諸刃の剣で護る未来・弍


呪霊は本来生まれた場に留まるものである。それがこういったパワースポットであった場合、元凶の呪霊が倒されれば領域又はそれにあたる範囲内の呪力は霧散する。今回、元凶の呪霊は今しがた祓った。しかしどうしたことか、旧校舎内の濃い呪力は依然そのまま、一件落着というには早いらしい。

「おかしいな」
「呪霊は倒したのに…」
「呪霊本体が原因でないとしたら呪物かな。探そう」

教室ひとつひとつをくまなく調べて回る。探索を始めて二十分程だろうか、二階の教室に"それはあった"──否、"彼女は居た"。

「白骨、」
「これだね」

教室の隅に転がる骸骨に紅花は息を呑んだ。

──大きさからして年は自分と同じ頃だろうか。

紅花の脳裏に先程倒した少女の呪霊が過った。この白骨は本物だ。つまりこの少女は白骨化するほど昔にここで死んだことになる。こんな恐ろしい場所で、中学生の女の子が一人で──。

「かわいそう…」
「随分長い間放置されていたんだろうね。半分呪物になってるけど、今ならまだ壊せそうだ」
「だけどなんでこんな所に…」
「確かに気になるけど、私達にそれを知る術はないよ。ちゃんと弔ってあげたいけど呪物化してる。気の毒だけど壊すしかないな」
「うん…」

呪物、判別のため名付けるとするなら"少女の頭蓋"でいいだろう、に向けて薙刀の刃を添える。その表情は確かな憐れみを宿している。出来ることならちゃんとした方法で弔ってやりたかったんだろう。表には出さないが夏油も同じ気持ちだった。

「紅花、私がやろうか?」
「ううん、私がやる」
──きっとこんなのは序の口だ。今この瞬間を傑に押し付けて、私が呪術師を名乗ることはしてはいけない。

「ごめんなさい」

紅花の握る白刃によって、少女だったモノは砕かれた。


/


彼女は可哀想な女の子だった。時期外れの転校生だったその少女はその内気な性格のせいで友人はできず、孤立しいじめられるようになった。トラブルを嫌う担任教師は見て見ぬふり、離婚する前は優しかった母も父を失い人が変わってしまった。最早、母親の中に娘の存在はなく──少女の記憶は苦痛と悲しみに満ちていた。
ある日、いじめの主犯の少女が彼女に問うた。
「やめてあげようか?私の言うことを聞いてくれたらね」
一筋の希望が少女の中に差した。この地獄が終わる。悲鳴に近い涙声で、少女はなんでもすると答えた。提示された条件は、旧校舎にいると噂される化け物、その存在の証明となるものを探し出してくることだった。居るかどうかも分からない化け物の存在を証明する──そもそもただの噂なら証明のしようがない上、仮に条件を達成しても主犯の少女がそれと認めなければ条件は達成されない。はなから逃すつもりの無い提案だったのだ、少女は気付いていなかったが。
言われた通りに少女は夜の旧校舎へと入り込んだ。そこで出会ってしまったのだ、本物の化け物に。だが何故だろうか、目の前の化け物よりも少女は自分を痛めつけてくる彼女達の方がはるかに恐ろしいのだ。
下半身を喰われる痛みに絶叫をあげた。痛い、痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!なんで、なんでなんでなんでなんでなんで!ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない──死んでもおまえらは赦さない。
死の間際、少女は自分を取り巻く全てを呪った。
少女が行方不明になり数日後、主犯の少女達が見るも無惨な謎の死を遂げたことを知る者はみな口をつぐんだ。いじめがあった事実とそれを見過ごしていた事実、それらが公になれば周りはどうあっても変死事件と絡めて取り立ててくる。責任の追求を逃れるため当時の関係者は全てを秘匿し、不幸な事故として処理した。以来少女の遺体はずっとそこに在る──死して尚、いや死んだからこそか、人を呪いながら。

/

元凶であった"少女の頭蓋"を破壊し全てに片がついた後、紅花は少女だったものを拾い集め、一番目立つ場所に植えられた記念樹の下に埋めた。夏油は何も言わずに紅花が少女を弔う姿を見守る。手を合わせたあと立ち上がった紅花が夏油に問いかける。

「呪いに近い私が、呪いから人を護りたいって思うの変かな?」
「そんなことないさ。呪術師は人を護るものだ──呪術と呪術師は非術師の為にある」
「………うん」
「紅花は、呪いかもしれないけど呪術師だろう?」
「うん、」

──鳥居、なぜお前は呪術師になる。
──"鬼"でなくなっても、どれだけ"人"にと望んでも先祖返りである限り私は"呪い"そのものでもある。鳥居紅花は何にもなれないのか、答えは否。非術師のために"呪い"として呪いを祓う、私は呪術師だ。

「傑、おまたせ」
「ああ、帰ろうか」

気持ちに整理がついたのだろう、普段通りに戻った紅花に夏油は皆まで言わず笑みを浮かべた。


[title by溺れる覚悟]

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