女子中学生の呪霊のおぞましさにすぐ引き返した為目撃者の中学生に被害はなかった。だが補助監督の調査によれば件の中学生には確かに残穢が残っていたそうな。高専はこの案件を三級とし、今回紅花と夏油を派遣したのである。

「ここが…」
「例の旧校舎か」

紅花と夏油が見上げるのは、おどろおどろしい雰囲気を放つ木造の旧校舎だ。校舎の外壁はだいぶ古く、年月により苔むしている。現在の時刻が夜というのも相まって紅花も呪霊の存在を知る前なら怖かったかもしれない。そしてその校舎の向かいにあるまだ新しい鉄筋コンクリートの校舎、こちらが現在使われている本校舎で間違いないだろう。

「あっちの校舎からこっちの呪霊が見えたんだよね?」
「確かにこの距離なら十分視認できるな。強くはないが濃い呪力、これなら非術師にも見える」
「それで好奇心に負けて入ってしまったと…」
「呪われなかったのは不幸中の幸いだな」

余談ではあるが、件の中学生達は怯えに怯えているらしく、今回した恐怖体験はいい勉強になった事だろう。
紅花と夏油は今回の祓除対象である呪霊を探すために校舎に足を踏み入れた。

校舎の中も外観に負けず劣らずの荒れ具合だった。床板は足を踏み出すたびギーギーと鳴り、今にも抜けそうなほど古い。窓についた黒カビや何か分からない汚れが、差し込む月明かりで校舎内にまだらな影を作っていた。もうすっかり慣れてしまった紅花はつくづく雰囲気があるな、といっそ感心してしまった。

「すぐ出てくるかな?」
「校舎内を徘徊してるはずだ、探そう」

二人連れ立って呪霊を探す。これが夏油と五条のペアなら手分けできるのだが、今回は紅花と夏油である。もし別行動をして会敵したのが紅花だった場合、四級の彼女が三級呪霊相手に窮地に立たされることになる。故に今回は終始ペアでの行動を夜蛾より義務付けられていた。これが五条なら、やれ非効率だのやれ怠いだの文句を言うところだが、今回はそれもなく紅花はそういう意味でも落ち着いていた。

調べ始めてから少しも経たず、"それ"は二人の前に現れた。聞いていた少女とはかけ離れた、ドスンと重みのある足音。二人の視線の先、居たのは確かに少女の呪霊であった──上半身は。ぬらりとした長い黒髪に血濡れのセーラー服、項垂れるように落ちた肩の片腕はあらぬ方向に折れていた。髪の隙間から見える眼球は剥き出しになっている。ここまでが上半身の情報である。では下半身はどうだろうか。まだ人の形を保っている上半身に対して、下半身は見慣れた呪霊の姿をしていた。四足歩行の呪霊に食いつかれる形で少女の上半身がある。そのおぞましさに怯むこともなく、紅花と夏油は戦闘態勢を取った。

「お出ましだね。動きは私が封じる。紅花が祓ってくれ」
「はい!」

使役する呪霊を取り出した夏油を合図にして、紅花が構えを取ったまま走り出す。紅花を狙って振り抜かれる前足を身を翻すように躱してそのまま遠心力を利用して前足を斬り飛ばした。紫色の体液が飛び散った。耳障りな鳴き声が不快感を煽る。紅花は飛び退き距離を取った。

いイイ…ぃダイイ"…ユるルサナアァィイ…──!
「紅花!」
「はい!」

激昂し紅花を敵と定めた呪霊が襲いかかる。夏油の操る呪霊が襲いくるそれを抑え込んだ。絡みついてくる呪霊を振り解こうともがくがそれは敵わず、完全に動きを封じられた呪霊、紅花は再度それに飛びかかった。
二本の後ろ足ともう一本の前足、残りの四肢を全て斬り飛ばす。支えを失い崩れ落ちるその流れのまま分厚い肉を数度斬りつけ、とどめに刃を深々と突き刺させば、数度大きく痙攣し、少女のものとも異形のものとも取れる叫びを上げて力尽きた。動かなくなった呪霊に一息ついた紅花は、刺さったままの薙刀を抜いて後ろで控える夏油の元に戻った。

「大分腕が上がったな。もう私の助けがなくても三級くらいなら祓えるんじゃないか?」
「ほんと!?」
「あぁ──しかし変だな」

お褒めの言葉をもらい紅花の顔に喜色が浮かんだのも一瞬、笑顔を崩し鋭い視線を動かなくなった呪霊に投げた夏油に紅花の表情もまた引き締まった。

──傑に言われるまで気付かなかったけど、やっぱりそうだ…。
「傑、」
「紅花にも分かるかい?漂う呪力が消えない」


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